第17話 祝宴④

 ミナリオとアッシュは、同行しようとしたが、カイルは丁寧ていねいに断った。

 いざとなれば、賢者メレ・アイフェス二人で襲撃者を思念波で昏倒こんとうさせることができるし、故郷に帰る専属護衛達との別れを惜しむ機会を彼等から奪うつもりはなかった。


 夜中すぎに城門を出るとカイルは借りた角灯カンテラで足元を照らしながら歩いた。ディム・トゥーラが同調しているウールヴェは、夜目よめが効くらしく、足取りはしっかりしていた。


「虎って夜目よめが効くの?」

『一般的な虎は夜行性だ。だが、これがウールヴェの特性か虎のものか確証はないな。たまに変なものが見えるし』

「変なものって?」

『人がまとっている気のようなものかな?よくわからんが、俺達が感じる人の思念波が視覚化されているみたいだ』

「波動みたいな?」


 ディム・トゥーラは考え込んだ。


『思念波の波動が視覚化されている……ありえる説だ。例えば、エトゥールの姫は穏やかな淡い美しい光に包まれている。メレ・エトゥールのは炎のように見える。お前の専属護衛の……ミナリオの方は、淡い水色で、アッシュは黒に近い深い紺色だ』

「僕は?」

『お前の色は見えない。シルビアもイーレもクトリも見えない』

「ん?地上人だけってこと?」

『そうなるな。西の民の占者せんじゃは虹色だった』

「さすが、ナーヤお婆様……」

『だが一般の侍女や兵士はそこまで色が見れるわけではない』


 カイルはその差を不思議に思った。


「やっぱり加護があるかないか、とかかな?」

『お前は何か見えないのか?』

「何も見えないよ?悪意や嫉妬しっとは直接思念がくるし」

『悪意や嫉妬しっと?』

「僕がファーレンシアの初社交デビュタント時の晩餐会ばんさんかい舞踏会ぶとうかいで、どれだけ男性達の嫉妬しっとの思念にさらされたと思っているの?」

『それは姫も同じだろう?』

「へ?」

『俺はサイラスの記録映像しかしらないが、お前はあの場にいて女性の熱視線に気づいてなかっただろう。鈍いヤツだ』


 カイルはファーレンシアがダンスの最中にそんなことを言っていたのを思い出した。

――私など、先程から女性達のとても厳しい視線を受けています。初代エトゥール王に似たメレ・アイフェスを独占するとは、何事かと

 確かにファーレンシアに訊かなければ、その事実に気づかなかったかもしれない。


「あ〜〜でも、僕はファーレンシアほど、露骨ろこつに狙われたわけじゃないよ?」

『……………………』


 ウールヴェは呆れたような視線をむけた。


『イーレも言っていたが、にぶいにもほどがある。姫の今後の苦労が偲ばれる……』

「本当にそんなことないよっ!あれは参加していた貴族の下心があっただけで、その子女のほとんどは親の指示に従って動いてただけだ」

『そこまで、わかるものなのか?』

「わかるよ」

『規格外め……だが、あの包囲網は異常だったろう。2階から見ていたサイラスが女性集団の大移動に大笑いしていたぞ』

「なんで、僕に警告してくれないの?!」

『俺が?その頃、襲撃者の数をカウントしていたからな。舞踏会の映像を見たのは後日だ』

「あ、サイラスがそんなこと言ってたね……」

『……リアルタイムで見て、大笑いしたかった……』


 しみじみと言うディム・トゥーラの言葉にカイルは憤慨ふんがいした。


「僕は観測ステーションの余暇よかのための娯楽番組を提供しているわけじゃないんだよ?」

『当たり前だ。娯楽番組というには人件費がかかりすぎている』


 ぐっ、とカイルは詰まった。相変わらずディム・トゥーラには口で勝てない事実を思い知った。

 そんなカイルの心情を知らぬ気に、ウールヴェはあたりを見回した。 


『だいぶ街がくらいな』

「ほとんどは、疎開そかいしてくれたからね」

『どのくらい?』

「9割ほど」

『警告をきかぬ馬鹿が1割か』

「当日はエトゥールの外郭がいかく内郭ないかくの門はおろすんだ。暴徒に邪魔されないように」

『ほう』


 ディム・トゥーラはカイルがその手法を選択したことに驚いた。残留者がせまりくる巨大隕石に驚いて、パニックに陥いり暴徒化する可能性が最大の問題点だった。

 空中に防御壁シールドを展開するアードゥルやカイルは、全く無防備な状態になる。それに対する安全策を考えていることにほっとした。

 カイルも非情な手段を選択できるのだ。


「城門の前の街側の街路に移動装置ポータルを一つアドリーにつなげる。逃げ惑う人々の誘導は、第一兵団長のクレイが引き受けてくれた」


 前言撤回ぜんげんてっかい。甘ちゃんはどこまでも甘ちゃんだった。

 ディム・トゥーラは変わらぬお人好しぶりにため息をつきたくなった。これはカイル・リードの長所でもあり、致命的ちめいてきな欠点でもあった。


『まさか、残留者のためじゃないだろうな?』

「そのまさか、だよ」

『これほど警告を無視した馬鹿共のためにそんな措置に人手はくな』

「馬鹿ではなく、世論に流されることなく賢者メレ・アイフェスの正体をいぶかしむ天才かもよ?だいたい得体のしれない異国の賢者が疎開そかいを進めたって、もぬけの空になった王都を占領目的にしているかもしれないって思うんだから」

『そんな流言もあるのか』

「アンチがくくらい魔導師メレ・アイフェスは人気なんだよ」


 ふざけたカイルの物言いにウールヴェはにらんだ。


『今すぐお前を咥えて、観測ステーションに跳ぶか?大災厄が終わるまで世界の番人が手を出せない隔離室かくりしつにぶちこんでもいいんだぞ』

「ごめんなさい。ふざけすぎました」


 カイルは即、謝った。

 ディム・トゥーラがどう転ぶかわからない状態で、地上組の安全に心を砕いていることを、カイルはよくわかっていた。

 しばらくウールヴェはカイルをにらみつけていたが、ぶっきらぼうに言った。


『で、目的地はどこなんだ?』

「うん、もう少し」


 カイル達は高台にたどりついた。


「ここからだと、エトゥールの街を見渡せるんだ。城壁の外まで見られる」

『…………………………今は夜だが……』


 カイルは得意そうに、にっと笑った。


「まあ、待っててよ」


 カイルが適当な地面を選んで、角灯らんたんを置き、持ってきた背嚢はいのうから敷布をとりだし、広げた。


「他にも面白いものが見ることができる」


 カイルはちゃっかりナーヤ婆から追加調達した秘蔵酒の革水筒を取り出した。


『まだあったのか』

「隠してないとロニオスに強奪ごうだつされるじゃないか」

『…………まあな』


 カイルはさらにうつわを取り出し、酒を注いでウールヴェの前においた。


『………………用意がいいな』

「セオディア・メレ・エトゥールご推奨すいしょうのお忍び用グッズ」

『………………なんだ、それは』

「あの人は隠れてやんちゃをしている」

『――』

「ウールヴェで移動することを覚えてから、さらに磨きがかかったよ」

『お前のせいだろう』

「僕のせいじゃないっ!」

『ウールヴェで移動できることを発見したのは誰だ』

「……………………僕です」


 ほら見ろ、とウールヴェの視線が語っていた。

 カイルは視線をそらし、その場を誤魔化すために背嚢からウールヴェの串焼きを取り出した。


『おお……』


 香ばしい臭いに、ウールヴェの尻尾が無意識にふられた。カイルはその反応に笑って、虎が食べやすいように串から焼き肉を外して皿の上に積み上げていった。

 一人と一匹はしばらく黙って酒と肉を堪能した。


『ロニオスじゃないが、全てを放り出して、虎のままのんびりしたいものだ』

「ちょっと影響されないでよっ!」


 カイルは思わぬディム・トゥーラの発言に慌てた。


「大災厄後のディムの協力はすごく当てにしているんだからねっ!」

『長期休暇を取る権利ぐらい俺にもあるだろう』

「……ちなみにどのくらい?」

『10年とか20年とか』

「却下。僕の子供が成人してしまう」

『地上の動物のデータを整理していたらそれぐらい過ぎそうなんだが』

「それ、休暇じゃないし……」

『休暇だろう?』


 ディム・トゥーラの研究馬鹿ぶりもひどく、地上生活の方が、はるかに健全のようにカイルは感じた。


『で、面白いものとは?』

「ほら」


 カイルは茂みを指さした。茂みから淡い光が徐々に舞い始めた。


『……世界の番人の仕業か?』

「違うよ。発光する虫だって」

『虫?』

「成虫期間は10日ほどで、この時期にしか見られない光景だってさ」


 光が夜の闇の中に軌跡を作って移動している。その数が徐々に増え、周辺が光の軌跡で満ちてきた。


『――』

「ちょっと世界の番人の祝福ににていて、綺麗だよね。多分、僕達の世界では中世ぐらいに気候変動で絶滅した種類じゃないかな」

『皮肉だな。これから気候変動が起こる星で、これが絶滅した世界の住人である俺達が、この美しい光景を最後に目にするのか』

「僕もそう思った。ああ、でもエレン・アストライアーのジーンバンクにこれの遺伝子情報があるかもね?絶滅は免れるかもね?」


 カイルは笑った。

 光は、カイル達の周辺を舞い続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る