第39話 閑話:ウールヴェを育てよう③

 確かにそうかもしれない、とカイルは思った。

 ウールヴェがどう成長するかなどという知識は、当初カイルにはなかった。それにくらべ、セオディア・メレ・エトゥールのウールヴェは、特使としてたった白豹しろひょうのウールヴェの数頭といい、目的に沿った外見と知性を備え持っていた。


 ウールヴェは、主人が明確な成体せいたいのイメージを持っているとその通り成長することができる。ありえる話だった。


「あれ?僕のトゥーラはなんで狼の姿になったんだろう?もしかして、ロニオス――初代がかかわったウールヴェの姿を真似まねたのかな?」


 つぶやきに似たカイルの言葉に、ギクリとしたのはディム・トゥーラが宿やどる虎のウールヴェと、トゥーラ自身だった。


賢者メレ・アイフェスだったから、初代のウールヴェの伝承を知る周囲の人間の投影を受けたのかもしれないな』


「ああ、ありうるね」


 カイルはあっさりと、ディム・トゥーラの仮説をうけいれた。


 ディムは内心ほっとした。カイルのウールヴェが、初代に関わるウールヴェの姿を模倣もほうしたことが、全てを知っている世界の番人の配慮なのか、計略なのかはディム・トゥーラには判断がつきかねていた。

 

 カイルのウールヴェと今のロニオスが同じ狼の形態すがたをとっている理由を、ロニオスに聞いたら素直に答えるだろうか?

 想像したら古狐ふるぎつねおきなに、はぐらかされる自分の姿しか浮かばない。


「ディム?」


『ああ、すまない。成体せいたいになるまでの記録が欲しいな。頼めるか?』


「うん、僕と――」

「あたしとお父さんがします」


 ダナティエがさっと手をあげて、立候補した。


「なんで、俺が――」

「あたし、お父さんの不在中に頑張ったんだから、健気けなげな娘につきあってくれても、バチは当たらないと思うよ?」

「うっ……」


 娘は一瞬にして、父親の抗議こうぎを封じ込めた。


「何を記録したら、いいんですか?」


『どんな世話をしたか、とか、成体に変化した日にちや、気づいたことはなんでも。そういう記録が積み重なって、「飼育書しいくしょ」が執筆される元となる』


飼育書しいくしょ……」


 ダナティエは目をきらきらさせた。

 その様子にカイルはダナティエ達に一任することにした。適材適所かもしれない。


「記録類はおまかせします。じゃあ、僕は、新しい馬小屋の手配でもしてきます」


 立ち上がったカイルの長衣ローブすそが何かに引っかかった。


「?」


 左側に、カイルの長衣ローブすそくわえることで引き留めている虎がいた。


「ディム?」


『お前の仕事はそれじゃない』


「はい?」


 いつの間にか右腕はガルース将軍につかまれていた。


「うむ、確かに違うな」

「ガルース将軍?」

「絵を描いてくれると言ったではないか。つののない馬を」

「え?」

「馬小屋の手配が、一日や二日遅れたところで問題はないが、私の好奇心が満たされず眠れぬ夜を過ごす可能性は、老人の健康維持のためにぜひ回避したいものだ」

「はい?」


『俺も将軍が知る数々の野生馬の絵を見たい』


「ディム?」


『大災厄が近づけば近づくほど、こういう時間はとれなくなる。今だ。今しかない』


「いや、でも、将軍の記憶をのぞくわけには……」

「かまわない」


 ガルースはあっさりと承諾した。


「かまわないことないでしょう?記憶をのぞいて、カストの重要機密が漏れたらどうするんです?!」

「それができるなら、ディヴィ達の故郷の絵を描いた時にできていたはずだろう?」

「――」

「できるのに、しなかった。君の誠実ぶりは、メレ・エトゥールを失望させるぐらい、素晴らしいものだ」

「失望って……」

本人メレ・エトゥールが言っていた。普通は、義兄を喜ばせるために、カストの機密の一つや二つ、ご機嫌を取るために差し出すことを考えるはずだが、あまりにも中立すぎて、それが皆無かいむだったと」

「………………………………」

「君は正直で、不器用で、信用に値する人間だ。さあ、絵を描いてくれ。君の絵の才能も素晴らしい。ディヴィの故郷を描いた風景画は最高だった。あの細密な画力がりょくで、私の長年見てきた馬達の絵が描かれると想像しただけで興奮する。ああ、私も欲しいから、絵はすべて2枚ずつ頼む」




――カイルは一週間ほど自由を失った。

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