第38話 閑話:ウールヴェを育てよう②

 真面目なディム・トゥーラも、専門分野である動物に関しては、間違いなく研究馬鹿であることはカイルが一番わかっていた。

 

 所長のエド・ロウの右腕として、研究員達をたばねていた彼は、多忙な管理業務をこなしつつ、器用にも自分の研究の時間を生み出していた。彼が研究成果を出していたのは、機会を逃さない行動力と判断力だった。

 暇があれば、論文か報告書を読んでいる姿をカイルはよく目撃していた。目的のためなら、努力と労力はしまないタイプだった。


 その彼が、この絶好ぜっこうの研究機会を逃すだろうか?


 意外にも馬好きで情報通の将軍から情報を得たあとに、時間を作って危険なカストの山奥まで探索たんさくのために飛んでいきそうで、カイルは怖かった。


『とりあえず!今は!将軍達のウールヴェの話だから!』

『そういえば、そうだったな』


 カイルは叫ぶような思念で、脱線したディム・トゥーラの軌道を修正し、本来の目的を思い出させることに成功した。


『馬の絵ぐらいなら、描いてあげるから、野生馬を探しにカストの山奥に行くなんて言いださないでよね』

『……………………だめか?』

『ダメに決まっているでしょ?!』


 危ない。釘を刺して正解だった。カイルは自分の読みの深さを自画自賛じがじさんをした。

 若干、ウールヴェ尻尾しっぽが垂れていることは、見なかったことにした。

 釘を刺す相手はもう一人いた。


「絵は描きますから、将軍もウールヴェを連れてカストを案内するなんて言わないでくださいね」

「なに?!ダメなのか?!」


――ここにも隠れた問題児がいた。

 将軍の返答にカイルは頭痛を覚えた。




『そういえば、エトゥールにも野生馬くらいはいるよな?』

『とりあえず、馬の話題から離れて!』




「ウールヴェの幼体を選ぶのは延期にしますか?」


 カイルの脅迫に近い言葉に、ガルース将軍もダナティエも悲壮ひそうな顔をした。ぶんぶんと二人そろって首をふる。


「…………本当にカストでは宗教的に禁忌きんきなんですか?」


 カイルはやや呆れつつ、ディヴィに再度確認をした。


「尊敬してやまない上官と愛する娘を誘惑し、堕落させた、最上級の悪魔の使いだと俺は思っているぞ?」


 ディヴィも真顔で答える。

 カイルは小さなため息をついて網籠あみかごの中にうごめくウールヴェの幼体達に視線を落とした。

 

「とりあえず、幼体を選びましょう」

「で、どうやって選べばいいのかね?」

「普通は手を伸ばして手に乗って相性のいい子を選ぶのですが……」

「どれも同じに見える……」

「違いがわからないわ……」


『カイル』


 唐突にディム・トゥーラが言った。


『幼体から金の線が出ている』

『は?!』


 カイルは思わず聞き返した。


『僕には何も見えないけど?!』

『出ている。将軍と娘に向かって一対の線ができている』

『どれ?』


 虎は器用に手を伸ばして、幼体をつついた。


『右が将軍で、真ん中のが娘に』 


 カイルは自分が選ばれないように、遮蔽しゃへいをしてから、ディム・トゥーラが指摘した二匹を別の籠に隔離かくりした。


『あと、非常に言いづらいことだが』

『何?』

『副官の彼にもつながっている幼体がいる』


 カイルと虎のウールヴェはそろって、副官であるディヴィに振り返った。

 聡明そうめいな副官はそれだけで、人生の危機を悟った。


「言うな……」

「あ~~そのですね……」

「言うなっ!絶対に言うなっ!」

「いや、でも~~」

「すごく、嫌な予感がするから、絶対に!俺に!言うなっ!」

「ディヴィも選ぶことが可能なのか。喜ばしい」

「お父さん、すごいっ!!」


 ダナティエが感激したように、父親を尊敬の眼差しで見つめてきた。この期待に満ちた瞳を無視できる親はそうそういないだろう、とカイルは思った。

 ディヴィは蒼白そうはくになった。


「……俺は、今、猛烈もうれつな勢いで外堀そとぼりが埋められているのを感じるんだが……」

「……まれにみる突貫工事とっかんこうじぶりですよね」


 ディヴィはがっくりと膝をついた。





 当初の予定とは多少違っていたが、カスト出身の3人は無事ウールヴェの幼体を手に入れた。予定外のディヴィはずっと青ざめて、震える手でウールヴェの幼体を支え持っていた。


「おかしな奴だ。悪魔の使いと称されているが、けものの子供だぞ?お前の方がはるかに強いではないか?」

「長年みついた信仰しんこうが俺を責め立てるんです」


 上司の指摘に、部下はげんなりと答えた。さすがの憔悴しょうすいぶりに、将軍は教師役のエトゥールの導師を振り返った。


「やはり、ディヴィには無理ではないか?」

「いや」


 否定したのはディヴィ自身だった。


「危険な物か見極めるには、直接経験する必要があります」


 彼は、ウールヴェの取得を喜んでいる娘をちらりと見てから、自分のウールヴェを見下ろした。

「……大丈夫だ……こいつは俺より弱い……のろわれない……堕落だらくもしない……大丈夫だ……」とディヴィが繰り返し口の中でつぶやいている言葉を、カイルは聞かなかったことにした。娘に対する深い愛情と、上司の盾を自認する責任感からのディヴィの選択は尊重そんちょうするべきものだった。


「食べ物を際限なく欲しがる傾向があるので、与える際は気をつけてください。餌は少な目がいいです。この警告を無視していると、恐ろしいほどの大食漢になります。結果が僕のウールヴェコレです」


――かいる ひどいよ?


「事実だろう」


 カイルはウールヴェのトゥーラの抗議を一蹴いっしゅうした。


「名前はつけていいんですか?」


 わくわくしながらダナティエが尋ねてきた。

 その質問に、カイルとディムは視線を交わした。迷ったが正直に教えることにした。


「つけるとウールヴェを死んだ時に衝撃が大きくなります」

「――」

「ウールヴェを使役して、危険な任務に就かせるならやめておいた方がいいでしょう」

「しばらく様子を見ることにしよう、いいな。ダナティエ」


 将軍の命令にディヴィはほっとした様子をみせ、ダナティエはがっかりとした。

 ガルースはちゃんと副官の苦悩の軽減けいげんに配慮していた。貴族の将官としては珍しい、身分差を無視しての気遣いに、カイルは感心した。


「……で、どうやったら馬に成長できるのかね?」

「馬に成長できるかは保証できません。いつ成長するかも僕達にはわかりません」

「そうか」


 意外にも将軍は失望しなかった。


「まあ、確かに今日、明日馬になっても困るな。準備の時間が必要だ」

「準備?」


 将軍の言葉にカイルは逆にたずねた。準備とはなんだろう?

 ガルースは狼と虎のウールヴェを交互に指さした。


「狼や虎なら、周囲の理解さえあれば、室内にいてもいいかもしれないが、大型の馬が室内にいるのは不自然じゃないかね。馬小屋を用意する必要がある。カストの民の目がつかないように、アドリーの屋敷敷地内に個別の馬小屋が一つ欲しいのだが……。他の馬への悪影響が未知数なら、アドリーの馬小屋とは別に用意した方がいいと思うのだが、どうだろう」

「――」


 カイルはあっけにとられた。自称馬きちがいと言うだけあって、この状況で的確に――それが馬中心目線であっても――判断し指摘するガルース将軍の才は驚くべきものだった。


「他の馬への悪影響ですか……」


『確かに馬は敏感で賢い生き物だから、それぐらいの配慮はあってもいいな。馬小屋を作って、将軍のウールヴェが馬にならなかった時は、他の馬用に使えばいいだろう』


「大丈夫だ。ちゃんと馬に育つ」


 奇妙なガルース将軍の自信にカイルは首を傾げた。


「その自信の根拠を聞いても?」

「今まできいた話を総合するとそう結論づけられる。この生物は、主人の望みをかなえようとする傾向がある。おそらく賢者達は具体的なウールヴェの将来像を持たないで育てていて、それぞれの形態けいたいをしているのではないかね?」


斬新ざんしんな新説がきたぞ』


 虎は身を乗り出して、ガルースの言葉に聞き入った。 


『確かに俺とカイルのウールヴェは寝ている間に成長して、その容姿ようしがどうなるか、など気にしたことなどなかった』


「サイラスの場合は、主人の危機に反応して、急成長した。子竜こりゅうの姿になったのは、攻撃に特化した形態をとったのかもしれないなぁ」


『この先、将軍のウールヴェが、将軍の望むまま馬に成長するかどうかは、その説の検証材料けんしょうざいりょうになる』

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