第37話 閑話:ウールヴェを育てよう①

「僕のせいではありません」


 ガルース将軍の副官ディヴィの情けなくも訴えるような視線には、「お前のせいだ」という色合いもあった。カイルは先手を打って――しかもきっぱりと――無実をうったえた。


「貴方の上官なんだから、貴方がとめてください」

「無茶を言うな。それで聞き入れる上官なら、俺は酒に依存いぞんしていねぇよ」

「ああ、なるほど。貴方のアル中は将軍に起因きいんしてましたか」

「だから、どうにかしてくれ」

「そういいますが、もう一人は貴方の娘さんですよ?敵国の賢者を頼るより、父親として静止すれば――」

「それができれば、頼んでないっ!!」

「ごもっとも」


 ガルース将軍と副官ディヴィの一人娘ダナティエは、地面にひざをついて熱心に網籠あみかごの生物を見つめていた。ハーレイが持ち込んだウールヴェの幼体達だ。


「ガルース様、どの子にしますか?」

「丈夫な子がいい」

「なるほど、丈夫ですか」

「非常に重要な点だ」

「あとは?」

「賢さだな」

「あたし、しゃべる子がいいです」

「うむ、会話ができる知性は欲しいな」


 祭りに立ったいちで、品物を物色する老人と孫娘のノリだった。彼等が妙に浮かれていることにカイルは気づいていた。


「あの……一応、確認しますが、カストではウールヴェは魔獣まじゅうに分類されているんですよね?」

魔獣まじゅうどころか悪魔の使いだ」


 ディヴィは憮然ぶぜんとして答えた。


「なのに、なぜあの二人はテンションが高いんですか?宗教的葛藤かっとう皆無かいむなんですが?」

「俺が聞きたいっ!おかげで娘は、おくれの道をまっしぐらだっ!魔獣を持ったら、誰もよめに欲しがらないだろうっ!」


 なげく父親の言葉にダナティエは敏感に反応した。


「あたしのおくれ予言をしていたのはお父さんじゃない」

「だからといって実行するなっ!」

「安心して。ちゃんと嫁に行かずお父さんのすねをかじりつくしてあげるから」

「安心できるかっ!」

「まあまあ」


 カイルは親子喧嘩おやこげんかをなだめた。


「メレ・アイフェス、どういう風に選べばいいのかね?できれば、馬に育てたい」

「馬……ですか」


 その要望にカイルは困惑した。ガルース将軍の目が子供のようにキラキラしているのは気のせいだろうか?

 カイルは横に立つ副官に説明を求め、見つめた。ディヴィはあきらめの吐息をついた。


「将軍は馬をこよなく愛している」

「こよなく?」

「馬きちがいと言い換えた方がいいかもな」

「馬きちがい……」

「私はこの通り、体格がいいので、小さな馬では乗りつぶしてしまう。大きな馬を探すうちに、馬の美しさに惚れこんだのだ」


 しれっと将軍自身が懺悔ざんげした。

 筋肉質で、がたいのいいガルース将軍は、確かに体重が100キロを超えていそうだった。そういえば、トゥーラに乗るときに、体重に耐えきれないのではという気遣きづかいをみせていた。


「つまり……」

「自他とも認める馬きちがいだ」


 ぼそりとディヴィが解説する。


「いい野生馬がいると噂をききつけると、休みにどんな山奥でも向かう。俺は休みをつぶされて散々さんざんだ」

「――」

「馬はいい。あの形態けいたいは完成されたものだと思う。バランスがとれた筋肉と、後肢トモ可動域かどういき、ダイナミックなフットワーク、まさに自然が生み出した奇跡の造形ぞうけいだ」

「こんな風に語りだしたら止まらない」


『確かに馬は美しい』


 唐突にカイルの横に控えていた二匹のウールヴェのうち、虎が語りだし、関係者はぎょっとした。

 虎のウールヴェがしゃべるのは、初めてだった。


「ディム……」

『すまん、つい』


 ディム・トゥーラらしからぬ失態しったいだった。ガルース将軍の語る動物論に賛同したくなったらしい。


「そのウールヴェもしゃべるのかね」

「あ〜〜、このウールヴェは僕の仲間の賢者が意識を乗せているだけです。この知性はウールヴェのものではありません」


『ディム・トゥーラという、よろしく。単なるカイルのおり役だ。ここにいる』


「ちょっと、ディム?!」

「ずっと我々を見ていたのかね?」


『まあ、そうだ』


「なぜ?」


『敵か味方か判断がつきかねたからだ。正直、カストに関わることは、賢者の中では意見が真っ二つに別れているぐらいだ』


 ディム・トゥーラの答えに嘘はなかった。

 だが、カイルの方はその告白に冷や汗をかいていた。

 ディム・トゥーラの言葉はストレートすぎた。しかもアードゥルのように、賢者メレ・アイフェスの中でカストに反感を持っている存在まで暴露ばくろしてしまっている。

 カイルにはその意図いとがわからない。ガルース将軍達は不信感をつのらせるだけではないのだろうか。


「まあ、そうであろう」


 老将軍はうなずいた。それから茶色の瞳を持つ虎姿のウールヴェを見つめた。


「我々がエトゥールと敵対していたことを加味かみしても、手の内を明かしたくなかったという考えは十分に理解できる。導師ディムよ、だが、なぜ今になって明かしたのだ?」


『俺の個人的判断によるものだ。信頼に値すると思った』




『まさか馬好きだから、合格点を与えたんじゃないよね?』

『……そんなことないぞ』

『そのが、めちゃくちゃ怪しいんですけど?!』




 ガルースは笑った。賢者に認められるということは、悪くない、と思えた。虎のウールヴェから聞こえてくる声に、偽りは感じられなかった。


「すると、我々は賢者の試験に合格したのかね?」


『少なくとも俺の中では』


「それは有難ありがたいことだ」


『この先、腹を割って話す必要もあると思った』


「というと?」


『俺という存在が、そちらとの情報交換にかかせなくなる可能性も考慮した。魔獣や悪魔の使いとして扱われているウールヴェより、中身が賢者であり、思考できる人間が憑依していると考える方が受け入れやすいのではないか?』


 エトゥールの導師の言い分は、なかなか興味深かった。カストの宗教的洗脳は、ウールヴェという存在を受け入れる厚い壁になっているのは確かだった。


一理いちりある」


『今後、何があるかわからないので、我々の間で連絡手段や移動手段は複数、増やしておいた方がいいだろう』


「うむ」


『だが、これは建前たてまえだ』


建前たてまえだと?他に理由があるのかね?」


 静聴せいちょうしていた副官ディヴィがわずかに緊張したことに、カイルは気づいた。

 どこかメレ・エトゥールとの特使としての状況に似ていただろう。何を要求されるかわからない恐怖と言ってもいいかもしれない。

 実際、ディヴィは警戒していた。治癒師ちゆしの魔女のような要求がくるのだろうか?

 

『将軍の趣味の領域でも、相互理解を深めたい』





「「………………趣味?」」


 カイルと副官ディヴィは、明後日あさっての方向の要求に思わず聞き直した。

 だがガルースはすぐにさっし、目をきらりと光らせた。


「…………馬だな?」


『馬だ』


 虎のウールヴェの茶色の瞳もきらりと光る。

 

「馬に関する具体的な相互理解そうごりかいの内容を聞かせてもらおうか」


 ガルース将軍の反応は、特使の時よりはるかに積極的だった。


『野生馬の特徴、分布、種別などありとあらゆる情報が欲しい』


「ふむ、カストのかね?軍事的戦略の一環いっかんか?」


 用心深く将軍はポイントを押さえて確認の質問を投げた。王に反旗はんきひるがえしているが、祖国を危機におとしたいわけではないのだ。


『いや、そんな無粋ぶすいなものではない』


 虎はあっさりと否定した。


『これもまた、俺の個人的なものだ』


「個人的?」


『それこそ興味からくる情報収集だと思っていただいていい』


「というと?」


『実は我々の世界の馬には、つのがない』


「なんだと?!」


 老将軍が驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


「どうやって、周囲を警戒するというのだ?!」


『馬の二本のつのにそんな役割が?そういう興味深い情報が欲しい』


「かまわぬが、私はつののない馬を見たいぞ」


『カイルが絵を描いてくれる』


 将軍はくるりとカイルの方を振り返った。その視線は期待に満ちていた。




『ちょっとディムっ!』

『馬の絵など、お茶の子さいさいだろう?』

『そうじゃなくて、趣味に走りすぎだっ!』

『ちゃんと「趣味の領域」と断りをいれているだろう?』 

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