第36話 閑話:賢者の知恵③
「出会った頃のハーレイとの話し合いを覚えているかな?僕は彼に尋ねた。『憎しみの対象は子供も老人も含めたものなのか』って」
「覚えています」
「ファーレンシアはどうかな?カストの子供や老人も憎い?」
「まさか!」
「安心したよ」
カイルは少し笑った。
「僕はね、許せないという感情の
「…………」
ファーレンシアはカイルに抱きしめられるまま
「許すとは、罪を
老婆の感謝の言葉と涙は、ファーレンシアの心を洗い流した。ファーレンシアは初めてカイルの言葉を理解できた。
許すとは、心の落とし所を探す事なのだ。
許せないなら、許さなくていい――その言葉の真の意味は、己が心底納得しなければ、「許す」という行為自身が意味をなさない。真の許しではないから。
ここにいる、か弱い彼等はカスト王の犠牲者なのだ。
生きるために愚かな指導者に従うしかなかった。その社会的弱者にカイル達賢者は救いの手を差し伸べた。王の愚行の
王は責任と義務が伴う。兄であるセオディア・メレ・エトゥールはそれをよく理解しており、賢者達は彼を支える道を選んでくれた。大災厄が迫るこの時期にも、地上の
泣いている場合ではない。強くならなければいけない。
ファーレンシアは決意した。
例え大災厄がこようとも、賢者が理想とする世界が未来にあるなら、賢者の妻として、ともにその道を歩み、重圧を背負う夫を支えるのだ。
カイルの不在の
カストの避難民に笑顔が生まれ、声をかけられるようになった。会話も生まれ、知らなかったカストの現状をしることができた。憎しみのまま交流を
ガルース大将軍の人気は
敵国の大将軍とは言え、好感のもてる
将軍がいれば、カストの避難民の問題はどうにかなるかもしれない。ファーレンシアに胸の内に安堵は広がっていた。
精霊は、試練として越えられない壁は作らない、とは上手く言ったものだ。まさに現状がそうだった。
最近では、会話でも冗談が飛び交う余裕が生まれた。イーレの軽い口調での夫婦論は、カストの女性達にも、共通に受けた。小休憩のたびに、イーレとファーレンシアの周りに輪ができた。
今日の話題は「できる妻に対して、夫からふんだくる報酬」だった。
侍女とカストの女性達も
そんなある日、いつものようにファーレンシアがイーレ達と避難民のために動いていると、
「イーレ様、あとをお願いできますか?」
「まかせて」
ファーレンシアはマリカと専属護衛達とともに、その場をさりげなく抜けた。
「ファーレンシア様、至急、アドリーの
「問題ですか?」
「客人です」
兄だろうか?
最近、兄はウールヴェのトゥーラ並みに自分の精霊獣を使いこなすことを覚えてしまった。
「メレ・エトゥールですか?」
「いえ、違います。ですが、ファーレンシア様にご対応いただかなくては、ならない人物です」
「私に?」
「前アドリー辺境伯のご子息です」
一瞬、それは誰のことだ、とファーレンシアは言いそうになった。が、ファーレンシアは初代であるエルネスト・ルフテールの若返った姿が、独身であったはずの前アドリー辺境伯の隠し子として噂されている事実を思い出した。
同一人物であるから、ややこしい。
だが、ファーレンシアは、あることに思い当たり血の気がひいた。
「……もしや、
「はい、以前
一難去って、また一難だった。
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