第31話 閑話:手紙①
「嘘つき……」
マリエンが夫からの手紙に
ひどい内容だ。
ガルース将軍と共にエトゥールに特使として
最後の手紙だったら、愛しているとか一言ぐらいあっても、いいではないかと思う。命令書の代筆と何か勘違いしていないだろうか?
昔、最前線に向かう時のディヴィの手紙の方が、まだ情熱的だった。その手紙は未だにマリエンの宝物だ。
マリエンもある程度は事情を
将軍がエトゥールの手にかかり、命を落とすぐらいなら、
わかっている。
わかっているが――。
「腹が立つものは、腹が立つのよっ!!!」
「お母さんってば、また手紙を見てるの?」
「ダナティエ……」
「お父さんも不器用よねぇ。愛しているの一言を加筆すれば、よかったのに」
もうすぐ15歳で成人する予定の娘に図星をさされて、マリエンは食卓に
「どうして、あんな人と結婚しちゃったのかしら……」
母の暴言を娘は手をひらひらと振って、聞き流す。
「お母さん、夫婦
「言いたくもなるわよっ!!あんたは、絶対に兵士と結婚しちゃダメよ!!」
「その発言、娘の婚活機会を半分つぶしているって、気づいている?」
「兵士と結婚すれば待ってる未来は
「そういうお母さんは、再婚する気なんてこれっぽっちもないくせに」
「………………」
ダナティエは持ってきた大袋を、その真横にドカっと置いた。
中身を次々と取り出す。
「この林檎はお婆ちゃんからね、野菜は伯父さん、卵は隣のおばさんから、あ、肉は店のおじさんから」
今も戦利品のように、差し入れの品々をマリエンの目の前に積み上げていく。
「あんたは、元気ね……」
「だって、
「昔は悪ガキでヤンチャだったからでしょ」
悪戯をして、村長に怒られていた悪ガキ集団の筆頭だったのだ。故郷にはディヴィもマリエンも娘に隠したい黒歴史は山ほどある。あとで、
「違うわよ。英雄だからだって」
「英雄?」
「平民でガルース将軍の副官まで登りつめたんだもの。村を代表する
「……」
そんな風に言われているとは、意外なことだった。
「お母さん、知ってた?お父さんね、
「え?」
「備蓄としての小麦と
「……そんな話、知らないわ」
「兵職を引退したら妻子を連れて、故郷の村で静かに暮らしたいって、将軍に言ったらしいよ。で、せっせと村に
「…………」
「村長に援助の条件を出していたらしくてね?自分が戦死した時は、妻と娘の面倒をみること、だってさ。だからしつこく故郷の村に帰れって言ってたんだね。お父さんの口癖だったもの。お父さんが戻らなかったときは、お母さんを連れて故郷に行けって」
「……そんなこと言ってたの?」
「うん」
ダナティエは少し泣き笑いの表情を浮かべた。
「お父さん、不器用だね……。でも、あたし、お父さん大好き」
「ダナティエ……」
「大丈夫、お父さんなら大丈夫」
「でも野蛮なエトゥールに行ったのよ?」
「お父さんなら、将軍と一緒にエトゥール王を倒してきそう。それでまた英雄になるの」
「……」
「お父さん、将軍に対する処遇に怒り狂っていたじゃない。最近、酒量も増えていたし」
「……そうね」
マリエンもその点は気づいていた。
ディヴィは、子供の頃から
ディヴィの夢物語を皆が笑った。平民は平民でしかない。身分差別の壁を誰もが知っていたからだ。
笑わないのはマリエンだけだった。
ディヴィのガルース将軍に対する
だからディヴィが兵士になった時も驚かなかった。
確かに将軍は貴族でありながら、平民に対する差別がない人物で有名だった。だが、もちろん実力主義なので、彼の部隊に取り立てられるには、それなりの
兵士として、前線にたち、左手の指を二本失う
「今回の功績でガルース将軍の部隊に採用されたんだ」
まだ結婚前のマリエンは、その
「馬鹿じゃない?!死んだら、何にもならないのよ?!」
マリエンの突然のヒステリーに、村の英雄は
ディヴィが、マリエンに結婚の申し込みをしたのは、その1年後だった。
「俺は兵士だから、戦場では真っ先に命を落とす。俺が死んで、泣いてくらすような性格じゃ困る。マリエンなら大丈夫だろう」
冷静に考えると失礼極まる結婚申込だったが、マリエンはうっかり承諾してしまった。
ここまで振り回されると思ってなかったからだ。人生最大の失策ではないか、とマリエンは密かに考えている。
1年後にダナティエを授かり、幸せいっぱいだった。手紙一枚で離縁を宣言される未来が待っているなんて、想像すらしなかった。
平民であり口が悪いにもかかわらず、ディヴィはガルース将軍に
ディヴィの努力はすさまじかった。
当時、平民に教育の機会など与えられなかったから、文字も読めないディヴィは、仲の良い同僚に教書を音読してもらい丸暗記した。
もちろんその間に文字を学んだ。
ついでに外国語も学んだ。
日中の
その努力が
試験順位に負けたことに憤った貴族は、ディヴィの
将軍はディヴィを信じていた。そして再試験の機会を設けた。
無実の証明のため、
ガルースは結果に大笑いをしながら彼を副官に指名した。
平民の少年達皆があこがれる平民副官ディヴィの誕生だった。
どんなに地位があがろうとも、
口が悪く、たまに
その結果が今だ。
マリエンはため息をついた。
相手がガルース将軍では勝てない。
「ダナティエ、腹が立たないの?私達は、ガルース将軍の存在に負けて捨てられたのよ」
母親の
「お母さん、お母さん、ちょっと冷静に考えてみてよ?お父さんからガルース将軍信仰を取ったら、
「…………そうかもしれないわね……」
「だいたいガルース将軍を見捨てて
「…………できないわね」
「保身に走るような情けないお父さん、好き?」
そんなのディヴィじゃない――と言いかけて、マリエンは悟った。
それが全ての答えだった。
「惚れた弱みって、つらいわ……」
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