第28話 変革⑮

「アレとは、どっちのこと?カイル?ウールヴェのトゥーラ?」

「両方ともじゃ」

「なるほど……クトリ、呼んでみなさいな」


 クトリは、わたわたとした。


「仲間がいた方がきっと安心するわね」


 イーレが自分の仔竜型のウールヴェを呼ぶと、ウールヴェはすぐに現れて、イーレの肩にとどまり、小さく鳴いた。


「ど、どうやったんですか?」

「心の中で、呼びかけるのよ。ここに来て、って」


 クトリは目をぎゅっとつぶって、念じた。だが、何も起こらなかった。


「ダメです……」

ねてるわね……」

ねてるな……」

ねるとは?」

「扱いが酷かったから、ねている」


 ナーヤがお茶をすすりながら告げる。


ねるなんて、子供じゃあるまいし……」

「子供じゃ」


 ナーヤの言葉にクトリは冷や汗をかいた。子供を虐待して、嵐に向かわせた、という言葉がリアルにせまってきた。


「あ〜〜、それならもう、逃げてしまったのでは?」

「だったら、私の仔が気づくわよ」

「どうしたらいいですか?」

「ふふふ」


 イーレはにやりと笑った。


「そういう時のための秘密兵器があるのよ」

「秘密兵器?」


 イーレは、携帯袋から包みを取り出した。


「それはなんです?」

「アイリの手製のお菓子よ」

「アイリ?シルビアの専属護衛ですよね?」

「彼女のお菓子はウールヴェに人気でね――」


 と、言って取り出したとたん、肩にとまっていたイーレの仔竜が首を伸ばして焼き菓子をかすめ取った。


「あ!こらっ!」

「確かに彼女の菓子は美味いのう」

「お婆様もご存じで?」

「治癒師がよく持参して、茶を飲みにくる」

「シルビアが?」

「カイルのウールヴェなんて、シルビアの分をまみ食いして、しばらく怒りを買っていたわね」


 イーレがクトリに焼き菓子を差し出してきた。

 クトリは一口かじった。


「あ、美味しい……」

「……貴方が食べてどうするの」

「え、ダメですか?」

「それでウールヴェを呼ぶのよ」

「……来ますかね?」

「もう1度、呼びかけてみたら」


 クトリは首を傾げた。

 なんと言って呼ぶべきだろうか?


「えっと……嵐に突っ込ませて悪かったね。アイリのお菓子はいらないかな?」


 ぼそっと言ったクトリの周囲に4匹の仔竜が突然、出現した。





 クトリの手にしていた焼き菓子の争奪戦が始まった。


「?!!!なんか数が多い?!」

「あー、リル達のウールヴェも飛んできたわね」


 だがよくよく見ると、白い狼のウールヴェもいつの間にかイーレの隣にいた。


「……………………」

「……………………」


――あいりの お菓子 いる


「……どうして、貴方まで召喚しょうかんされるのかしら?」


――かいるに 用があるんでしょ?


――連れてくるから お菓子ちょうだい


 ナーヤがゲラゲラと笑い出した。 


「当初の目的が達成したではないか」

「なんか違う気がします……」

「違うわね」


 クトリのつぶやきにイーレも同意した。

 イーレは、焼き菓子を取り出して、ウールヴェのトゥーラに与えた。


「カイルに私が呼んでいるって、連れてきてちょうだい」


――呼んで来たら もう1個くれる?


「あげるわよ」


 にこっとイーレは微笑んだ。


「イーレ?」

「私もカイルと話したくなったのよ。先ほどの件とか、先ほどの件とか、先ほどの件をね」


 トゥーラは主人の危機を察することなく、アドリーに飛んだ。

 ナーヤは、カイルの分のお茶をいれ始めた。


「焼き菓子一つで、カイルの身柄みがらが売られていませんか?」

「気のせいよ」


 クトリはイーレから新しい焼き菓子を受け取って、自分の肩に戻ってきた仔竜に与えた。なんとなくウールヴェの機嫌が直った気配がした。

 残りの仔竜は、イーレの指摘通り、リルとサイラスと専属護衛のアッシュのウールヴェだった。


「これって、兄弟で意志の疎通そつうをしているんですかね?」

「そうかもしれないわね。でもそうなると、カイルのウールヴェが飛んでくるのは謎よね」

「ウールヴェ全体で情報の共有ができるとか?」

「そうなると、これまた、カイルのウールヴェが飛んでくるのは突っ込みをいれたくなる点ね」

「……アイリのお菓子に対する執着しゅうちゃくの差?」

「それ、一般的に意地汚いじきたないって言うのよ」

「執着を意地汚いじきたないと定義すると、シルビアまで意地汚いじきたないことになります」

「はっ!それはまずいわね……。今のなし、なし」

「僕はアイリのお菓子に麻薬成分がある説をします」

「それもカイルが言ってたわね……。一度成分分析でもしてみる?」


 意地汚いじきたなさを指摘されるカイルのウールヴェの話題と、真剣に論じる賢者達に、ナーヤはまたも小さく笑った。


「トゥーラは優秀なのに、評価が低いのう」

「あら、あの子、本当に食欲魔獣なのよ?」

「周囲が甘やかすからじゃ」


 ナーヤは正確に指摘した。


「確かに甘やかしているわね……」

「賢いから、そこまでちゃんと計算しておる」

「ウールヴェのトゥーラが?」

「賢いぞ。いつでも主人のために動いておる。今だって賢者に会いたいという望みをかなえておるじゃろが」


 クトリの中でウールヴェの価値観が変わりつつあった。


「ウールヴェは愛玩動物あいがんどうぶつなんですか?」

「あいがんどうぶつ?」

「犬や猫みたいな――」

「ウールヴェを扱う最大の注意点を教えよう。絶対に犬扱いするな」


 ナーヤの顔が真剣になった。


「え?なぜ?」

「犬は人間に隷属しておる。ウールヴェが主人を選んで、きずなを結ぶのは隷属れいぞくじゃないからだ。対等である絆の証拠に、ウールヴェは主人の素養を見限れば、去る。犬扱いしてはならぬ。犬姿のウールヴェはいないだろう?」

「犬扱いはダメで、猫扱いはいいの?」

「猫は人間を隷属れいぞくしているであろう」

「……………………名言ね」

「世界の番人との最初の取り決め、とも言われている。人間より下の存在とみなすことは許されぬ」

「まあ、確かにトゥーラは犬扱いを嫌がるわね。でも私達、ウールヴェの幼体を売って商売しているのよ?矛盾むじゅんしていない?売買は下の存在とみなしているからではないの?」

「あれは、主人のない幼体状態で、ウールヴェの成長する前段階だ。主人に会うための旅路たびじに出していると思えば、合点がいくじゃろ」

「それでも犬扱いしたら、どうなるんですか?」


 怖いもの知らずのクトリの質問に答えたのは、意外にもクトリ自身のウールヴェだった。仔竜は首を伸ばして、クトリの二の腕を噛んだ。ウールヴェとえにしを結んで、初めて受けた蛮行ばんこうだった。


「痛っっっっ!!!」

「それが返事じゃ」

「嵐に突っ込ませてもねる程度なのに、犬扱いの方が報復ほうふくひどいってどういうことです?!」

「問題の度合いを示している」

「いや、おかしいでしょ?!」


 仔竜は主人をじっと見つめた。


「……爬虫類はちゅうるい扱いされるより、犬扱いの方が問題?」


 仔竜は肯定こうていの鳴き声をあげた。


――問題


 その賢い思念にクトリは吐息をついた。

 

「……僕のウールヴェは、これからどうしたら?」

「嵐に突っ込ませず、相棒あいぼうとして対話をすればよい。カイルや姫、天上の賢者にきいてみろ」

「……そういえば、ディム・トゥーラはいつの間にか、ウールヴェを受け入れて、使いこなしてますものね」

「彼、本当に努力家よね……」

「カイルに関することに限りますけどね。僕は、カイルのウールヴェ以上に甘やかされているのは、カイル自身だと思います」


 クトリはキッパリと言った。


「ディム・トゥーラは絶対に認めませんけどね」

「まあ、それはディムの性格だから。だいたいカイルも無自覚の人たらしで周囲を巻き込むのが得意でしょ」

「そういうイーレも地上嫌いなのに、カイルのために降りてきていますよね」

「…………成り行き?」

「一つ学びました。認めたくない事実を指摘されて、照れ臭い時に、『成り行き』って言葉が出てくるんですね。ディム・トゥーラが昔、『成り行き』と主張して自分の意志ではないと主張したのは、照れ隠しもあったのですね」

「……貴方、ディム・トゥーラに殺されるわよ」

「真実を探究するのは研究者の性質です」

「命あっての物種ものだね、口はわざわいのもと、あたりを学びなさいな。だいたい、クトリだってカイルのために動いているでしょ。地上に無関心なクトリが西の地に日参するぐらいだから」

「そ、それは、ここが居心地いごこちがいいし、お婆様の話は面白いし……」


 クトリは赤くなりつつ、ゴニョゴニョと言い訳をした。


「クトリや初代まで、改心させるカイルが一番凶悪きょうあく無敵むてきのような気がしてきたわ……」


 イーレがぼそりと言った。







「クトリ?」


 ナーヤがカイルのお茶をいれ終える頃に、狼の背に乗って、カイルが移動してきた。


「便利ね……私のウールヴェも乗せて飛んでくれないかしら」


 イーレが出現したカイルの姿にしみじみと感想を述べる。


「仔竜が人を乗せられるくらい大きくなったら、ハーレイの家がこわれるぞ。やめておけ」

「現実問題、それよね。小屋を建て増ししてから考えるわ」

「明日、小屋が建ってそうじゃな……」


 ナーヤがやや不吉な先見をした。

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