第27話 変革⑭
イーレは肩をすくめて見せた。それから、よい具合に焼けたウールヴェの串焼きをクトリに差し出す。竹串を受け取り、クトリは一口味見をした。
「美味いっ!」
「でしょ?これのために滞在する価値は確実にあるわよ。その串焼き、
イーレは笑った。彼女のウールヴェ肉好きは相変わらずだった。
「なんか、変な気分です。僕が、西の地でイーレと一緒に肉の串焼きを食べているなんて」
「私もクトリが西の地に滞在するなんて、予想もしなかったわ」
「……イーレは本当に帰らないんですか?」
「帰らないわ」
「この後、地上は危険ですよ?」
「そうね」
「僕にはそういうところが理解できません」
「そうかもね」
イーレは同意した。
「私は
「……そういうものですか?」
「私が行動することで、助かる命が一つ増える――行動のきっかけなんてそんなものよ。問題は後悔のない選択ができるか、じゃないかしら?」
「名言だな」
ナーヤが茶を飲みながら、
「なぜ
「僕が?」
言われたクトリは、きょとんとした。
「天上の賢者に頼まれて、地上に降りただろう。お前が恐怖にかられたり、無関心で降りない選択をしていれば、地上は違う運命を
「そんなことは――」
「ある。だからお前には自信をもって、己を
「……お婆様、照れます」
「おおいに照れろ」
クトリは顔を赤くし、照れた。誰かに認めてもらえるのは、不思議と心が満たされることだった。イーレの視線に気づいたクトリは慌てて言い訳めいた言葉を告げた。
「研究都市で論文が
「
「……まあ……それなりに……」
「貴方もやっぱり相当の研究馬鹿よね。仕事の成果より、個人の資質が
「だいたい研究都市は、個人を
「そういえば、そうね」
「お前さん達の世界は、人間の
二人の会話を聞いていたナーヤは呆れたように、感想を述べた。
「個人の自由を尊重する風潮だからかしらね?」
「いくら不老長寿でも
「……楽しい……」
「それなりに生活は平和で安全で物質は満たされているけど、精神的
「まあ、確かに単調でしたね。毎日、毎日、研究に明け暮れていましたから」
クトリはウールヴェの串焼きを
「今はどうじゃ?」
「日々、何かが起こり落ち着きません」
「新しい発見があるじゃろう」
「発見だらけですよ。この間も何の前兆もなく嵐が起こるし……もう少し大規模な観測機械があれば、と思いますよ」
「あるとどうなるの?」
イーレが首をかしげた。
「そりゃあ、惑星全体を観測することができて――」
クトリは口を閉ざした。
「クトリ?」
「……イーレ、カイルを呼び出すことはできますか?」
「カイルを?」
「あ、いや、たいしたことではないですし……僕の気のせいかもしれないし……」
「お前のウールヴェを呼び出せばいい」
ナーヤが事もなげに言った。
「僕の?」
「まあ、呼んでみろ」
クトリはカイルのように自由自在にウールヴェを操ることができなかったので、ナーヤの助言に困惑した。
「だいたい僕のウールヴェじゃなくて、サイラスのものです」
「お前さんは、人のウールヴェを嵐の中に突っ込ませたのかね?」
「なぜ、そのことを?!」
「ウールヴェ界では、お嬢についで、
「なんで私よ?!」
今度はイーレが抗議した。
「野生でもないのにウールヴェを見ると、焼いた肉を想像する使役主が優しいかね?」
ナーヤは若長の妻に事実を淡々と指摘した。
「うっ……」
「イーレに次ぐなんて、心外です。僕は
「クトリ、貴方も言うわね……?」
「ここでは研究費予算の上司査定はありませんから、ご機嫌伺いする必要はないですよね」
「なんてドライな
「そうは言うが、お前さん、幼い子供を嵐の中に放置することをどう思う?」
「鬼畜の所存です」
クトリは即答した。
「お前は同じことをしたぞ?」
「え?だって、相手は人間じゃないですし、家畜ですよね?」
はあっとナーヤが呆れたように吐息をついた。
「お前さんの世界で家畜の定義は?」
「生活の中で、利用するために、飼養して、繁殖させて、品種改良した生物です。使役しているウールヴェは家畜では?」
クトリは
「こうして、肉を食べているのだから、家畜ですよね。イーレはこれを食べるために西の地にいると、カイルも言ってました」
「カイルめ……」
「お嬢は言われる己の行動を
「はい……」
その頃、アドリーにいるカイルは背筋が凍る何かを感じていた。
「カイル様?」
「なんか背筋がゾクっときた」
「まあ、風邪ですか?」
心配そうにファーレンシアはカイルの
「いや、風邪なんか引くはずないんだけどなあ」
「まず、ウールヴェは家畜ではない」
「てっきり家畜と思っていました」
「お前達の世界の家畜は
「そう言えば、
ナーヤは、くるりとイーレの方を向いた。
「お前さんの部下は皆、こうかね?」
「こう、とは?」
「頭で
イーレは腕を組んで考えこんだ。
「う〜ん、そうかもしれないわね?それが仕事だから」
「なるほど……本当に賢者は、頭が固いのう。カタコトの言葉を使い、使役者を
「……………………」
「ただの動物と思うな。人間より知恵がある」
「……ど、どう、接したら?」
「それこそ、人と同じだ。使役したいのなら、丁寧に。慣れるまで無理はさせるな。役に立ったなら、お礼を言え」
「ウールヴェにお礼?」
「人と同じだ。賢者の世界には礼節はないのかね?」
「ありますけど……人ではないものを、人扱いしたことなどありません」
クトリは馬鹿正直に言った。
「お前、扱いがひどい指導者の元にいたいかね?」
「いいえ」
「それと同じことじゃ」
「イーレのサイラスに対する扱いはひどいですが?」
「クトリ、そこで私を引き合いに出さないでちょうだい」
「それでも、イーレの元にいる
ナーヤは再び呆れたようにイーレを見た。
「お嬢……」
「はい、現在、自主的に
イーレは片手をあげて宣誓した。
「お嬢の弟子は強いじゃろう。自分の元を去るように、仕向けていたのだろうが、それはお嬢が素直じゃないだけだ」
「そうなんですか?」
「……ノーコメント」
「まあ、よい。とりあえずお前のウールヴェを呼んでみろ」
ナーヤに言われて、クトリはウールヴェの姿を見ていない事実にようやく思いたった。
「……でも……最近、僕のそばにいないし……見かけないし……逃げちゃったかも……」
「そりゃ、嵐の中に突っ込ませたからだろう」
「……うっ……」
「とりあえず、呼んでみろ。名前は?」
「……つけない方がいいとメレ・エトゥールに言われました」
「メレ・エトゥールも用心深いな」
イーレが聞きとがめた。
「用心深いとは?」
「名前を付ければ、
「カストで、メレ・エトゥールのウールヴェが殺された時のように?メレ・エトゥールは体調を崩したと聞いたわ」
「そうじゃ」
「……カイルは大丈夫かしら」
「あれは、ちゃんとわかっている」
ナーヤは言った。
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