第26話 変革⑬

『防水加工と防炎加工をしてきた。一枚は西の地用、もう一枚は予備でカイルが所持管理しろ』


「ありがとう」


『解析で予想された新たな断層情報も描きこまれている』


 カイルは、ウールヴェとナーヤを見比べた。


「お婆様、ディム・トゥーラに関して、先見か助言はない?」

「天上の賢者に助言ができるとは、光栄なことだ」


 ナーヤは笑った。

 それからナーヤは虎型のウールヴェをじっと見つめた。その眼光の鋭さに、珍しくディム・トゥーラがたじろいでいることがカイルにはわかった。


「お前さん、おりで苦労しているなぁ」


 しみじみとしたナーヤの言葉に飲んでいたお茶を吹いたのはクトリだった。


『そのおりの対象者は、今地上で活躍している無自覚で人たらしの賢者だろう?』


「それ以外の誰がいる」

「ちょっと、お婆様!」


 それに関してだけは自覚のあるカイルはナーヤに抗議したが無視された。


「指導者達の性格については諦めろ」


 今度はカイルが発作的な笑いをこらえて、喉を変な音をたてた。その様子をウールヴェディムが恨みがましそうに見た。


一筋縄ひとすじなわではいかない者ばかりが、お前さんの周りに集まっている」


 ウールヴェは指摘に深いため息をついた。まさにその通りだった。


『…………個人的にはお先真っ暗の未来に思えるが…………』


「性格は難あり、だが、指導者達に恵まれてはいる」


『まあ、そうかもしれない』


「集まった配下の協力者が全て味方だと思うな」


『…………なんだって?』


「気をつけろ。ふだを全てひっくり返される」


『……それは地上ではなく、天上の話だよな?』


「そうだ」


『今集まったメンバーの中に、敵がいると?』


「そうだ」

 

 ディム・トゥーラは唖然とした。それは思いも寄らないことだった。カイルも顔色を変えた。


「お婆様、具体的には?こう――僕たちの故郷の監視者とか……ディム達を拘束しに来たとか……」

「数字に気をつけろ」

「数字?」

「数字だ。そこに痕跡こんせきが残る」

「意味がわからないよ」

「しるか」


『……他には?』


「お前はちゃんと正しい道を選択する。それについては心配ない」


 ウールヴェは占者せんじゃを見つめた。


『この場合、正しいの定義は?』


 哲学的質問にナーヤはすぐに答えた。


「後悔しないと同義語じゃな」


『ならいい』


「思わぬ出来事が起きても動揺して立ち止まるな。冷静でいろ。お前はかなめいしだ」


かなめいし……』


「まあ、今の時点ではこんなものじゃ。しかし……天上の賢者は読みやすいのに、どうしてお前は混沌こんとんとしているんだろうなぁ」


 ナーヤはくるりとカイルに向き直って、愚痴ぐちに似た言葉を吐いた。


「僕?」

「お前の運命の道は、複雑怪奇すぎる。まさに占者せんじゃの天敵じゃ」

「いや、天敵って、どういう意味なの?」

「世界の番人が未来をお前に見せただろう?」

「うん……まあ……」

「道が多数ありすぎる。お前次第で道が変わりすぎる。読めん。先見もあほくさい」

「えええ?!僕だけひどくない?!」

「読めないものは読めない」

「助言はあってもいいじゃない?誓約せいやくとか裏の事情はわかるけど――」

「助言はもう言った。人々の選択により未来が選ばれる。その交差点に立つのがお前だ。その選択は尊重されるべきで、それであらがえない運命があろうとも他人の選択だ。その時、己を責めるのはやめろ」

「そこ……もう少し具体的に知りたいなぁ」

「知ってもどうにもならん。己の軸を見失うな。嵐の中に、微動しない精霊樹であれ。今の助言はそれだけだ」

「僕の軸……」


 カイルはウールヴェを振り返った。


「僕の軸って、なんだと思う?」


『馬鹿でお人好しで、無自覚の人たらし』


 即答だった。


「ディム!」


『加えて頑固で意志を曲げないところ。お前の軸は大災厄で文明が滅ぶのを阻止することだろう』


「……なるほど」


 カイルは支援追跡者バックアップの言葉に納得した。


『助言に感謝する。俺は曲者と保証された上司に報告してくる』


 短く挨拶あいさつを終えて、ウールヴェはすぐに跳躍ちょうやくしてしまった。


「ああああああああああああ、僕を送ってからにしてください」


 クトリの嘆願たんがんの叫びは、またもや遅かった。


 アドリーにいるファーレンシアの護衛としてウールヴェのトゥーラを残してきてしまい、カイルとクトリがエトゥールに戻るには移動装置ポータルのある精霊の泉を経由する必要があった。


 ナーヤは、本気でクトリの教育をするつもりなのか、宣言通り若長ハーレイに言いつけて、若者を一人、西の地の護衛としてつけた。左足を引きずっている西の民の青年は、ラオと言った。


「彼は足を痛めて、森での狩猟ができない。護衛の任にちょうどいい。口数も少ないし、秘密は守る。粗野でもない。賢者の護衛向きだ。」


 ハーレイの言葉に、ラオは二人に向かって、黙って頭を下げた。

 青年は嫌な顔もせずに、賢者二人を精霊の泉まで護衛をした。


 翌日から、精霊の泉までクトリを迎えにくるのが彼の日課に加わった。クトリが先触れを出したわけでもないのに、クトリが移動装置を使うと、彼は必ず馬を引き連れて泉で待っていた。

 クトリは、至れり尽くせりの待遇に戸惑いながらナーヤの家で過ごした。


「僕は何をすれば、いいんですか?」

「この家で好きなように過ごせばいい。たまに、来客がくるが気にするな。そいつらを観察してみろ」


 ナーヤは、『たまに』と言ったが、大嘘だった。占者ナーヤの元には、引っ切りなしに訪問者がきた。

 クトリが不意の来客に緊張しないでいられたのは、訪問者がくる15分前になると、老婆は唐突に囲炉裏で湯をわかしはじめ、クコの実を取り出し、茶器に落とす。それが来客がくる合図だった。

 湯を注いで、いい感じに赤い色がでたクコ茶を、訪問者とクトリとナーヤを加えた人数分いれ終えた頃に、必ず来客があった。その先見の正確さに感心してしまったクトリは記録をとりだした。


 来客に関する老女の先見は百発百中だった。


「ナーヤの来客に関する先見ははずれたことはないわね」


 ナーヤの家に遊びにきたイーレもそう証言した。彼女は自分のために用意されたクコ茶をすすりながら、しみじみといった。


「ハーレイの氏族の一種の名物になっているわ」


 言われた本人は、素知らぬ顔で同じく茶を飲んでいた。


「どうやって当てているのか、本当に不思議なのよ」

「たまにお茶以外も用意されているから、単なる人数当てではなさそうです」


 クトリは記録をさかのぼりながら、イーレに報告した。


「どんな風に?」

「今だったら、イーレが来るのを見越しているように、なぜか囲炉裏に焼き網がセッティングされています」

「…………かなわないわね」


 イーレは手荷物から狩ったばかりのウールヴェの肉の包みを取り出した。

 

「それは?」

「ウールヴェの肉。美味しいわよ」


 いつものことなのだろう。イーレは老婆に断ることもなく、焼き網の上に肉の刺さった竹串を並べはじめて、焼きだした。


「正直、クトリが西の地まで遊びにくるとは思わなかったわ」

「僕自身がそう思っていますよ」

「どういう風の吹き回し?」

「まあ、もうすぐ帰るし、地上を見てまわるのも悪くないかと……」

「お前は帰らんよ」


 この話題になる度に、老婆は頑固に先見の言葉を繰り返した。


「ふふふ、ナーヤのお婆様、僕の願いごとを叶える準備をした方がいいですよ?」


 クトリの軽口に、ナーヤはせせら笑った。


「あたしの願いごとの一つは、もう決まっている。覚悟しとけ」

「あの……貴方達、いったい何をやっているの?」

「「賭け」」


 イーレは同席している若長の方を思わず、振り返った。

 ハーレイは無言で首をふっている。


「……えっと、内容は?」

「お婆様は僕が観測ステーションに帰らない、と賭けているんです。報酬は願いごとを3つ叶えてもらえるそうです」


 得意そうなクトリに対して、イーレは同情めいた視線を投げた。


「……私と同じ道を辿っているわね」

「同じ道?」

「いえ、何でもない。でも、クトリが遊びに来てくれて嬉しいわ。ちょっと寂しかったのよ。カイルとシルビアはあの通り、忙しいし、私もたまにアドリーの避難民居留地に行って、巡回するぐらいしか、仕事がないもの。ハーレイの支援追跡バックアップなしに、出歩くことは禁じられているからね」

「……意外です」


 イーレが寂しいと言うのは、社交辞令でもなさそうな印象を持っていたクトリは、あっけに取られた。


「サイラスは来ないんですか?」

「リルと一緒に、エトゥール内の被災地を行商していて、なかなかこちらまで来れないわね」


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