第23話 変革⑩

 カイル達は同調を終えると、アドリーからハーレイの村に移動した。

 ハーレイの家の壁に貼り付けてある地図の地下水脈情報を更新した。以前とは違う青色のインクを使ってカイルは加筆していった。


 カイルは唖然とした。以前と地下水脈は経路が移動していた。

 作業を見守っていたハーレイはカイルを見た。


「井戸が枯れるはずだな。水の道は変わるものなのか?」

「よく、わからない……今まで井戸が枯れたことは?」

「もちろんある。だが、今回は急に何か所で枯れたから、不安の声があがった。おまけに新しい井戸を掘っても水が出なかったから、なおさらだ」

「そりゃ、出ないよね。これだけ水脈がずれていれば」


 カイルも自分の目撃した新しい情報の道筋を指でなぞった。


「どうして、こんなにもずれたのだろう」


 白い虎も、カイルの作成した地図を一緒に見つめていた。ディム・トゥーラは、ロニオスの言葉が頭にひっかかり、離れなかった。ロニオスは何をしくじったと言ったのだろう。

 専門外分野のことはわからない。研究都市は専門が細分化されていて、それを補完するために多数の研究者がいる。地下水脈の異常は、何を示しているのだろうか?

 ディム・トゥーラもカイルも惑星科学の知識がとぼしすぎた。


『ちょっと待っていてくれ』

『ディム?』

『専門家を拉致らちってくる』

『専門家?』


 白い虎は姿を消した。





「僕が外出嫌いなのは、わかっているじゃないですか。もう怖い目にあうのは嫌です」


 クトリは西の地まで拉致らちったディム・トゥーラの分身に文句たらたらだった。彼は、東国イストレの経験が心的外傷トラウマになっているようだった。


『まあまあ、おもしろい資料があるんだ。クトリの分野かと思ったんだ』


 ディム・トゥーラもすごい詐欺師さぎしだな、とカイルは二人の会話を聞いていて思った。いや、セオディア・メレ・エトゥール並みの釣り師と表現するのが正しいかもしれない。

 「おもしろい資料がある」とは、研究者にとって究極きゅうきょくの誘惑呪文だろう。そういえば所長のエド・ロウも似たような挑発の仕方で、研究者のやる気を200%ほど引き出していたことをカイルは思い出した。もしかして、研究都市の責任者になる素質は、口の旨さではないだろうか?


「僕の分野は気象学ですよ?」


『水資源や水環境は気象に関連があるだろう?水文学すいもんがくは惑星科学の中で、気象と関わりがあるから、俺達より知識があるはずだ』


「まあ、多少は……」


『この地図情報を見てどう思う?』


 壁の地図を虎はあごした。


「ん?」


 クトリは目をすがめて、地図情報を読み取ろうとした。

 カイルが解説にまわった。


「西の地での地下水脈の地図だよ。赤線が過去の調査のもので、青線が最新の調査のものなんだ。割と短期間でズレが生じているんだ」

緯度経度いどけいどの補正がずれたのでは?」

「残念ながら機械観測ではない。僕が精霊鷹と同調して、上空から視認したネタなんだよ。だからほぼ正しい」

「…………便利ですね。今度、嵐の中を観測器を持って突っ込んでくれませんか?」


 クトリは研究馬鹿な要求をしてきた。カイルはあきれた。


「クトリだってサイラスから押し付けられた子竜ウールヴェがいるだろう」

「身体が軽すぎて、風に飛ばされてしまうんです」

「試したんだ……」

「もちろん」

「……鷹だって同じじゃないか……」

「いや、試してみないと」

「やだ」


 カイルは真顔で拒否した。

 ディム・トゥーラがクトリの注意を引き戻した。


『どうして地下水脈のズレが起こったかわかるか?』


「うーん、うーん。単純に断層だんそうでは?」


断層だんそう?』


「だって、こんなにポンポン、隕石が降っているんですよ?本番はまだとはいえ、クレーターができれば、地層はゆがむじゃないですか。断層と言って、地下の地層もしくは岩盤に力が加わって割れて、割れた面がズレ動いたんだと思いますよ」


『どうして地下水脈の経路がずれる?』


「僕、地質学は専門外ですが、この地下水脈は、岩盤にのっている帯水層たいすいそう――地下水によって飽和している地層部分だと思います。これがこちらに動いたということは、岩盤に断層が生まれれば、当然上にのっている帯水層たいすいそうもずれます。高い方から低い方に地下水脈が移動したんじゃないですかね?」


『断層が起きるとどうなる?』


「地震が起きやすくなります。断層直下の地震が起こると、その真上の生活圏は被害甚大ひがいじんだいになります。まあ、住まなければいいだけですが」

「この先、地面が揺れることが多くなるのか?」


 ハーレイがクトリに質問した。 


「今よりは、多くなるでしょうね」


 クトリはあっさりと認めた。


「木造の家屋かおくとかは、構造を考えないとダメですね。断層の近くでは揺れが大きくなるし、衝撃はでかいと思いますよ」

「……なんてこった……」

「ハーレイ、今まで西の地で地震は?」

「大きいものはない。嵐や、水不足や野生のウールヴェの方が深刻な問題だった」

「備えはなさそうだね……」

「カイル、その『断層』とやらの場所はわかるか?」


 ハーレイの問いかけにカイルは考え込んだ。


「ディム、地下水脈の変動から断層を予想できないかな?解析をかけてほしい」


 カイルはウールヴェの方を見た。


『おおよそはできるだろう。ただ少しせないな……』


せない?」


『ロニオスは、しくじったと言って、俺を地上に寄越した。隕石いんせきで断層が発生したことを見落とすことが、そんなに問題なのか?』


「地上では大問題だけど?」


『ロニオスは、氷河期の回避を第一目的としている。地上で人が死ぬのは放置ほうちで、俺達にまかせっきりじゃないか。エトゥールに恒星間天体を落とす古狐ふるぎつね大鬼畜だいきちくだぞ?起こるかどうかわからない、地震にまで心を砕くほど慈悲深じひぶかいとは思えない』


「……言い方……。でもロニオスは地下水脈のズレに反応したなら、僕達が見落としていた何かしらの問題があるんじゃない?とりあえず、地下水脈のコピーを欲しがっているなら、持って行ってみてよ。ついでに理由をきいてきて」


『そうだな……口をるか、はなはだあやしいが』


「ディム・トゥーラの師匠になったんじゃないの?」


『確かに俺の現指導者だが、彼が人格者だ、とは、誰も証言してくれない』


「……僕達って、上司運がいいのかな?悪いのかな?」


『その結論が出たら、ぜひ俺に教えてくれ』


 カイルはその返答に遠い目をしてから、ハーレイを振り返った。


「ハーレイ、ナーヤお婆様にも、今回の件で先見さきみがあるかきいてみて」

「わかった」

「あとひもが欲しい。ウールヴェに地図をもたせるのでくくり付けたいんだ」

「用意しよう」


 カイルは壁の地図をはずしにかかった。何枚もの紙を束ねていく。


「番号順に並べれば、西の地の全体図になるよ。ロニオスにこれを渡してコピーを作成したら、また戻ってきてくれる?」


『なんだ?』


「だって、エトゥールでも同じように断層ができている可能性があるでしょ?エトゥールの上空を飛んで地下水脈を確認しないと。ディムの支援追跡バックアップが必要だよ」


『なるほど』


 ディム・トゥーラは納得しかけて、しばし考え込んだあと、カイルを振り返った。


『カイル』


「なに?」


『念のため確認するが、エトゥールの方にも元の地下水脈の地図があるのか?』


「え?」


『地下水脈の移動を確認したいのなら、基準になる元の地下水脈情報があるのか、と聞いている』


「……………………あ……」


『そうだよな、エトゥールに関して、俺に未報告のネタがあることになるよな。で、エトゥールでも井戸掘りをしていたのか?』


「…………してない」


『基準になる地下水脈地図は』


「…………ないです」


『あほ』


 容赦ない一言だった。


『エトゥールの上空を飛んでも無駄じゃないか』


「ううっ……その通りです」


『俺が戻ってくるまでに、何をするか、考えをまとめておけ。この先を考えれば、エトゥールの断層調査も悪くない。ただ、なんか見落としているような気がする』


「見落とし?」


『俺達が断層を見落としていたような、情報だ。何かモヤっとしているが、それが何かわからない』


「それもお婆様に聞いてみる?」


『そうだな、手掛かりは多い方がいい』


 ウールヴェはうなずいた。

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