第22話 変革⑨

『エトゥールのことじゃないから、報告し忘れたかなあ』


 呑気のんきな思念にディム・トゥーラは頭痛を覚えた。

 操作卓コンソールの前で苦悩しているディムに上司が気づいた。


「どうしたんだい?カイルかい?」

「カイルが相変わらずすぎて、頭が痛いんです」

「それはロニオスが相変わらずすぎて、頭が痛い私と同じかね?」

「そうかもしれません」


『君たち、失礼だぞ』


 ウールヴェが二人をにらんだ。


「本音を語るのも許されないのかね?ジェニも同意すると思うが」


『エド・アシュル、君にだけは言われたくない』


「だから旧姓で呼ばないでくれ」


『そのうちジェニに愛想あいそをつかされて、独身に戻るかもしれないじゃないか』


「そういう憎まれ口はやめてくれないか?」


 二人の会話に、ジェニ・ロウは謎の微笑みを見せた。 


『で、カイルがどうしたんだね?』


「君もディム・トゥーラ並みに素直じゃない。カイル・リードが気になるなら、気になると言えばいいじゃないか」


『うるさいぞ』


「俺並みとはどういう意味ですか」

「そのままの意味だよ」

 



『ディム・トゥーラ?』

『ああ、ちょっと待っていてくれ。うるさい外野を黙らせてくる』




『うるさい外野とは心外だなぁ』


 思念を拾ったウールヴェが不満げに鼻を鳴らした。


「実際、うるさいじゃないですか。カイルが地下水脈の調査で同調飛行をしたいと言い出したんです」


『地下水脈?なぜ地下水脈で同調飛行なんだね?』


「以前、それで地下水脈情報の地図を作製したとか」


『同調飛行で?視認しにん走査スキャンで地下の情報までは取れないだろう?』


「カイルはそれをして、できたみたいですよ?西の地の井戸枯いどがれが起きているから、再調査をしたいと」


『……なんたる規格外だ』


「君の息子だって、忘れてないかねぇ?」


 エド・ロウが呆れたようにつぶやいた。

 ウールヴェはしばらくの間、考え込んでいた。


『……ディム・トゥーラ、カイルの支援追跡バックアップをしたまえ』


「もちろん、しますが、親として彼が心配ですか?」


『そうじゃない』


「期待した俺が馬鹿でした」


『ちょっと、しくじったかもしれない』


「しくじった?」


『確認するには、カイルの地下水脈情報が必要だ。結果のコピーをウールヴェで運んでくれ』


「え?何が問題ですか?」


『それを確認するために、情報を集め、検証する。それが研究者の基本じゃないかね?』

 

 ロニオスはまるで指導教官のように、正当っぽい主張を展開したが、ディム・トゥーラはけむにまかれたような気がした。





 ディム・トゥーラは解析作業を中断して、ウールヴェで地上におりた。勝手に自分の名前をつけられて、第一印象が最悪だったウールヴェという生物は、もうディム・トゥーラにとって、手放せない相棒になっていた。ウールヴェがいなかったら、今頃どうしていただろうか?

 だが、それを口にすると、カイルのウールヴェが得意そうな顔をするのがわかっていたので、絶対に口にするまいと、心に刻んでいた。


 カイルはアドリーの執務室で、専属護衛と待機していた。

 専属護衛の右の皮小手には赤い精霊鷹が止まっている。

 ディム・トゥーラが虎の姿で降臨こうりんすると、赤い精霊鷹は、わずかに会釈えしゃくのように頭を下げた。


『お前のウールヴェはどうした?』

『ファーレンシアとシルビアの護衛ごえいにまわしているんだ。忙しいのに、無理いってごめん』

『いや、よくわからないが、なんか重要らしい』

『重要?まあ、確かに西の民には死活問題だけど……』


 カイルは時間を惜しみ、すぐに精霊鷹に同調した。

 ディム・トゥーラは意識をおとしたカイルが眠る寝台の横で、支援追跡バックアップを始めた。ウールヴェで同調しながら、カイルに支援追跡バックアップをするのはいつものことなので、それほど難しいことではなかった。


 カイルの見ている光景が、そのままディム・トゥーラに伝わってきた。

 地表面ちひょうめんに不思議な金色の筋がはっきりと見えた。


『……なんだ、これは……』


 ディム・トゥーラのつぶやきの思念をカイルはすくい取った。


『それが、地下水脈だよ』

『はあ?!』

『精霊鷹の能力かもしれないけど、なんで見えるか、よくわかんないんだよね。でもこれを元に井戸を掘ったら水はでた』

『――』

『色の濃淡のうたんは深度』


 カイルの解説を聞きながら、ディム・トゥーラは地表面の金色の筋を追いかけた。


 透視能力クレヤボヤンスならこんな見え方はしない。いや透視能力クレヤボヤンスで地下水脈を探すのはかえって難しいだろう。

 不思議な見え方だった。これがカイルの能力なのか、精霊鷹の能力なのか、ディム・トゥーラには判断の指標がなかった。


 カイルが他のことを望めば、違うものが見えるのだろうか。


 だが、観測機械を頼らないで情報収集ができることは便利だと言えた。

 地上の人間に機械類を目撃されることなく、探査ができるのだ。そして地図上に地下水脈情報を可視化できる。これは地上人には宝の地図だ。

 ディム・トゥーラは本人に悟られないよう、感心していた。

 カイルの能力は今の地上の状況にマッチしていた。いまだに探査機械シーカーを降下させることができず、調査ツールが不十分なのに必要な情報を入手できていた。


『この後は、どうするんだ?』

『ハーレイの村に移動して、地図の加筆かな』


 ディム・トゥーラは、支援追跡バックアップをすることで、カイルが視認している情景をそのまま受け取っていた。はるか上空を飛んで地上を見下ろす映像に奇妙な懐かしさを感じた。


『なつかしいよね』


 カイルの感想にドキリとした。思わず自分の考えが読まれているのか、と遮蔽しゃへいを確認してしまった。


『初めて、この惑星を探査する時に精神跳躍ダイブをしたことを思い出すよ』

『……ああ』


 ディム・トゥーラの反応は、やや遅れたものになった。

 確かにあの時も鳥と同調したカイルの支援追跡バックアップをしていたのだ。


『同じだね。あの時も精霊鷹に同調していたし』

『お前の同調が成功したとたん、データ取得順序で、もめたんだぞ。あの研究馬鹿達は』

『まるで、自分が研究馬鹿じゃない口ぶりだね?』

『連中よりマシだ』


 カイルが笑ったような気配がした。

 しばらく飛行を続けたあと、カイルが静かに言った。


『僕はね、隔離かくりされて育ったから、よく窓から空を飛ぶ鳥を見ていた。僕の世界は、とてもせまかったから、大空を飛んでいる鳥がうらやましかった。あの鳥は何を見ているんだろう、上からみたら人間なんてちっぽけだろう、どこまで飛んでいくのだろう、と――』

『――』

『そうしたら、いつのまにか視野が切り替わってびっくりしたんだ。僕は鳥と同調していた。それが初めての同調能力の発現だったよ』


 カイルの告白にディム・トゥーラは胸を突かれた。

 隔離されていたカイルの孤独さが、規格外の能力を生み出したきっかけになっていたとは思わなかったからだ。ロニオスの規格外の能力の遺伝が孤独をもたらし、これまた皮肉に、自力で父親と同じ同調に行き着いた。事情を知っているディム・トゥーラはなんとも言えない気分におちいった。


『……それで?』

『監視の目を盗んで、同調で遊ぶことを覚えたんだ。昼寝をしているふりをして、鳥と同調して、大空から地上を見たりしていた』

支援追跡バックアップもなしにか?』

『だって、その頃は支援追跡バックアップなんて知らなかったし、それが必要だってわからなかったよ』

 

 もっともな答えだったが、ディム・トゥーラは吐息をもらした。


『身体をこわしたりしただろう?』

『まあ、知恵熱をだしたり、疲労しすぎて寝込んだり、いろいろ……』

『能力者がこわれる典型てんけいルートを驀進ばくしんしていたのか……』

『まあ、最終的には同調が原因とバレたけどね。数件しか前例がない能力だったらしいから、手のひらを返すように待遇たいぐうが変わったよ。でもディム以外の支援追跡者バックアップは長続きしなかったかな』


 能力差だ。

 ディム・トゥーラはカイルの支援追跡者バックアップが挫折した根本的原因を悟った。カイルの能力の方が強大すぎたのだ。数件しかない前例の一つは間違いなく父親であるロニオスだろうと、ディム・トゥーラは推察した。


『……俺に感謝するんだな』


 ディム・トゥーラの軽口は、意外にも真剣な思念で受け止められた。


『感謝しているよ、本当に』

『……真面目に受け取るな。こっちが照れる』


 ディム・トゥーラは思わず本音を漏らしてしまい、カイルの方が笑った。

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