第21話 変革⑧

 アードゥル達にカストに対する遺恨いこんを一時棚上げしてもらったが、カイルはエトゥール城の地下探索ちかたんさくを、すぐにできたわけではなかった。それより優先させることが、山ほどあった。


 アドリーの城壁をさかいにした、カストとエトゥールの根深い民族対立は単純なものではなかった。

 ファーレンシアやシルビアが避難民の病人や怪我人の手当てに奔走ほんそうしても、なかなかそのみぞは埋まらない。

 それはカイルも予想していたことだった。


 戦争で家族や親族が殺された場合、憎悪ぞうおの対象が敵であった国やその国民になるのは当然の流れであった。

 この不安定な状況を引き起こした張本人として、今カイルはアドリーの地を離れるわけにはいかなかった。


 カイルは、エトゥール側の避難民の不満が積もらないよう、心をくだいた。

 メレ・エトゥールのように陳情ちんじょうをきき、生活の基盤を構築できるように仕事を与え、敵国カストの惨状を語り、それでも怒りを抑えられない者は接触を控えるよう通達を出した。カストの民の救済は世界の番人の意志だと、でっちあげた。

 でっちあげたが、不思議なことに世界の番人から苦情は来なかった。

 実際、気の毒なカストの民を救済したかったのか、精霊を魔物扱いするカストの民に興味がないのか、カイルには、わからなかった。


 衣食住が満たされると、エトゥール側の避難民に多少の心の余裕が生まれたようだった。

 その構築に役に立ったのは、開発当初にリルがひきいてきた商業ギルドだった。辺境であり、坑夫こうふや細工師や国境を守る兵団が大半を占めるアドリーは、男所帯で元々華やかさが欠けていた。

 そこに、セオディア・メレ・エトゥールの妹姫が新しいアドリー辺境伯に嫁ぐことが決定していた。その侍女達や女性専属護衛が移住には、いろいろ環境を整える必要があった。

 カイル達はそれを口実に、女性や子供用の店のテコ入れをした。

 むろん大災厄を視野にいれたものだった。

 それが大災厄より前に発生した避難民の生活を支えることになった。


 皮肉にも恒星間天体の破片の早期落下は、避難生活の問題点の洗い出しに役に立った。メレ・エトゥールは王都でその対策を構築していた。不足しがちの資材や見落としていた食材の備蓄を補完した。




 一方、カイルはガルース将軍と協力して、まずは西の民とカストの民のわだかまりを解くことにした。皮肉なことに戦い慣れをしている西の民の方がエトゥールの民よりこだわりはなかった。強い者に従うという西の民の風習が奇妙な許諾きょだくを産んでいた。

 

 カストの避難民の男達は木こりという労働にかり出された。

 避難地の必要な木材の調達かと思い込んでいた彼らだったが、言われた通り紐で木を切り倒していくと、円形の空き地ができた。

 森を愛する西の民の乱獲らんかくを不思議に思っていると、数日後そこに星が落ち、無残な窪地が加わった。

 カストの民は、平等に星が落ちていることを知った。そしてそれを正確に予想できる魔導師の知恵も。


「正確だな」


 直径10メートルのクレーターを見た若長ハーレイは感心したように、カイルに言った。

 ハーレイ達はカイルが与えた情報を元に事前に開墾することで森林火災を回避していた。


「おかげで大惨事だいさんじにならなくてすんでいる。さすが賢者だな。森の民にとって火事ほど怖いものはない」

「森が失われると、困るのは世界なんだ。森林火災は極力回避するべきなんだ」

「なぜだ?」

「森は僕たちの呼吸する空気を生み出している。それに気候の安定にも貢献している。重要な大地の財産だよ」

「精霊が森を守るように言うわけだな」

「そういうお告げがあった?」

「ナーヤの口癖だ。森を守れ。その大地の恵みに感謝しろ、と」


 ナーヤの先見の能力は、どこまで世界の真実を見抜いているのだろうか。

 老婆の計り知れない能力にカイルは舌をまいた。

 彼女こそ、真の賢者だ、とカイルは思った。


「他に何かお婆様は言ってなかった?」


 助言の先見を期待して、カイルはハーレイに尋ねた。


土竜モグラから戻ったら、会いに来いと伝言だ」

土竜モグラ?」

「地下にもぐるのだから、土竜モグラだろう」

「イーレは、ハーレイになんと説明したの?」

「そのうちエトゥール城の地下へ穴掘りに行く、と」


 あってるようで、微妙に違う説明だった。

 イーレが、ハーレイへの説明が面倒くさくなって、端折はしょったのは明白だった。


「説明が面倒だったのだろう」


 ハーレイは正確に見抜いていた。


「時々不思議なんだが、イーレは本当にカイル達の指導者なのか?」

「僕も時々疑うことがあるよ」


 痛い質問にカイルは視線をそらしつつ、同意した。


「エトゥール城の地下に何があるんだ?」

「……賢者の昔の住処すみか

「なぜイーレが必要なんだ?」

「そこを利用していた地上にいる初代達がアードゥルとエルネストとイーレしかいないから」

「よりによってその面子めんつか……」


 ハーレイは顔をしかめた。


「例のアードゥルに会って、イーレが不安定にならないか?」

「だからハーレイにも同行してもらいたいんだよ。どうなるかわからないから」

「やれやれ」

「ナーヤ婆が何も言わないなら、問題はないと思うけど……」

「ナーヤはたまにわかっていても、言わないことがあるぞ」

「え?!」


 それは意外なことで、カイルは焦った。


「先見の結果を黙っていることがあるの?!」

「あるとも」

「どういう時に?」


 ハーレイはやや、言いよどんだ。


「ハーレイ?」

「ナーヤ婆の元に、村の女が占いに押し寄せた時期があったんだ」

「うん?」

「俺の後添のちぞいになれるか、と」

「……………………モテ自慢じまん?」

阿保あほ。最近、発覚したネタだ。ナーヤはなんと答えたと思う?」

「…………何?」

「『お前じゃない』」

「正しいのでは?」

「ナーヤは、『村の女じゃない』という先見を得ていたんだぞ?」

「――」

「ナーヤは占料せんりょうを荒稼ぎするためにそう答えたんだ。『村の女じゃない』と言えば、結果は即座に村中に広まり、誰も占いに来ないじゃないか」

「――」


 カイルはあっけにとられた。ナーヤ婆がそのネタでがっぽり稼いだ気がした。


「お婆様……頭、いいなあ」

稀代きたい詐欺師さぎしだ」

「でも、ハーレイが後添のちぞいを取ることは認めているよ」

「そういえばそうだな」

「嘘は言ってないよね」

「こういうところはメレ・アイフェスそっくりだ」

「一緒にしないで?!」

「カイルは時々、嘘は言わないが、言葉を選んで語らないじゃないか」

「うっ……」


 カイルは指摘に言葉を詰まらせた。


「僕たちの加護は、人の心を悟るモノが多いんだよ。だから下手な嘘はつけない」

「なるほど、わかるような気はする」

「シルビアは別の方法で嘘を見抜くけどね」

「ほう、どんな?」

「体温の微妙な上昇、血圧や脈拍の増加、発汗、目の動きやわずかな挙動で」

「面白い」

 

 ハーレイは感心した。


「そういえば、奇妙な現象が起きているんだが」

「奇妙な現象?」

「いくつか井戸が枯れた」

「え?」

「イーレは地下水脈の経路が変わったんじゃないかと言ってる」

「…………もう一度飛んでみる必要があるかも」

「そうしてくれるとありがたい。だが姫も治癒師も忙しいだろう?」

「まあ、最強の助っ人を頼んでみるよ」


 カイルはディム・トゥーラへの相談内容を頭の中でまとめ上げた。





『………………』


 カイルへの予想に反して、ディム・トゥーラの反応はかんばしくなかった。カイルの説明と依頼内容に長い沈黙が続いた。


『ディム?やっぱり忙しくて支援追跡バックアップは無理かな?』

『……そうじゃない。いろいろ質問がある』

『なんだろう?』

『地下水脈の地図とは?』

『西の地が水場で争いが起きそうだったから、井戸を掘るために調査したんだ』

『どうやって?』

『精霊鷹と同調して西の地の上空を飛んだら、水脈らしき情報を取得できたんだ。それを地図におとした』

『いつごろの話だ?』

『イーレが西の地に降下して、和議が成立した後ぐらいだったかなぁ』


 長いため息の思念がきた。なぜだか操作卓に肘をつき両手で額を抑え込んで苦悩するディム・トゥーラの姿が浮かんだ。


『ディム?』

『あれだけ関係者に事情聴取していながら、なぜ未報告のネタがでてくるんだ……』

『あれ?これって、報告してなかった?』


 カイルは首を傾げた。

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