第20話 変革⑦

 カイルは過去の行いに対する再びの断罪だんざいに蒼白になったが、話題の中心人物であるアードゥルの反応は意外にも静かなものだった。

 彼はそっけなく言った。


「好きにしろ」

「いいの?」

「相手が承諾しょうだくすれば、だ。殺されかけた相手と同行するとは思えん」

「……なぜ若長も?」


 質問を投げてきたのはエルネストの方だった。


「イーレの支援追跡バックアップをしてもらっているから」

「……なるほど」


 エルネストも支援追跡者バックアップとして、イーレが不安定になる可能性に思い当たったようだった。

 ため息交じりに、ディム・トゥーラがカイルに感想を述べた。


『お前は他人の本心をさとるくせに、時々大胆だいたいな道を選択するな』


「……ダメかな?」


『まあ、イーレ個人の問題だ。イーレが承諾したら問題はないが、こちらの二人は複雑だろう』


 カイルはアードゥルをじっと見つめた。


「あのさ、アードゥル達は、原体オリジナルがクローン承諾していなかった、そう言ったよね?」

「そうだ」


 アードゥルは認めた。


「だけど、ジェニ・ロウは、ディム・トゥーラにイーレは違法クローンじゃないと言ったらしい。ここが矛盾むじゅんしているんだ。そうなるとアードゥル達の知らないところで、承諾しょうだくしたんじゃないのかな?」

「アードゥルはエレン・アストライアーの夫だぞ?夫婦なら彼も承諾しょうだくの対象者になる」


 エルネストは首を振った。


「貴方達は中央セントラルに帰還しなかったじゃないか。死亡か、行方不明扱いになるんじゃないの?」

「ロニオス同様、行方不明扱いだろうな」

「その場合、クローンの承認権は誰に委譲いじょうされるの?」

「親、兄弟に準ずる親族だが、エレンに親族はいない」


『カイル、本人の記憶がないのならその点は確かめようがないだろう?』


「だからこそ、何か見つかるかもしれない。そうなると、イーレの精神状態を考慮してもハーレイも必須でしょ?」


『確かにそうだな。サイラスはどうする?』


「同行させない」


『なぜ?』


「イーレが不安定になったら、ブチ切れて、拠点を壊しかねないじゃないか」


『…………状況把握じょうきょうはあくとしてはとても正しい』


 ディム・トゥーラもその点を認めた。


『本当は主治医しゅじいであるシルビアにも同行してもらいたいところだが』


「シルビアには、しばらくアドリーにいてもらわないと困る。予想以上にカストの民の健康状態が悪すぎるんだ。栄養失調が大半で、災厄で火傷やけどを負ったものも多数いる」


『栄養失調?そういや、お前に勇気ある進言をした老婦人もせこけていたな』


「大凶作にも関わらず、カスト王は増税し、農民の大半は食に困る有様だそうだよ。餓死者がししゃも出ているって」


『……冗談だろう?ただでさえ、これから気候不順が起きるんだぞ?』


「僕も冗談かと思っていたよ。カストはすでに未来のような惨状さんじょうってわけだ」


 カイルの意見にウールヴェは問いかけた。


『これは、アードゥルの意見に賛同せざるえないな。お前は、いったいどこで線引きをするつもりだ?』


「………………」


『カイル』


「この惨状さんじょうを見て見ぬふりをするのは難しいよ……」


『そうなるような気がした。お人好しめ……』


 カイルはアードゥルの方に向き直った。


「僕がカストの民に手を貸すのは反対?」

「ああ、君の支援追跡者バックアップが指摘する通り、どこで線引きするか聞かせてもらおうか」

「正直、わからない」

「お前は馬鹿か」


 アードゥルは感情のこもらない声で言った。


「初めて会った時から馬鹿だと思ったが、馬鹿すぎる」

「……おっしゃる通りで……」

「連中に骨のずいまでしゃぶられるぞ」

「そうかもね」

「カストを滅ぼした方がエトゥールの利になる」


 カイルは予想通りの言葉にため息をついた。


「確かに僕達の技術だと、生かすも殺すも自由自在だろうね。でも、僕は知ってしまったんだよ。カストの人々も生きることを渇望していると」

「情でも沸いたか?」

「情……情なのかなぁ?文化や歴史が生み出した民族対立は理解していたつもりだったけど、根本はエトゥールもカストも変わらないんだよ」

「変わらない?」

「皆、生まれ故郷に愛着があり、家族で暮らし、子供を育て、平穏に暮らしたいだけだ。道を間違えているのは指導者で、民は犠牲者に過ぎない。すごく未成熟な世界だ」

「だが、滅びる世界だ」


 アードゥルは冷淡に言い切った。


「滅びないよ。僕とディム・トゥーラはそのために動いている」


『俺は、ほぼカイルに巻き込まれた形だがな』


 カイルはその言葉にねたようにウールヴェを見た。


「僕が戻るまで支援追跡バックアップをしてくれるって言ったじゃないか」


『戻るつもりがない、戻る戻る詐欺さぎなのはお見通しだ』


「うっ……」


 ウールヴェはアードゥルを見上げた。


『滅びるか滅びないかは、結果しだいだからその後のことは終わってからでいいのではないか?ロニオスと俺がミスれば、世界は滅ぶ。ただ単純にそれだけだ。もっとも、ここにいる馬鹿は、そうなっても世界を駆けまわるだろう。すごくあきらめの悪い筋金入りの頑固がんこでどうしようもない。それに巻き込まれて支援追跡バックアップをしている哀れな俺に同情して、手伝ってくれてもいいんだぞ?』


「ちょっと、ディム?!」

「……………………」

「……………………」


 アードゥルとエルネストはそろってウールヴェを見下ろした。本当に同情している気配があった。


『俺は、このお人好し馬鹿みたいにあんた達に因縁いんねんのあるカストを見逃せとは言わない。ただ、大災厄までの棚上げを提案する。落としどころはそれでどうだ?』


「……………………」

「……………………」


『どうせ、この後、事態は複雑化になるんだ』


 ウールヴェはふん、と鼻を鳴らした。


「複雑化?」


『メレ・エトゥールはカストの老軍人を配下に置きたいそうだ』


「「はあ?!!!!」」


 ウールヴェの言葉に、初代達から驚愕きょうがくの叫びがあがった。

 カイルは露骨に視線をそらしたので、エルネストは同席しているエル・エトゥールを振り返った。


「メレ・エトゥールは何を考えている?!」

「そのままです」


 その反応を予想していたのか、ファーレンシアは静かに答えた。


「相手は長年の宿敵のカストだぞ?!」

「はい」

「ありえないだろう?!」

「はい」


 ファーレンシアも同意した。


「兄はカイル様とガルース大将軍につけ込んでいるだけです」

「つけ込んでいる?」

「カストの避難民の安全と引き換えに、将軍に無理難題を押し付けて、その状況と反応を楽しんでいるだけです。でも勝算は見込んでいます。ですから、つけ込んでいると申しております」

「――」

「――」

「――」


 状況を楽しむという証言に、初代達に加えてカイルも唖然あぜんとして言葉を失った。


「その……ファーレンシア?……状況を楽しんでいるとは……?」

「それも、そのままです」


 ファーレンシアは片頬に手をあてて、うれいたような吐息をもらした。


「この悪癖あくへきはきっと死ぬまで治らないでしょう」

「……悪癖あくへき……?」

「暗殺者とか、敵対する人物であろうとも、有能な人材であれば口説き落として配下に置くという、関係者を悩ませる最大の悪癖あくへきです」

「まさか、カスト王まで対象に考えているわけではないよね?」

「カスト王は無能です。王としての責任を果たさない兄が最も嫌うタイプですわ。言いましたでしょう?『有能な人材』と。私はむしろカスト王の矜持きょうじ粉砕ふんさいして足蹴あしげにするために、ガルース将軍を取り込もうとしているのではないかと疑っております」

「それは僕の見解と一致しているけど――」

「妹として、その読みは正しいことを申し上げますわよ」


 ファーレンシア・エル・エトゥールは、はっきりと証言した。


『……血筋ちすじだろう……』


 ぼそりとウールヴェがつぶやいたのを、アードゥルは確かにきいた。


「……その一言で総括とうかつする気か?」


 小声でアードゥルは、支援追跡者バックアップが同調しているウールヴェに突っ込んだ。


『他に何かあるとでも?』


「……ないな。にも拘わらず、全てに関わる勇気は称賛にあたいする」


『……同情するなら協力してくれ』


「棚上げすることは同意しよう。むしろ君が宇宙の果てまで逃亡したいのなら、無条件で協力するが?」


『カイルに出会う前まで時間がさかのぼれるなら、その申し出は受けていただろうな』


 ディム・トゥーラは、率直に答えた。


 

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