第19話 変革⑥

 ディム・トゥーラが提示ていじした世界の番人とウールヴェの推察すいさつは、アードゥルのカストに対するいきどおりの気を減らす効果があったようだった。


「まあ、そうだな。人に直接手を出せるなら、カイル・リードを殺そうとした東国イストレで私を抹殺できたはずだ」

「検証が甘いぞ、アードゥル。ロニオスと世界の番人が手を組んでいるなら、ロニオスと関係が深い弟子は殺さないだろう。世界の番人が人に手を出さない証明にはならない」

「証明したいのなら、君が世界の番人を挑発ちょうはつしてかみなりに打たれればいい」


 真顔でアードゥルは憎まれ口をきいた。


『他にも理解できないことがある。ウールヴェ姿のロニオスが積極的にエトゥール直下の拠点を再開しないことだ』


「大災厄でエトゥールに恒星間天体を落とすなら、エトゥール直下の拠点も影響を受ける。再開の労力が無駄になるからじゃないか?」


 エルネストの意見ももっともな話だった。

 ディム・トゥーラは頭の中で、計算した。


『恒星間天体の落下衝撃は相当だが、拠点の強度は持ちこたえるかもしれない。そうなると巨大なクレーターの中に拠点ドームが露出するな。それは拠点を再起動しない理由になるだろうか?これについてもけむにまかれている』


「ロニオスは昔から誤魔化し上手だ」


 アードゥルは肩をすくめてみせた。


『エトゥール直下の拠点は閉鎖しており、観測ステーションから解放するか、直接エトゥール城から、いきつくしかないとカイルからきいているが』


「その通り」

「ロニオスが観測ステーションからの解放をためらうのは、観測ステーションの関係者以外の目があることを考慮しているかもしれない」


 エルネストが指摘した。


「それもありうるな」

「だが、確かに再開させる気があるなら、ディム・トゥーラに命じて、私達に案内をさせるぐらいしていそうだ。ロニオスは無駄むだな時間を消費することを好まない」


『確認したいことがある。カイルが生まれたあと、ロニオスの伴侶である地上人が死んだ。ロニオスはその後、あんた達の前から姿を消した』


「そうだ」


『そのあとに、西の地で騒動が起こり、イーレの原体オリジナルが死んだ。時系列はあっているか?』


「……そうだ」


 今度のアードゥルの返事は、少し間があった。


『死者がでて、プロジェクトは中止になったので、惑星退去になった?』


統括責任者ロニオスが任務を放棄し行方不明になり、その間に死者が出たんだ。プロジェクト遂行は無理との判断が、中央セントラルでなされた」


『それであんた達は復讐のためにここに残った。その時にはすでにメインである今のエトゥールの拠点は閉鎖されているはずだな』


 エルネストは考え込んだ。


「思い出してきたぞ。あの時は、残留するために、ジェニを出し抜くのに苦労したんだ」

「そういえば地上からの帰還シャトルの最終便に搭乗してから、二人で逃亡したな」


 とんでもない思い出話だった。


『なんだって?』


「加速しているシャトルから瞬間移動テレポートで、飛び降りた」


『――』


 虎のウールヴェは、初代達を呆れたように見つめた。そんなことをすれば、重量計算をしていた航行コンピューターが深刻なエラーを起こしたはずだった。

 そもそも垂直離陸して加速しているシャトルから、瞬間移動できる能力者など、そうそういないだろう。


『…………規格外にもほどがある』


「君に言われるのは真っ平だ」


 即座に顔をしかめてアードゥルがウールヴェを見下ろして返した。


「大丈夫だ、アードゥル。確か、彼にとってはめ言葉のはずだ」


『いや、めてはいない』


 ディム・トゥーラも即座に否定した。


「なんと残念だ」


 初代達の規格外ぶりな能力と、ふざけた突っ込みにディム・トゥーラは疲労を感じた。


『拠点はウールヴェが入れないんだったよな?』


「そうだ」


『カイルとあんた達で開放してもらうしかない』


「なんだって?」


『カイル一人が探索したって、初代の誰かがいなければ生体認証で開放できないだろう』


「勘違いしていないか?私達が拠点開放につきあう義理はない」


『ロニオスが拠点開放を躊躇ためらう鍵がそこにあっても?』


「――」


 ディム・トゥーラは、えさを小出しにしてみたが、手ごたえは確かにあった。

 エルネストがつぶやいた。


「そんなところにあるだろうか?ロニオスが失踪しっそうした時に、行方を探すために彼の個室コンパートメントは散々調べた。手がかりになるようなものは何もなかった」


 アードゥルも同意した。


「むしろ今までの痕跡こんせきを消していた」

「そうだ。まるで退任するかのように見事にもぬけの殻だった。個室コンパートメントを移動したと思ったくらいだ」

「活動拠点を変えたと皆は考えた」

「だから失踪しっそうを確信するのが遅れた」


『彼の執筆中の論文は?』


「なんだって?」


『論文だ。研究成果を抹消まっしょうする研究バカはいない』


「そういや、そのたぐいもなかった」

「考えなかったな」


『さらに聞きづらいことを聞く。エレン・アストライアーの遺品は?』


 アードゥルとエルネストは顔を見合わせた。沈黙は怒りのためではなく、困惑から生まれているようだった。


「多分、拠点にそのままだ」


『多分?』


「あの事件のあとに、そんなことを気にする余裕はなかった……記憶も曖昧あいまいだ」

「あの時の君の精神状態は、まっとうではなかった。無理もない」

「ジェニ・ロウが気をきかせて、整理したとか?」

「だったら、君か私に一言打診するだろう」

「だが、ジェニなら親友の遺品を放置しない」

「確認する必要はあるな」

「乗せられた感は多々あるが、よし、付き合ってやる」


 アードゥルは探索に同意した。

 ディム・トゥーラは釣果ちょうかに満足した。






「何がどうなって、どうなると、こうなるの?」


 合流したカイルは、やや呆然としながら突っ込んだ。


『成り行きだ』


「てっきり僕に対する文句が山ほどくると思ったけど……」

「ご希望なら別途時間を用意しよう」

「いえ、結構です。お気になさらず」


 エルネストの提案を即座にカイルは退けた。

 だが、困惑は隠しきれない。

 説教と怒声を覚悟して、アードゥル達が待機している部屋にファーレンシアと共に出頭したら、二人と一匹は議論に夢中になっており、ノックの音に気づいてくれたのは歌姫だった。

 エトゥールの地下の探索という話になっており、これにはカイルも驚いた。

 多忙すぎて、手がつけられず放置していた項目だった。


「探索のメンバーは?」


『俺は多分、途中で待機になる。ウールヴェが入れないことが確かなら、カイルとアードゥル、エルネスト――』


「ミオラスも」


 カイルは驚いたようにアードゥルとミオラスを見つめた。


「歌姫を連れていくの?!」

「もちろんだ」

「危険かもしれないのに?!」

「仕方あるまい」

「仕方ない?」

「私達には信頼できる専属護衛がいるわけではない」

「――」

「それに、それがミオラスとの取り決めだ」


 カイルは思わず歌姫の方を見た。

 ミオラスはカイルに対して微笑んで見せた。


「アードゥルの信用は、失墜しっついしている」

「うるさいぞ、エルネスト」

「エルネスト様の信用も同様です」


 続いたミオラスの言葉にエルネストは固まった。


「なんだって?」

「大事なことを語っていただけないのは、アードゥル様そっくりです」

「いや、ここまで酷くないだろう?」

「いえ、そっくりです」

「叱られてザマーミロだが、エルネストとそっくり認定はいただけないな」


 アードゥルが複雑な心情を覗かせた。

 カイルはファーレンシアの方を向き直った。


「ファーレンシアはどうしたい?」

「同行したいのは、山々ですが、今のアドリーを放置するわけにはいきませんでしょ?こちらで待っております。ただカイル様単独の行動は兄が許さないかと」

「ミナリオかアッシュが同行することが、条件?」

「多分、そうなります」


『カイルと専属護衛二人、初代二人と女性一人……』


「イーレとハーレイも」


 全員がギョッとして提案したカイルを見つめた。

 エルネストが愕然として言った。


「君も火薬庫にミサイルをぶち放つタイプか」

「そんなつもりはないけど」

東国イストレでアードゥルと殺し合ったそうじゃないか?」

「あれは、アードゥルがイーレの愛弟子まなでしいじめるからだよ」

「虐めるってレベルか?」

「半殺し?」

「そっちの方がしっくりくるだろう」

「まあ、応急処置は確かに大変だったよ」


 ファーレンシアが、パンと手をたたいて、二人の注意をひいた。


「お二人とも、物騒な会話は控えてくださいませ。思い出したら、私は腹が立ってまいりました」


 ひっ、とカイルは怯えた。


『俺も腹が立ってきた』


 ウールヴェが姫に同意した。

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