第18話 変革⑤

『30分後にはくる。久しぶりの帰還だから、姫も話したいことが山ほどあるだろうから、少し時間を与えた。俺はあんたのガス抜きのために先に来たんだ』


「ガス――」


『あんたに罵倒ばとうされて、落ち込むカイルを慰めるのは非常にめんどくさい』


「――」


 ディム・トゥーラの言葉に笑ったのは、エルネストだった。


「確かにそれはめんどくさいな。同じ支援追跡者バックアップとしてその点は支持する」


『だろう?遺恨いこんがあるカストの民に手を貸したカイルへの文句は俺が聞こう』


 アードゥルはしばらく、ウールヴェにらみつけたあと、再び大きなため息をついた。


「君に聞かせてどうする」


『さりげなく、カイルに指導・説得……かな?』


「それができていれば、こういう事態じたいになっていないだろう?!」


『その通り』


「開き直るな」


『あんただって、この件に腹をたてているのは事実だが、訪問目的はそれだけじゃないだろう』


「――」


『本題をきこう』


「――警告だ。地上の民に肩入れしすぎるな。彼等は身勝手で、利己的りこてきで、未熟みじゅくで、おろかで、目の前のことしか考えていない。大災厄が近づけば、その本性が出てくるぞ。あの馬鹿を見ていると、昔のエレンとそっくりで、とてつもなく不安になる。我々と違って境界線リミットがなさすぎる」

「血のなせるわざではないかな?同胞どうほうに肩入れするのは本能かもしれない」

「エルネスト、私は遺伝子論を語りたいわけではない」


 アードゥルは無表情に言った。


「エトゥールだけの救済がふたをあけてみたら、隣国カストまで手を貸している。この避難予定地は王都の民エトゥールのものじゃなかったのか?どこで線引きをするつもりだ?行き当たりばったりすぎる!」

「まあ、私も移動装置ポータルの設置による民族大移動は、ちょっと想像外だったな。しかも下手をしたら後世こうせいまで証言が残る干渉ではある。それはそれで興味深いんだが……『出カスト記』みたいな聖典項目が加筆されそうだ。なんだったら、私が執筆しっぴつしようか?」

「エルネスト、ふざけるな」

「私は本気なんだが、認めてもらえなくて残念だ」


『火薬庫のそばで花火遊びをするのはやめてくれ。あんたの相方あいかたが爆発寸前だ』


「私をアードゥルの相方あいかた認定しているところが、すでに大型花火を火薬庫の中で打ち上げているぞ?」


『!!!!!』


「ガス抜きの一つの手段に怒りの矛先を変えるというものがある」


『ガス抜きには来たが、爆風を浴びる自己犠牲心はない』


「そうかな?案外、カイル・リードのためなら、それぐらいできそうだが?支援追跡者バックアップの特色として」


『――』


 ウールヴェはアードゥルに向き直り、エルネストに対する感想を述べた。


『……彼は、イラっとさせる性格だな?』


「……私は五百年以上、それにつきあっているんだ」


『同情を禁じえない』


「イライラするのは、認めたくない真実を指摘された時という、心理学の論文があるのを知ってるかね?」

「……………………」


『……………………』


 アードゥルとウールヴェは、同時に深呼吸をして、平静さを撮り戻す努力をした。

 この時点で、ほぼガス抜きは完了したような状態だった。そういう意味ではエルネストはアードゥルの対処に五百年の経験値があるとも言えた。

 黙ってやり取りを見守っていたミオラスは感心をした。彼女の視線に気づいたエルネストは片目をつぶってみせた。


『ええっと、なんの話だったか……』


「あの馬鹿をどうにかしろ」


 アードゥルは憮然ぶぜんとしながら、今までの総括そうかつを短文でまとめあげた。


鋭意えいい、努力する』


「政治家の答弁とうべんか」


『これしか回答できない立場というものを今、思い知っているんだ。だが、あんた達もロニオスの息子優先でいいと言ったじゃないか』


「……だいたい、戦争の口実をつぶす手段を考えたのは、メレ・エトゥールか?」


『カイルが発案し、メレ・エトゥールに許可を求めた。あんた達も、どうして移動装置ポータルを提供したんだ?観測ステーションから、それができないから非常に助かったことは事実だが』


「旧式で、水平展開を二か所しかできないタイプだから、そうそう問題ないと思ったんだ。てっきり国境と王都に設置して、兵団の輸送に使うと思わされた。『戦争が起きそうだから、大量に人員を輸送する手段が欲しい』とは、確信犯的詐欺師さぎしの言ではないか?」


『上手いな……嘘は言ってない……』


「感心するなっ!あのガキは、そういうところが小賢こざかしいんだっ!」


 バンっと、アードゥルは手のひらでテーブルを叩いた。


「彼が小賢こざかしいのは、世界の番人のおすみ付きらしいぞ?」


 これまた、エルネストが逆なでをするようなことを言い、火薬庫の中に砲弾を撃ち込んだ。


「そういえばそうだったな。東国イストレで私に刺されて、世界の番人でさえ手玉てだまにとっていた。思い出しても腹立たしい」

「ということは君も手玉てだまに取られたわけだ」


 微妙な表現にエルネストは笑いを含んで突っ込んだ。アードゥルは即座に、ぎろりとにらんだ。


「エルネスト、さっきからうるさいぞ」

「ロニオスの息子を殺さなくてよかったじゃないか。後から知れば、君は死ぬほど後悔していたに違いない」

「――」

「彼がここまで憤慨ふんがいしているのは、カイル・リードが東国イストレの時よりも己の安全をかえりみないことだ」


 エルネストはアードゥルを黙らせつつも、フォローのためか、アードゥルの心理を暴露ばくろした。


「エトゥールと敵対しているカストまで関わり救済するとは、いささか暴走すぎるだろう。カストはエトゥール王のウールヴェを殺したといううわさが出回っている。そんな国に温情か、と民は当然不満に思う。救済の助言をしたカイル・リードが逆恨みされる可能性も高い。彼の自分の安全を軽視する悪癖が出ているのでは、ないかね?」


『それは俺の悩みと完全に一致する。定期的にデカイ釘を打ち付けているのだが、効果があるんだか、ないのだがわからない。今回に限っては、戦争の勃発ぼっぱつよりも回避の方がはるかに危険が少ないと判断したから認めた』

 

 支援追跡者バックアップの弁明のげんに、アードゥルはうんざりしたように首を振った。

 ここで、アードゥル達に手を引かれては困る。

 ディム・トゥーラは内心焦った。


『ロニオスの息子への協力は、今後見込めないのか?』


 カイルをわざとカイルのことを「ロニオスの息子」と表現してみた。

 ディム・トゥーラの小細工にアードゥルはにらみつけた。


支援追跡者ほごしゃの方も小賢こざかしいな」


『正直、今更あんた達に撤退されても困るんだ。俺には地上の備えはできない。食料の備蓄や爆薬の精製は、あんた達が必要不可欠だ。カストとは戦争回避が前提だ。無駄にエトゥールの民に死者を出すわけにはいかない』


「虫のいい願いごとだとは思わないのか?」


『思っているが、カイルは死者が最小限になる道を望んでいる』


「だから、お人好しって言ってるんだ!!」


『それも認める。ヤツはお人好しで甘ちゃんだ』


 ウールヴェは静かに語った。ここで、なぜかディム・トゥーラは部屋全体に遮蔽しゃへいをはり、さらにそれを強化した。


『大災厄をとめる、と世界の番人に宣誓せんせいしてしまった大馬鹿者だ。その世界の番人がロニオスと結託けったくしてようと、俺はかまわない』


結託けったくだと?」


『どんなに追及してもロニオスは口を割らないけどな。ロニオスはあの精神生命体と何らかの取引をしている。アレは、どんな時にでも直接的に人を害しないという誓約せいやくに縛られている。これは逆の意味にも取れる』


「逆の意味とは?」


『その誓約せいやくがなければ、アレは人を大量に殺せる。それぐらいのエネルギーを秘めている』


「――」

「――」


『カイルを衛星軌道上から転移させたエネルギー。シルビアの使った移動装置を破壊したエネルギー。カイルがあんたと対峙たいじした時に、四つ目を一掃いっそうしたというエネルギー。それらを足し合わせるとすさまじい桁数の熱量になるんだ。ああ、それに探索装置シーカーの破壊も加えていい』

 

「我々の時は、そもそもそんな妨害が存在しなかった」


『その点をかんがみても、絶対にあの古狐ふるぎつねが一枚噛んでる。だが、エネルギー収支があわない。アレの源が精神エネルギーと仮定しても、足りない』


「ウールヴェもありうる」


『コレが?』


「世界の番人の手足と呼ばれている存在だ。どこからか現れて、どこかへ消えていく。形態もでたらめ。エネルギーを、世界の番人に提供している供給管きょうきゅうかんの役目を果たしているのでは」


 エルネストの推論にウールヴェは首を振った。


『むしろ逆だろう。こいつらの空間を跳躍ちょうやくできるエネルギーは、どこから得ているか謎だ』


 アードゥルは黙り込み、考えこんでいた。


『ロニオスは世界の番人が人間に手を出せないから、悪意ある攻撃から守護するためにウールヴェが作られたとも言っていた』

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