第17話 変革④
「あ、あの……」
カストの痩せこけた老婦が、カイルの
「お、恐れながら、も、申し上げます。彼女を、お、怒らないで、いただけませんか?」
「お祖母ちゃん、処刑されるよっ!」
「彼女は――その姫様と知らずに
孫らしき少年が、慌てて飛び出してきて老婆をかばうように彼女の前にでて、
ああ、カストでは、貴族に進言することは処刑されるような不敬なのか――と、カイルは気が付いた。
初めてあった頃の、
カイルは、勇気ある
「……ぼ、僕は怒っているわけでは――」
「いや、怒っているだろう」
ハーレイが突っ込んだ。
「長年の対立を考えれば、カイルの心配もわかるが、そこは若長の俺が、姫の安全を保障しよう」
「ハーレイ、そういう問題ではなく――」
「彼女のおかげで命をとりとめたものもいます。
「お祖母ちゃんっ!」
孫の静止を無視して、老婦人は切々と訴えた。
「カストから逃れてきた、
「…………」
なんとなくカイルにも事情が見えてきた。
失念していた言語の問題だ。
ファーレンシアは意思の
カイルは、問題が山積みであることにため息をついた。
老婦や周囲の人間は、カイルの反応を
「……事情はわかりました。彼女を叱りません」
アドリー辺境伯の英断に、驚いたような気配があった。
貴族が平民の老婆の懇願を聞き入れるなど、カストではありえないことだった。侍女のマリカも専属護衛達も、カイルの怒りが収まり、ほっとしたようだった。
「ただ、この居留地が治安が不安定であるし、彼女は僕にとって、かけがえのないとても大切な人なので、何かあったらと心配で――」
カイルの言い訳に、何か妙な空気が流れた。
「?」
ふりむくと、ファーレンシアが目をきらきらとさせて、カイルを見上げていた。
「カイル様、もう一度言ってくださいな」
「は?」
「もう一度、聞きたいと思います」
「何を?」
「今の言葉を」
「……事情はわかった、と」
「そのあと!」
「……彼女を叱りません?」
「もうちょっと先」
「この
「そのあとです!」
「――」
カイルは口をつぐんだ。顔に血が上ることを感じた。
自分はカストの民に何を語ろうとしていたんだ。弱点を晒してどうする。なぜ、こんなにもファーレンシアは嬉しそうな顔をしているのだ。
前にもこんなことがあったような気がする。
「カイル様?」
「と、とにかく、彼女がここに出入りするのは、若長が同行しているときだけ、認めます」
「俺の実力を買ってくれるのだな。で、治安が不安定で、なんだっけな?」
ハーレイもにやにやとしている。カイルは
「ハーレイ、後で話し合おう」
「おお、怖い怖い」
「ファーレンシアは、こっち。あの――とにかく、彼女はこれ以上叱ったりしませんので、失礼しますっ!」
賢者は青い髪の侍女の手をにぎり、そのまま
「カイル様って、無自覚無双なのに、どうして自覚すると照れてしまわれるのかしら」
残されたマリカがぼそりと感想を漏らす。
「無自覚無双はカイル様の専売特許だが、自覚すると照れるのは、男の共通仕様ではないかな?
同じく取り残されたミナリオがぼそりと返す。
「そうですか?女性としては譲れない
「どうもこうも、カイルが単にヘタレなだけです」
意見を求められた治癒師は、
カイルは、ファーレンシアの手を握り、アドリーの国境門から階段をのぼり、長い
「カイル様」
「……」
「カイル様」
「……」
『カイル、姫は手が痛いようだ』
ディム・トゥーラの助言に、カイルは慌ててファーレンシアの手を離した。カイルが強く握っていたため、ファーレンシアの手にはくっきりと指のあとが赤くついてた。
「ご、ごめん」
「大丈夫です、カイル様。――それよりお客様がお待ちかねです」
「僕は君と話し合いたい。ガルース将軍には、しばらく待っていただいて――」
「私との話し合いも後回しになるでしょう。お客様はアードゥル様とミオラス様、エルネストです」
相変わらず、ファーレンシアはエルネストだけは呼び捨てだった。
カイルは硬直した。
カストの避難民問題を解決するために、強引に説き伏せ、旧式とはいえ、
カストの祖は、500年前にアードゥルの妻を殺害した氏族の生き残りだ。今回の一連の
少なくとも、アドリーに乗り込んでくるほど、と言えた。
「
「……彼等はなんか言っていた?」
「代表的なものでよろしいですか?」
「代表的?」
「『大馬鹿者』と」
「――」
「同義語としての言葉で、愚か者とか、お人好しとか、過労死してしまえ、あとは、婦人が口にするには
「――それを今から、
カイルは前髪をかきあげ、
『彼等はどこに?』
ウールヴェ姿のディム・トゥーラは、ファーレンシアに尋ねた。
「執務室に近い3階の客間です。ちなみにカストの将軍閣下御一行は出入りがしやすい1階の客間にご案内しています」
『俺が先に行ってよう。話すべきこともあるし――トゥーラ、二人の
――まかせて
『カイル、いちゃつきは、30分までだ。時間厳守しろ』
「い、いちゃつき?!」
カイルが顔を真っ赤にして抗議する前に、虎は空間を
「ちょっと、ディム?!」
「カイル様、この30分は貴重です」
「ファーレンシア?」
「叱らないと宣言した手前、まさかお
「できる妻って、自分で言う?!いや、確かにできすぎる妻だけど、イーレの悪影響を受けていない?!」
「ここしばらくのイーレ様の助言は、とてもためになるものでした」
ファーレンシアは否定しなかった。
その内容を想像して、カイルは
「さあ、ここには
「うっ……」
ファーレンシアは辛抱強く待っていた。
カイルはゆっくりと近づいて、少女の身体を抱きしめた。
「いったい、イーレは何をふきこんだんだ?」
「『夫を甘やかすな』『厳しくしつけろ』それから――」
「それから?」
「『スキンシップの機会を逃すな』」
「――」
カイルは
「なんだ、
部屋に出現したウールヴェを見て、アードゥルはそっけなく言った。
『保護者って言うな』
ディム・トゥーラは、むっとしたように応じた。
「保護者を保護者と言って、何が悪い」
『俺はカイルの保護者じゃない』
「確かに
『なんだと?』
「アードゥル、彼に八つ当たりをしない。君こそ子供のようだ。すまない、ディム・トゥーラ、アードゥルはこの通り、諸事情で機嫌が悪い」
二人を取りなしたのは、エルネストだった。
『……まあ、事情は察する』
「カストを叩きに行くかと思ったら、避難民の誘導だと?お人好しにも、ほどがあるっ!」
『カイルが戦争を好んで仕掛けるタイプに見えるか?』
「まあ、確かに」
エルネストの方が同意した。
「彼は天然記念物並みのお人好しだろう」
エルネストの意見に、大きな息をついたのはアードゥルの方だった。
「ロニオスには、全くない
『……えらい、言われようだな……。しかも、何気に親の方が
「本人はどうした?」
イライラしたようにアードゥルは聞いた。
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