第15話 変革②
研究バカである研究都市の住人は、未知の分野の
カイルが精霊鷹から逃げ回ったのも、カイルの世界ではない存在だったからで、無知からくる恐怖そのものと言っても過言ではない。
確かに滞在中の経験と、接触により、精霊や世界の番人に対する拒否感は消えている。ガルースの論説は支持できるものだった。
ディム・トゥーラも
「……知れば恐怖はなくなると?」
「そうだろう?戦場で一番の恐怖はなんだと思う?相手の戦力、戦術がわからないことだ。前回のエトゥールとの戦争を例にとれば、エトゥール側が、小規模な部隊を運用して、補給部隊への奇襲や
「……
「あれは、私が指揮していたわけではない」
「というと?」
「当時、私は妻を亡くし、1年間
「え?カストは、まさか、大将軍不在でエトゥールに戦争をしかけたのですか?」
カイルはあまりの非常識さにぽかんとした。
「メレ・エトゥールは、戦場で私の不在を悟ったようだが?敗走するカスト軍を
『カイル』
ディム・トゥーラの呼びかけに、カイルは、はっとした。
「えっと……興味深い話なので、続きはアドリーで、ぜひ」
「かまわん。移動するかね?」
「はい」
「ディヴィ!」
ガルースは、副官夫婦を呼んだ。その娘も、ウールヴェのトゥーラとともに、ついてきた。少女の持つ
ディヴィ副官の右頬には、くっきりはっきりと赤い手形が残されていた。妻の平手打ちを喰らったことは、間違いなかった。
「移動するぞ」
「げっ」
うんざりとした表情をディヴィは浮かべた。
「いいかげん慣れろ」
「魔獣に乗るよりマシですが、慣れないものは慣れません」
「あれ?奥様と娘さんの幸せのためなら、魔獣に乗ることは
「ほほう」
「今、ここで言うなっ!」
賢者の
ダナティエは、ちょっとはしゃいだように父親にたずねた。
「お父さん、また狼の背に乗るの?」
「そうじゃない。それに魔獣の背中に乗ることに嬉々とするな」
「え〜〜〜人によく慣れた賢い狼よ。また乗りたいわ」
――魔獣じゃないよ ウールヴェだよ
謎の声に、マリエンとダナティエは固まった。
「あ、あなた……」
「ああ、落ち着け、マリエン、大丈夫だ」
「すっごぉぉぉいっ」
「ダナティエ?」
ダナティエは、悲鳴をあげるかと思いきや、興奮して目を輝かせた。
「お父さんっ!すごいっ!この子、
「魔獣が
「え?だって、喋っているよ?!」
――よくできる賢い代表
「やっぱり、喋ってるっ!魔獣でも、賢いっ!お父さん、すごいよっ!」
娘の予想外の興奮ぶりに、絶望したようにディヴィは空を仰いだ。
「えっと……大胆な娘さんですね?」
カイルはディヴィではなく、傍に立つガルースに小声で感想を述べた。カストでは、禁忌とされるウールヴェに対して好意的な反応に思えるのは気のせいだろうか?
「そうだな。確かに
「カストでは、確か魔獣ですよね?」
「そうなる」
「エトゥールで例えるなら、四つ目を褒めてコミュニケーションをとろうとしているようなものですよね?」
「上手い表現だ。だが、いいかもしれない」
「はい?」
「どうだろう、彼女にもウールヴェの
副官が発狂しそうな提案をガルースはカイルに言った。だが、カイルの注意をひいた点は別だった。
「
「もちろん、私が幼体を所持する第1号だ。知らないものは学ぶべきだし、安全を確認しないと部下達には与えられん」
ウールヴェの幼体は、商人が流通しているもので、購買に制限をかけられるものではない。大陸に
ガルースがウールヴェを入手することを止める手段と理由は、カイルにはなかった。
カイルは頭がクラクラしてきた。カストの老軍人の順応力が異様に高すぎて、想像以上に限界突破していた。
ウールヴェの件はどうしたらいいのだろうか。
『この件は保留にしておけ。とりあえず安全な場所に移動することを優先にしろ』
「と、とりあえず、皆で移動しましょう」
ディム・トゥーラのアドバイスを受け、
中で休憩できるかと思ったマリエンとダナティエは、足を踏みいれて
百人ぐらいは、楽に収容できそうな巨大天幕の中には、何もなかった。何本かの太い木材が天幕の支柱としてあるだけで、中は全くのがらんどうであり、床は土のままだった。
「え?こんなに大きいのに無人なの?
「エトゥールに
「今からそこに行きます」
「そこってどこ?」
ダナティエの質問に、
「シルビア、いい?」
「はい」
シルビアが地面に手をつくと、地面は金色の光を帯びた。手をついた場所から同心円状にゆっくりと、波のように金色のさざ波が広がった。
何が起こっているのか理解できずに、ディヴィの妻子は軽く口をあけて固まっていた。
「これは、我々の技術で、
マリエンは光の変化に
「?」
ガルースとディヴィに導かれるように、
先ほどまで、エトゥール内の国境そばの荒野にいたのに、光景はがらりと変わり、そこは見知らぬ城壁そばの駄々広い空き地だった。深い森のそばで、森の一部を切り開いた開拓地であることは明白だった。
境界に高い城壁と城門がみえた。
だが、そこは正確には空き地ではなかった。
ところせましと多数の天幕がひしめき、多くの人がいた。大半はカスト人であり、警備している西の民とエトゥール人がちらほら見えた。
「ガルース将軍っ!!」
「将軍閣下っ!!」
「ディヴィ副官っ!」
「ご無事で何よりですっ!」
「お帰りなさいっ!」
マリエンは混乱した。夫の部下達の家族の顔が見えたような気もした。唐突な多数の顔見知りの出現が信じられなかった。
彼らはどこから現れたのだろうか?
「え?え?え?」
彼女は思わず横にいる夫の腕をつかんだ。
夢を見ていたというオチだけは、絶対に嫌だと彼女は思った。再会できたはずの目の前にいる夫が
ディヴィは妻の混乱を正確に察した。
「落ち着け、マリエン」
「夢?これは夢の世界なの?」
「大丈夫、現実だ」
「だって、
ディヴィは困ったような表情を浮かべた。
「……そうだな」
「ここは、どこなの?!」
「カストよりかなり南下した位置にある、西の地とエトゥールの国境で、西の地側にいる」
「はあ?!」
マリエンは顔を引きつらせて、思わず聞き返した。
「どういうこと?!なんで?!私達、狼に乗って国境を越えたのよね?魔獣の背に乗ったわけではなく、天幕に入っただけで、なんでこうなるの?!」
パニックに
「大丈夫だ、大丈夫だから落ち着け。あ〜〜俺にもこの仕掛けはわからん。賢者にしか使えない技術らしい。俺達は、その……エトゥール内にいるわけにはいかんのだ」
「なんで?!」
「王が避難民を口実に、しかも犠牲にしても戦争をしかけてくるからだ」
「そりゃ――」
あの王ならやりかねない――という発言は
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