第14話 変革①

 妻マリエンの背嚢はいのうが、副官の顔面を直撃するという不幸と、過去の離縁というあやまちを詫びることに時間は浪費されたが、その話し合いのさなか、カイルは密かに虎のウールヴェを呼び出していた。


 ウールヴェのトゥーラに3人を騎乗させ、自分はディム・トゥーラのウールヴェを借りて移動するつもりだった。だが、ディム・トゥーラはウールヴェに意識を乗せており、カイルを驚かせた。


『ちょっと?!』

『今、小動物がそこをよぎった』

『観測は後にしてよっ!』

『もちろんだ。移動を急いだ方がいい。街道を走ってくる集団がいる』

『!』


「ディヴィ副官!街道をこちらに近づいてくる集団がいます!移動します!」

「!」


 ディヴィの判断と行動は早かった。

 妻の背嚢はいのうを一つ、カイルの方に投げ、自分は娘の分の背嚢はいのうを背負うと、マリエンの身体を軽々と抱き上げ、強引に大きくなっている狼の背に乗せた。


「ひっ!狼っ!」


 マリエンは青ざめた。


「大丈夫だ。人慣れしている!ダナティエ、ここに乗れ!」


 娘は、ひるむことなく、母親と父親の間に乗り込んだ。


「トゥーラ!シルビア達のいるところに行けっ!」


 賢くも、騎乗者達を驚かせない配慮をしたトゥーラは、黙って目的地に跳躍ちょうやくした。


「ディム!」


 白い虎は、すぐに跳躍ちょうやくしなかった。

 カイルを背に乗せると脇道に外れ、街道を見下ろせるがけに出た。


『ディム』

『敵を確認した方がいい』

『敵じゃない』

『俺にとっては、地上滞在者おまえたちに危害を加える連中は、皆、敵だ。サイラスだって、同意している』

『サイラスは、イーレとリルに対しての過保護の代表格じゃないか』

『俺は、お前達になんかあったら、中央セントラルに帰還すると宣言してなかったか?』

『存分に過保護でお願いします』


 やると言ったら、やるところは、セオディア・メレ・エトゥールと共通していた。


『来たぞ』


 ディム・トゥーラの警告通り、騎兵団がやってきた。

 それほど、大きくない副官ディヴィの村には不用の部隊だった。

 カイルはその部隊の様子を記憶した。


『この副官の家族で最後だよな?』

『うん、彼は頑固がんこにも他の部下の家族救出の優先を主張していたからね』

律儀りちぎだな』

『大将軍そっくりだよ』

『ああ、確かに。あの爺さんも筋金入りの頑固がんこさだ』

頑固がんこなのも困りものだよね』


 カイルの感想に、なぜか虎のウールヴェが大きなため息をついた。


『確かに頑固なのは、困りものだ。本当に困る。俺は常に困っている』

『ちょっと、ディム?』


 カイルがその言葉に突っ込む前に、虎は無視するかのように跳躍した。





「カイル!」

「カイル様!」


 ガルース将軍とともに待機していたシルビアとミナリオは、カイルの帰還にほっとしたようだった。

 エトゥール国境そばの大量にカストの避難民がいた居留地きょりゅうちには、西の民の巨大な天幕があるだけで、今、いるのはディヴィの家族とガルース将軍、シルビアとミナリオ、アイリだけだった。

 

「ディヴィ副官と一緒に戻ってこないから心配しました!」

「ごめん。派遣された騎兵隊を見ていた」

「騎兵隊だと?」


 ガルースはカイルの報告に驚いたようだった


「ミナリオ、画板と絵の道具一式をちょうだい」


 ミナリオは、その要求を予想していたのか、道具をすでに用意していた。

 カイルはその行動を先読みされていたことに複雑な顔をした。


「なんで、わかるの?」

「ウールヴェのトゥーラが、カイル様が絵を描くだろうと言ってました」

「トゥーラは?」

「あちらで、甘やかされています」


 見ると、ディヴィの娘が、用意された桶型おけがたの容器満タンの林檎を一つ一つ手に取り、せっせと騎乗させてくれた狼を餌付えづけしていた。


「すごい度胸どきょうのある娘だなあ。普通は悲鳴をあげない?」

「同感です」


 カイルは呟いて絵を描き始めた。

 崖の上から見た騎兵隊の鎧の胸に輝いていた紋章などを正確に再現した。


「将軍、こちらに見覚えは?」


 カイルは、描き終えた絵から、流れ作業的に将軍に手渡していった。

 ガルースは絵を見て、顔をしかめた。


「カスト王の近衛隊このえたいの紋章ではないか。旗はないか?」


 カイルはすぐにリクエストに応じた。

 カイルの描いた複数のはた文様もんようを見て、ガルースは吐息をもらした。


「間違いない。しかも第二、と第三の近衛隊このえたいだ。本来は王の警護をしている者達だ」

「考えられるのは人手不足……」


 ぼそりとカイルが言った。


「本来だったら、このような地方な村に派遣される隊ではない、そういうことですか?」

「そうだ」

「かなり、混乱していますね」

「無理もない……」


 前代未聞ぜんだいみもん災厄さいやくで多数の死者が出ているのだ。戦場で死を覚悟した兵士が死ぬのと、訳が違う。


「その人手不足の中、これだけの人数をく理由は?」

「使節団メンバー生存の場合のかせとして、家族を捉えたかったのだろう」

「そういえば、副官の娘さんが、父親が死んだと王の使者から聞かされたと言っていたような……」

「我々が殺害されたことにして、民衆をあおり、着々とエトゥールと開戦する準備をすすめていたら、生還せいかんは邪魔でしかない」

「そこへ予想外に星が落ち続けている?」

「そうだな」

「……なるほど。ガルース将軍がおっしゃってたように、民衆より自尊心じそんしんですか」

「だが、我々は裏をかいた。まさかエトゥールの賢者の協力により、この機動力を得ているとは想像できないだろう。家族を捕縛ほばくできず、エトゥールに逃れた避難民の所在もつかめないとなると、王はグラスを床に叩きつけていることだろう」


 ガルースは、少し笑いを漏らした。

 カイルはさらに何枚か、絵を描いた。身分の高そうな指揮官の人物画だった。

 その絵を見たガルースは、顔をしかめた。


「知っている人物ですか?」

「王の腰巾着こしぎんちゃくで、城の中で威張り散らしていた無能の宰相さいしょうのバカ息子だ」

「この場合、『無能』は、宰相さいしょうとバカ息子のどちらの修辞句で?」

「両方だ。こいつは頭が悪すぎて話の通じない大馬鹿者だ。現場の指揮にもっとも不適切な人物が派遣されたことになる」


 カイルはガルースを見つめた。


「………………将軍、案外、口が悪いですね?」

「カストの軍人はこんなものだ」

「まあ、わかりますが……」


 カイルはチラリと妻子さいしと話し合っている副官を見た。


「まて、ディヴィをカストの軍人の基準と考えるな」

「そうなんですか?」

「私でも翻訳不可な罵詈雑言ばりぞうごんを山ほど知っている男だ。口の悪さと、不敬ぶりと大胆さでは、カスト軍の頂点だ」

「えっと……その彼は将軍の副官ですよね?なぜ、そんな不敬な人物を採用したので?」

「口の悪さと不敬ふけいぶりを差し引いても、巨大なお釣りがくる」

「つまり優秀だと……彼、メレ・エトゥールの暗殺をたくらんでいましたよね?」


 思わず、ガルースはエトゥールの賢者を見た。


「あれだけ、暗器を仕込んでいれば気づきますって。メレ・エトゥールが、貴方を殺害するなら、刺し違えることぐらい考えそうです」

「よくわかるな?」

「貴方を父親のように慕っています」

「――」


 ガルースはきょを突かれた。

 カイルは絵を描くことを終えた。


「さて、とりあえず、アドリーまで、移動しましょう」

「そうだな。――ところで、その虎はなんだ?」

「僕の相方がきずなを結んだウールヴェです。その――」



『余計なことは、言わなくていい。ただのウールヴェだと思わせておけ』



 馬鹿正直に言いそうになったカイルは、言い換えた。


「戻ってくるために、召喚しょうかんしました」

「なぜ、虎なのだ?」

「それは僕も知りたいネタです」

「触れてもいいかね?」


 カイルは思わずディム・トゥーラが同調しているウールヴェを見た。

 ウールヴェは許可するように、老軍人の前にすすみでた。

 ガルースは軍馬を点検するかのように、ウールヴェの筋肉の付き方を検分した。


尻尾しっぽは必ず複数なのだな」

「そうですね……あの……ガルース将軍?ウールヴェに拒否感はないのですか?」

「だいぶ慣れた」

「慣れ……」


 カイルは老人の順応力の高さに呆気にとられた。精霊鷹から逃げ回っていた当初の自分と、あまりにも対照的だった。


「すごいな。なんか、僕より順応力がありますね?」

「恐怖はどこからくると思う?」

「それは禅問答ぜんもんどうですか?どこからです?」

「恐れは、無知からくるのだ。それを克服するには、知ればいいだけだ」

「――」


 研究員である自分の正体を言い当てられた気分にカイルは落ちいった。

 


 

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