第13話 治療⑩

「将軍?何の話です?」

「民衆に賢くなってもらっては、連中は困るのだよ。豊かな他国の情報は制限して、エトゥールなどは敵国として認識させるのに、躍起やっきになっている。国の施策の不満を王族に向けさせないためのコントロールだ」

「――」

「一方、貴族の子息達には、王族と教団を絶対不可侵の物と教育でませている。あと貴族は選ばれたたみという、典型的な選民意識を刷り込む。教団の上層部は貴族出身で、平民は国同様に搾取さくしゅの対象だ。その教義は都合の良いように、ゆがめられている」


 ディヴィは、長い諦めの息を漏らした。


「だから連中は、平民オレたちを虫ケラ扱いするんですか」

「選民思想にハマればそうなる。神に愛され、選ばれ、何をしても許される民族だからな」

「お先真っ暗だ……」

「私は、実力主義だ。安心しろ」

「まあ、平民や貧民を採用する物好きは、将軍くらいです」

「口の悪い副官を採用する物好きもな」

「自分で言ってら」

「私は有能な人間が好きなだけだ。身分など関係ない」


 上官の物凄ものすごく遠回しな表現に、ディヴィ達は照れた。

 変わり者で有名な隻眼せきがんの大将軍は、身分にこだわらないところがあり、民衆には、王より人気があったことをディヴィは、知っている。


「信仰は捨てなくていい。心のどころは、必要だ。だが、それを利用して、本来の教義をゆがめた人が作った都合のいい宗教については、見限る必要がある。異端いたんと言われても、ひるむな。他国の信仰は、尊重しろ。少なくとも、エトゥールの信仰する精霊と、その使いのウールヴェは、我々がこの目でみて、理解したはずだ」


 大将軍は部下達に宣言をした。


「これから、我が国のうみをだす、長い闘いが始まる。覚悟はいいな」





 ディヴィは覚悟はしたはずだった。

 だが、矢の雨の中に特攻をかける方がマシだという気持ちは、変わらなかった。

 彼は、狼の姿をした魔獣と対峙たいじし、その主人である魔導師メレ・アイフェスである青年の後ろに騎乗する勇気をしぼり出すのに、5分かかった。

 部下に見せることのできない副官の失態しったいであった。


 カイルという青年は、辛抱しんぼうづよく、揶揄やゆすることなく、ディヴィの葛藤かっとうに付き合ってくれた。


「確か奥様と子供お一人でしたね?」

「そ、そうだ」


 いきなり話題を振られてディヴィは驚いた。


「奥様との馴れ初めは?」

「馴れ初め?」


 質問の意図がわからず、ディヴィは困惑した。


「単に村の幼馴染おさななじみで――」

「すると長い付き合い」

「そうだ」

「奥様を愛していらっしゃる?」

「もちろん」

「じゃあ、騎乗きじょうできますね」

「――」


 なんたる挑発ちょうはつだ。だが、確かにそうだった。

 ディヴィはすぐに青年の背後にあいたスペースに騎乗した。


「……むかつく挑発だな」

「上手い挑発と言ってください」


 青年はディヴィにニッコリと微笑んで見せた。

 見た目と違って彼には不思議な老獪ろうかいさがあった


「飛びます」


 一瞬だけ、暗転したような気がした。

 緑豊かな離宮前の中庭は消え失せ、木のそばの小道に白い魔獣は降りたっていた。

 間違いなく自分の出身地の村が見えた。


「…………本当に飛んだ」


 ディヴィは結果に唖然あぜんとした。信じられない体験をしていた。


 彼はエトゥールの魔導師に記憶を読む許可を与えて、離縁りえんした妻のいる故郷の村の絵を描くことに協力しただけだった。その描いた絵と同じ光景が広がっていた。


「なぜだ?!なぜ、こんなことができる?!」

「さあ、何ででしょう?」


 青年の回答は、とぼけすぎていた。


「…………舐めてるのか?」

「舐めていませんよっ!本当に僕にも移動の原理げんりがわからないんですよっ!」


 メレ・アイフェスは慌てたように、言い訳をした。

 そこへ勝ち誇ったような声が響いた。


――よくできる代表


「………………」

「………………」


 魔獣の主張に二人とも、同時にため息をついた。





「約束の場所はここであっていますか?」

「……ああ」


 答えつつも、ディヴィは今更のように焦りを感じた。

 勝手に離縁を申し出て、強引に田舎に帰した妻が、子供を連れて約束の場所に、きてくれるだろうか。


 エトゥールの賢者とガルース将軍は、エトゥールへ同行した褒美ほうびのように部下の家族の救済に奔走ほんそうしてくれた。

 上官であるガルースがエトゥールへの特使を命じられた時から、ディヴィは同行を決意していた。そしてカスト王の意図いとを正確に悟っていた。


 カスト王は、ガルースに対して、死んでこいと言ってるも同然だった。


 ディヴィは、特使の殺害に怒り狂ったメレ・エトゥールのやいばの盾になるつもりだった。もしくは、エトゥールに到着する前に、他国への亡命を進言するつもりだった。

 だが、亡命に成功すれば、カストに残った家族は処刑になる。それを回避するには、離縁しかなかった。


 それが、こうなると、誰が予想しただろうか?


 ディヴィの脳裏に様々な想像が駆け巡った。

 ディヴィの仕打ちに怒って、こないのではないだろうか。

 いや、そもそも、伝言をイタズラに思われていないだろうか?

 愛想をつかされた可能性もある。


 ぐるぐるぐるぐる。


 もはや世の中に、魔獣のウールヴェに騎乗するより怖いことがあるとは思わなかった。身勝手な未練とも言える。

 安全を考えたとは言え、これは拒絶されても文句は言えない。


 賢者はディヴィを、じっと見つめた。


「僕の専属護衛に東国イストレの出身の者がいましてね」


 唐突な会話だった。


「エトゥールでの任務が危険なので、慕ってきていた女性を、自分が死んだことにして、関係を強引に断ち切ったわけですよ」

「……それで?」

「今回のように、保護することになりまして、まあ、そのうち死んだという嘘がバレたんですよ。で、二人は再会したんですがね」


 微妙にディヴィの立場と似ていた。


「……彼女はどうしたんだ?」


 拒絶きょぜつか、許容きょようかディヴィはその結末が気になった。


「鍋が飛んできたんです」

「………………は?」


 賢者はカスト語を間違えたのだろうか?ディヴィは思わず聞き返した。


「鍋って?」

「料理に使う鍋です」


 カイルは両手で鍋を持つ仕草をした。


「エトゥールでは、鍋に羽根が生えているのかよ?」

「そんな鍋があったら見てみたいです」

「鍋は飛ばない」

「僕もそう思っていたんですが、専属護衛を狙って結構な距離を飛びましたよ?女性の腕力わんりょくを舐めちゃいけません。家事労働でかなり鍛えられているようです」

「…………この話のオチはなんだ?」

「今回は屋外だから、鍋がそばになくてよかったですね」


 賢者は真顔で言った。


「……………………許されるなら、鍋でも何でも受けてやるよ」

「あー、そういうことは、言わない方がいいですよ?」

「なんだと?」

「エトゥールでは、世界の番人が聞き耳を立てていて、願いごとをうっかり叶えてくれちゃいますから」

「いいじゃねぇか」

「いいんですか?」

「妻と子が幸せに暮らせるなら、何にもこわくねぇよ」

「ウールヴェは?」

「いくらでも乗ってやる」

「あはは、言質げんちをとりました」


 気がつけば、時間はすぎていた。


「……無駄足むだあしだったな」


 ディヴィの弱気な発言に、カイルは微笑んだ。


「そんなことありませんよ、ほら」


 村からの小道をこちらに登ってくる旅装束たびしょうぞくの親子が見えた。明らかに、ディヴィの姿を認めると早足になった。


「ディヴィ!」

「お父さんっ!!」


 若い十代半ばくらいの娘の方が、背嚢はいのうを背負っているにもかかわらず、足が早く、ディヴィに抱きついた。


「ダナティエ」

「生きてたっ!やっぱり、生きてたっ!あたし、生きてると思った!王の使者の言うことなんて嘘っぱちだって!お父さんとガルース様が死ぬわけないって!」

「使者がきたのか……」


 部下達の家族の所在まで把握はあくしているとは、ガルース将軍の危惧きぐは正しいと言えた。


「あなた……」

「マリエン……」


 

 次の瞬間、彼女の背負っていた背嚢はいのうが飛んだ。



「そうか、背嚢はいのうも飛ぶのか……」


 賢者のつぶやきをディヴィは聞いたような気がした。


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