第12話 治療⑨

 ガルースは本能的にこれがカストの民の運命を決める選択であることを悟った。

 賢者が差し出した両手には、カストの民を救うか、否かが乗っており、ガルースには強制をしないから自由に選べと言っている。

 だが、それは全く自由ではなかった。報酬がカストの民の生存である時点で選択の自由など、存在しないのだ。


 賢者は残酷な選択を強いていた。

 老齢のガルースに民を救いたいなら、自らが重圧にあふれた道を歩むことを選べと言うのだ。

 しかも宿敵であるエトゥールに仕えろと言う。

 矜持きょうじとか、名誉とか、信念とか、今まですがり、築き上げたものを犠牲にしろと同義語だった。


 それは、まさしく等価交換だった。


 メレ・エトゥールの言い分はそうだし、メレ・アイフェスの「賢者の知恵――これを手に入れるには、相当の代価と覚悟が必要だ」もそれを意味していた。

 そこに矛盾むじゅんも生じていた。


 なぜ、軍人一人の仕官が、カストの民と同等なのだ?


 はっ、として、ガルースはさらなる矛盾むじゅんを発見した。

 皮肉にもカスト王はカストの民を見殺しにするぐらい、価値を認めてない。エトゥール王は、臣下として、エトゥールの民になるなら、その望む世界を叶えてみせると宣言しているのだ。

 どちらが王として、ふさわしいか、まるでエトゥール王は玉座で膝を組み、尊大にガルースを見下ろし、答えを要求していた。



 国とは何だろうか?

 天命を受けて統治する君主はどうあるべきなのか?

 国民はどうすればよかったのだろうか。



 ガルースは己の怠惰な罪状を悟った。

 カスト王の道を正す努力を怠ったことだ。いや、努力はしたのだ。だが、聞く耳を持たないカスト王に、いつしかその努力すら、放棄していた。

 私利私欲しりしよくと異端審問に走る教団と王の癒着ゆちゃくは、国政の腐敗を産んだ。それはすさまじい勢いで侵食し、ガルースは配下の兵達を守ることに専念し、国民は二の次になっていた。


 今回の一連の災厄がなければ、表に出なかった国のうみだった。





 ガルースは、賢者との対話の内容を、ディヴィ達同行者に包み隠さず語った。ガルースの選択を、彼等に強要するつもりはなかった。


「カスト王に反旗はんきひるがえすって、わけっすね」

「ディヴィ、私は内乱を起こすわけではない」

「内乱は起こさなくても、カストの民をかすめとるんでしょ?楽しそうだ」

「ディヴィ」

「俺達は同行した時から、将軍に従うって腹は決まってる。今更、意志を確認するとは、年寄りは回りくどくて、いけないや」

「ディヴィ、あとで腹筋100回だ」


 体罰なのにディヴィは嬉しそうに笑った。


「で、作戦は?」

「まず、先行してお前達の家族を保護する」


 ディヴィ達は、ぽかんと口をあけた。


「いきなり身内優先?」

「賢者は、私に従った兵士の家族が見せしめで、処断されるのを回避したいそうだ」


 ディヴィ達は顔を見合わせた。


「夢の中で、お前は言っていたな?離縁りえんして田舎に帰らせたとは、本当か?」


 うっ、とディヴィは詰まった。


「ええ……まあ……」

「本当なんだな?」

「…………はい……」

「とりあえず、家族の名前と救いたい人数、現在の居場所を申告しろ」

「どうやって、保護するんです?」

「それは――その――アレで」


 勇猛果敢ゆうもうかかんな大将軍は、珍しくいいよどみ、目を泳がせて、指を左から右に弧を描いて移動させた。


「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………アレですか」

「アレだ」

「そんな、ほいほい移動できるっすか?」

「できるらしい」

「なぜ、今までいくさに使わなかったんです?」

「最大の理由は、ことわりに反するかららしい」

「小さい理由は?」

「自由に使いこなすのは、賢者くらいだとのことだ」


 ガルースは卓上に巨大な紙を広げた。


「…………これはなんです?」

「カストの地図だ」


「「「「「はあ?!!!」」」」」


 副官は内容を確認して、慌てた。


「俺達のより精密って、どういうことです?!」

「これが賢者の知恵のほんの片鱗へんりんだとのことだ」

「――」


 聞かされた全員が絶句した。


「…………こんな国に、俺達は戦争をしかけたのか……。負けるわけだ……」

「私もそう思う。エトゥール国に倫理りんりがなければ、とっくの昔に、カストは属国だ。だが、この地図の存在は誰にも言うな。諸刃もろはつるぎだ」

諸刃もろはつるぎ?」

「エトゥールが知恵の国とわかれば、さらに危険視をする司教のような馬鹿が出てくる。これは戦争の抑止よくしにも、火種ひだねの両方になりうる代物しろものだ」

我が国カストは、圧倒的に後者ですね」

「そうだな」


 ガルースもその点を認めた。


「我々は異端いたんと言われる魔獣ウールヴェを賢者と共に使い、カストを縦横無尽じゅうおうむじんに駆け回ることになる。宗教的な偏見は棚上げしろ。我々は家族を救い、カスト王の束縛そくばくから逃れた後、カストの民の救出を目的とする」

「どうやって救出するのですか?」


 ガルースは指で地図をつついた。


「ここに全ての情報が網羅されている。まずは、赤い円だが、星の落下する位置と被害の範囲らしい」


 ディヴィ達は息を飲んだ。


「……こんなに?」

「そこに書かれている数字は、こよみだ。エトゥールのこよみとカストでは、差が生じる。修正したものを作る必要がある」


 カストの暦は、教団が流布している月の満ち欠けに準じたものだ。


「星の落下により、周囲は衝撃で家屋が倒れ、窓は割れ、燃えあがる。それは目撃したことが、あるはずだ。我々は事前の警告と、避難民の誘導をにんとする。恐らく、誘導は前回より楽になるだろう」

「……なぜ?」

「幾つか、理由を賢者はあげていた。まず、一つめ、教団と王は災厄の生存者を放置、もしくは隠蔽いんぺいのため虐殺ぎゃくさつしている。そのうわさが駆け巡っている。他国に避難することを説得しやすい状態が生まれている」

「――王がなぜ……」

「エトゥールの警告を無視したことを失策として認めたくないからだ」

「――」

「そんな事情のために、たみの命が奪われるのですか?」


 若いセドゥに、怒りに震える声で問いかけをされ、ガルースは吐息をついた。


「もちろん、教義きょうぎがひっくり返されることを恐れる教団の思惑がある。エトゥールをおとしめる教義が中心の教団は、精霊の存在を認めるわけにはいかないからだ」


 皆が唇を噛み締める。

 カスト国民の命の扱いが軽すぎる。それは国の中枢が行っているのだ。

 金と権力と地位に固執する指導者達の愚行ぐこうが明らかになった今、ガルース達の中から、何かが消えた。


「二つ目は、前回のエトゥールに逃れた避難民が、西の地に一時的な居留地を設けたことだ。こちらは、避難民自らが、再度カストに、西の地のルートから災厄を受けた親族を迎えに越境し、積極的に誘導している。こちらも別の噂が流れている」

「どういう?」

「約束の地は実在した、と」

「――」

「もともと、この土地は西の民の若長に嫁いだ賢者メレ・アイフェスの物らしい。エトゥールの民を多数、疎開させるために整備したとのことだ。我々は、ほとぼりが冷めたら、エトゥールの民に明け渡すことが条件だ。居留地きょりゅうちがあり、それなりに生活ができるなら、人々を説得しやすい」

「疎開?」

「エトゥールにも大きな星が落ちる」

「――」


 ディヴィは唖然とした。


「自国も混乱するのが、わかっていて、敵国に手を貸すのは何故っすか?」

「もちろん、メレ・エトゥールにも狡猾こうかつな思惑がある。これは慈悲とかではない。カストが侵攻してくるのを数年阻止したいそうだ」

「数年?」

「エトゥールの穀倉地帯にも多大な被害が予想され、混乱を収拾するのに、数年かかるとふんでいるんだ」

「数年で、すむんですか?!」


 驚きの声を皆が出した。

 カストは過去の飢饉ききんと戦争の大敗の傷が癒えず、国力は落ちる一方だった。


「これが、内政の格差だ。本来、国の政治は内政を重視するべきなのだ。カストの現状がそれを示している」


 ディヴィ達は黙り込んだ。


「……メレ・エトゥールのような賢王がいれば、我々は戦争も飢えもなく平和で豊かに暮らせたのでしょうか……」


 ぽつりとセドゥが呟いた。


「少なくとも、お前みたいに飢えを回避するために兵士にはならなくて済むよな」


 軽口を装って、ディヴィがセドゥの肩をたたき、慰めた。


「俺達は飢えることや、生活が貧しいことに慣れすぎたよなあ」

「疑問に感じさせないために、民に教育を受けさせないという方針もある。搾取さくしゅする相手に知恵をつけさせたくないのだ」


 将軍の発言に皆がギョッとする。


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