第11話 治療⑧

「ばらしたって、状況は変わりませんよ。僕に頭を下げるのは、エトゥールに頭を下げると一緒ですよ?本当にわかっているんですか?」

「理解は、している」

「簡単な話じゃない」

「理解は、している」


 カイルは再びため息をついた。

 次の瞬間、青年から膨大ぼうだい威圧いあつが生まれた。

 その変貌へんぼうぶりにガルースは息をのんだ。命を取られるような危機を感じるレベルだった。

 賢者は低い声で言った。


「賢者の知恵――これを手に入れるには、相当の代価と覚悟が必要だ」


――覚悟

 それはエトゥールに特使として、派遣された時にすでに必要だった。エトゥール王に殺されることは、想定されていた。

 だが、代価とは?

 ガルースは威圧いあつくっせずに尋ねた。


「私には、もうこの身一つしか残されていない。代価とは?」

「エトゥール王は、その身を欲している」

「……なるほど、公開処刑か」


 賢者の表情が崩れた。

 威圧が消え、彼は軽く口をあけ、慌てて手を左右に振って、その予想を否定した。


「違う、違う。公開処刑なんて利点はないでしょう?」

「過去の戦争犯罪人を見せしめに、処刑して、民衆の人気を掌握しょうあくすることは、よくあることだ」


 カイルは、うげっと心底嫌そうな顔をした。


「野蛮な考えだなあ。それで、貴方の部下達の恨みを買うの?彼等が一生を犠牲にしても、貴方の復讐に奔走ほんそうする未来しか見えないけど?」


 カイルは背後の離宮を振り返った。

 ディヴィ達は、露台バルコニーの手すりから身を乗り出すように、中庭に立つ二人を見守っている。


「では、代価とは何だ?」

「セオディア・メレ・エトゥールは、カストの大将軍を配下に迎えいれたいんだってさ」

「…………………………は?」





 思考が止まった。

 賢者の言葉を理解するのに、時間を要したが、結局は理解できなかった。


「カストの言葉を、間違えていないかね?」

「ちゃんと翻訳してるよ。発音も綺麗きれいでしょ?」

「確かに流暢りゅうちょうだが、理解できない」

「そうでしょう、そうでしょう」


 カイルは腕組みをして、うんうんと頷き、ガルースの混乱に理解を示した。


「もう1回、言ってみてくれ」

「セオディア・メレ・エトゥールは、カストの大将軍を配下に迎えいれたい」

「大将軍とは誰だ?」

「貴方以外にいるの?」

「……いないな」

「いたら、びっくりだよ」

「つまり、私を?」

「貴方を」

「エトゥールの配下に?」

「迎えいれたい、ってさ」


 全容を理解したガルースは思わず叫んだ。


「――何を考えているのだっ、メレ・エトゥールは?!」

「本当に何を考えているんだろうね?東国イストレ暗殺者アサシン口説くどくわ、街のチンピラをスカウトするわ、得体の知れない異世界の遭難者を賢者にするわ――」

「待て、後半に変なものが混じった」

「こちらの事情なので、お気になさらず」


 しれっと、カイルは流した。言葉は完全に素に戻っていた。


「私の愛国心をめているのか?!」

めていないよ。カストの民を救いたいんでしょ?だから、狡猾こうかつなメレ・エトゥールに、つけ込まれているって言ってるの!あの人は、狡猾こうかつで、曲者くせもので、鬼畜きちくで、腹黒はらぐろなんだからこの状況を逃すわけないでしょ?!」

「……エトゥールの妹姫をめとるのでは?義兄ぎけいになる人物についての評だよな?」

「義兄だろうが、真実を語る権利はある」


 カイルは権利を主張した。


「だいたい、貴方がカストの民をエトゥールに逃しちゃうから、フラグが立っちゃったじゃないか」

「フラグ?」

「カストの民がエトゥールに越境えっきょうする。カスト王はカストの民の保護を理由に侵攻してくる。星が落ちている今、戦争なんかに人員を割くわけには、いかないんだ。だから、西の地に避難民を大量輸送をして口実を消したんだ」

「――」

「先触れで、貴方が特使としてきたことに、カスト王と大将軍の軋轢あつれきを察したのは、メレ・エトゥールだ。そこで、メレ・エトゥールの悪癖あくへきが発動しちゃったんだよ」

悪癖あくへき?」

「優秀な人材は、暗殺者だろうが、チンピラだろうが、敵国の大将軍だろうが、欲する最大級の悪癖だよ。周りが止めても、ききやしない」

「――」

「それで僕に無理難題を押しつけてきたんだ」

「無理難題とは」

「大将軍をたらせ、って。僕の無自覚人たらし技術で、大将軍を口説けって言うんだよ。失礼だと思わない?!」



『まさに、適材適所だ』

『ちょっと、黙ってて!!』



「……だから、それを私にバラしていいのかね?」


 ガルースは呆れたように裏工作のできない賢者メレ・アイフェスを見つめた。彼はあまりにも正直すぎた。


「メレ・エトゥールの人選じんせんミスだよ」


 賢者カイルは不服そうに言った。


「僕に貴方を口説くどけるとは、思えない」




『俺は口説くどける方にけるぞ』

『だから、茶々ちゃちゃをいれないでっ!!』




 ガルースは考えこんだ。

 これは本当に人選ミスだろうか?だが、そもそも、狡猾こうかつなメレ・エトゥールが初手しょてを誤ることがあるだろうか?

 人選ミスでなければ、なぜこの青年が敵国カストの将軍の説得役に抜擢ばってきされたのだろうか?

  

「私を臣下しんかに加えてどうするのだ?カスト王に一矢いっしむくいることを目的としているのか?」

一矢いっしむくいるだって?」


 カイルは驚いたように言った。

 見当違いか、とガルースは一瞬思った。


「メレ・エトゥールが一矢いっし程度のささやかな反撃で満足するとでも?カスト王を追い込んで、その先には落とし穴を作って、落ちたところに油と火矢ひやの多段攻撃をくわえて、上から高笑たかわらいをしながら勝ち誇るに決まっているでしょう?」

「……………………」


 賢者の比喩ひゆは的確すぎて、臨場感りんじょうかんあふれていた。ある意味、その反撃のレベルが見当違いだった。


「…………そこまでするか?」

「するのが、メレ・エトゥールだよ。ガルース将軍、貴方はエトゥール王を知らなさすぎる」

「カストでも冷酷無比れいこくむひで有名だった」

「そうなんだ?」

「その王が私を欲する理由がわからない。その大いなる復讐劇シナリオの私の役割は何だ?」

「貴方を切り捨てたカスト王の愚行ぐこうを世に知らしめるために決まっているじゃないか」

「なんだって?」

「民衆と、長年誠実に仕えた臣下しんかをこれだけないがしろにしたんだ。彼に王たる資格はない。その臣下は、民衆のために立ち上がり、カストの王を捨て隣国の臣に下る。その後、その元臣下が、カストの民を救う英雄になれば、これほど、カスト王のよこつらを張り倒して、みつけて、どろに沈める行為はないよね?メレ・エトゥールはそれがしたくて、うずうずしているんだ」

「待て、そんなことのために、私を支援するというわけでは――」

「まさに、その通りだよ。だから、メレ・エトゥールは腹黒はらぐろ策士さくし鬼畜きちく曲者くせもの狡猾こうかつって言ってるじゃないか。しかも相手の最大級のを用意するのが得意なんだ」

「私に対する釣り餌はなんだ」

「もちろん、カストの民の保護だよ」

「――」


 まさに、それは最大級のかもしれなかった。

 今、一番、欲している内容であり、臣下になることでそれが叶うなら、確かに悪い取引では、なかった。

 いや、そう思わせることが筋書きなら、それはそれで狡猾こうかつだった。しかもすでに術中にハマっているかもと、見事に疑心暗鬼ぎしんあんきを生み出している。


「……なるほど、確かに一筋縄ひとすじなわではいかない人物だ……な……」

「でしょ?だから、言ってるんだ」


 カイルは力強ちからづよく主張した。

 こちらも主張する方向が違うだろう、と内心ガルースは突っ込んだ。メレ・エトゥールの手の内と心情を晒し、警戒を呼び掛けるなど、将来の義弟がしていい行為だろうか?


「カストの民を保護すると言っても、行動するのは、ガルース将軍、貴方達だ」

「貴方?」

「貴方が行動すれば、追随ついずいする者はいるでしょ?」


 カイルは離宮の方を振り返った。離宮の露台バルコニーには、ディヴィ達がまだこちらを見ていた。


「彼らが貴方を残して、素直にカスト王の元に帰国するとは思えない」

「……そうかもしれない」

「ただし、カストの歴史的には、貴方は裏切り者としての名をのこす可能性もある。非常に不名誉なことだ」

「……確かに、そうなるな」

「あとは貴方にどれだけの覚悟あるかだ。それをメレ・エトゥールは僕を通して、問いかけている」


 カイルはじっとカストの大将軍の目を見つめた。


「貴方は、カストの民のため行動を起こす覚悟はあるかな?」


 賢者が、ガルースの決意のほどを問いかけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る