第10話 治療⑦

「暗器を所持した手練てだれは、西の民の若長達に対峙たいじしてもらいました。あとは、避難民の中に紛れ込んでいた間者かんじゃは、僕が見つけ出しました」

「……どうやって?」

「不安にかられている集団の中で、平然としている人物を探し出すことは容易たやすいことですよ。目の動きや、行動、言葉、漏れ出る癖など多数あります。僕はそういうことを見抜く特技があります」

「――」


 賢者の指摘は、もっともだった。だが、矛盾むじゅんもあった。


「……避難民の逗留地とうりゅうちと我々の動きはどうやって把握はあくしたのだ?」

「それについては、黙秘をさせてください。ただ、エトゥールをめないでいただきたい。我々は、カストが3度の警告を無視したことも、多大な被害をこうむっていることも把握はあくしています。避難民の越境えっきょうと位置の把握はあくなど、お茶の子さいさいです」




『俺の多大なる貢献こうけんでな』

『報酬は、カストに生息している動物情報でいい?』

『取引成立だ』




「まさか、直接訪れたとでも――」

「実際、僕達は訪れました」


 時系列の矛盾むじゅんを指摘しようとして、ガルースはやめた。得意げな表情を浮かべている狼型のウールヴェが視界に入ったからだ。

 ウールヴェに騎乗してどうやって移動するだろうか。翼が生えて、空を飛ぶとでも言うのだろうか。 

 試さなければ、結論はでなかった。


「……そのウールヴェを使ってか?」

「はい」

「……いつ?」

「将軍達が、避難民の居留地きょりゅうちを出立されたニ日後ぐらいですかね。そこで、暗殺者と間者かんじょを洗い出すのに二日、怪我人と病人の処置に三日、そこから僕達はとんぼ帰りで謁見えっけんのぞみました。あとは辺境警備の兵団に移動の段取りをしてもらったわけです」

「移動の段取り?」

「それについては現地で説明しましょう」

「……避難民の治療もしたと?」

「もちろんです」


 シルビアが代わって言った。


「なぜ?」

「将軍は理由にずいぶんこだわりますね?怪我人けがにんや病人がいれば、治療するのは医者として当然の矜持きょうじです。エトゥールはともかく、私達に国境は無関係です。将軍達ですら治療したのだから、避難民を治療するのは当たり前ではないですか。空から星が降ったことに、カストの民に罪はありません。将軍が民を避難させるために、街を焼いたことは理解しますが、いささか乱暴であったと思います。火傷やけどの患者も多数でしたよ」

「非難は甘んじて受けよう」

いさぎよい態度ですね」


 ガルースはカイルに向き直った。


「ウールヴェに乗せてもらおうか」

「将軍っ!」

「騒ぐな。カストの刺客が心配なら、エトゥールの敷地内でもかまわない。可能だろうか」

「試しに、ここから、中庭に移動してみますか?」

「よかろう」


 大きくなっていたトゥーラは、二人が乗りやすいように身をかがめた。


はみ手綱たづなもないのか」

「本来、騎乗する生物ではありません」

「そりゃそうだな……」


――よくできる 代表


 ウールヴェの言葉にガルースは少し笑いを漏らした。


「行きます」


 二人が乗ったウールヴェは姿を消した。それを目撃したガルースの部下たちは驚愕きょうがくの叫び声をあげた。




 それは全く一瞬のことだった。

 部屋の中にいたはずなのに、エトゥール城の中庭にいた。滞在にあてがわれた離宮が見える。

 またたきをするわずかな時間の出来事で、ガルースは平静をよそおうことに全力をそそがなければいけなかった。


「いかがですか?」


 ガルースが返事をする前に、ディヴィの叫びが聞こえた。


「ガルース将軍っっっ!!」


 離宮の部屋から露台バルコニーに飛び出してきた部下達の姿がガルースの視界に入った。

 ガルースは彼らを安心させるために、大きく手をふり、無事を知らせた。それを認めたディヴィ達全員が、安堵あんどのためか露台バルコニーにへたり込むのが見えた。


 手綱たづなくらもないウールヴェの乗り心地ここちは、意外なことに悪くなかった。

 ガルースの中で魔のけものに対する恐怖はだいぶ和らいでいた。


――魔物じゃないってば


 ガルースの心を読んだのか、ウールヴェが言った。

 子供がねて声高に主張しているような印象があった。


「すまない。長年ながねんくせだ」


――許す


 ガルースはウールヴェの背から降り立った。

 二人が降りると、ウールヴェの身体はみるみるちぢみ、元の狼くらいの大きさになった。


「……死んだウールヴェと違って、ずいぶん幼い印象がある」

「実際、幼いですよ。食い意地いじがはっているし、誰にでも懐きます」


――ひどいよ かいる


「だが、こちらの心と言葉をちゃんと理解している賢さがある」


 ガルースの言葉に、トゥーラは鼻高々に主人を見つめた。


「こういう風に、自惚うぬぼれるので、めるのは程々ほどほどにするべきです」


 青年の苦情に似た言葉に、ガルースは再び笑いをらした。


――かいるだって めて伸びるタイプだって言って 甘えるくせに


 余計なことを言ったウールヴェは、主人に即座に軽くはたかれた。

 学習能力は発展途上、とガルースは判断した。


 ガルースは夢の中で、死んだウールヴェから得た助言を思い出していた。

 ガルースは目の前に立つ自分より若い賢者に頭を下げた。


「エトゥールの賢者メレ・アイフェスよ、カストのたみを救う知恵を伺いたい」






 カイルは非友好国カストの将軍に、突然頭を下げられて、やや慌てた。


「待ってください。僕は何も知恵などありません」

「死んだウールヴェが、民を救いたければ、賢者メレ・アイフェスにきくように夢の中で助言をくれた」


 その言葉にカイルは固まった。


「なんですって」

「星がカストに落ちるか、賢者メレ・アイフェスが知っていると。王が聞く耳を持たないだろうとも言われた。どうにか民を救う方法はないか、と尋ねたら、金髪の賢者メレ・アイフェスに聞いてみるといい、と助言を受けたのだ」

「――」


 カイルはガルースをじっと見つめた。


「……嘘じゃないですねぇ……」

「部下も夢で同席していた。彼等の証言を聞いてもらってもいい。信じ難いことだが――私自身そう思っているが――事実だ」


 賢者は、なぜか吐息をもらした。

 即座に拒否されなかったことに、ガルースは交渉こうしょう余地よちを悟った。


「ですが、長年エトゥールと対立してきた歴史を振り返ると、いささか虫の良い願い事だと思いませんか?」


 賢者の言い分は、真っ当だった。


「今回の出来事で、歴史書をひもきましたが、貴方の国は何度もエトゥールに侵略を試みている。その度にエトゥール側にも犠牲を出している。親兄弟を殺された恨みは深い。西の民との和議のようにはいかないでしょう。そもそも貴方達の王に、その気はない」

「返す言葉もない」

「そもそも、悪魔の国と定義されているエトゥールの賢者の助言が欲しいと?」

「民が助かるなら」


 老獪ろうかいな大将軍の決意は堅かった。

 責任と重圧を背負っている目。

 それはエトゥールに初めて降り立った時、カストの侵攻に対して地図を乞うたセオディア・メレ・エトゥールの眼の光と同じものだった。

 突然、カイルは発狂したように叫んだ。


「ああ、ああ、ああ、もうやんなっちゃうよっ!!世界の番人とメレ・エトゥールの手のひらで、転がりまくっているじゃないかっ!!すごく気に入らないっ!!最善策であっても、気に入らないっ!!」


 金髪の青年は口調をがらりと変え、両手で自分の髪の毛をかきむしっていた。ガルースの方が、その様子にギョっとした。


「メレ・アイフェス?」

「ガルース将軍、わかってます?そう言い出すことが、すでに狡猾こうかつなメレ・エトゥールの術中じゅっちゅうにハマっているんですよ?」

術中じゅっちゅう?」

「メレ・エトゥールはね、貴方がカスト王よりも民のことを案じているところに、まさにつけ込もうとしているんですっ!!」


 カイルは老将軍に人差し指を突きつけた。


「……それを私にバラしていいのかね?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る