第9話 治療⑥
その指摘は正しかった。
カスト王が底なしに
――カストの民は、こちらの好きにさせてもらう
ガルースの脳裏にメレ・エトゥールの言葉が
あの時、すでに西の地に送ることが決まっていたのか。西の地の若長の同席は、特使の殺害の件ではなく、避難民の移送にからむものだったに違いない。
ガルースは
「――我々の治療は、善意を装っていたが、実はその時間稼ぎのためだったのか?」
「ああ、それは違います」
カイルは首を振った。
「精霊に対して偏見のある貴方達に、メレ・アイフェスの技術で治療をすれば、誤解が生まれ、ますます偏見が強まるじゃないですか。我々がもっとも回避したい事象です。今回の治療は、メレ・エトゥールですら予測していなかった
「暴走って、言わないでください」
シルビアがいつもの無表情のまま、抗議した。
「恐怖の大将軍・
「そこは塩でしょう」
「……ごめん……ウールヴェのリードに洗脳されていた……」
アルコール至上主義のウールヴェの悪影響が
ガルースは考えこんだ。
二人の会話は、明け透けであり、陰謀の加担の影はなく、むしろ真逆であった。メレ・エトゥールが予測しなかった敵将の治療という証言がリアルだった。
だが、一方で明らかな
「待ってくれ。時間の計算があわない。我々は十日前いや――寝ていた時間が嘘ではないなら、二十日前に国境を越え、そのそばの避難民の滞在地を通過した。エトゥールの都から国境は、約十日の距離だ。怪我人も病人もいる。我々が
「さすがガルース将軍。状況判断が的確です」
「……からかっているのかね?」
「いいえ、将軍も体験してみますか?」
誘いのノリが、ちょっとお茶でもいかがですか、と同等だった。
「何を?」
「ちょっと不思議な移動手段を」
カイルという名の賢者は、再び微笑んだ。
「具体的には、どういうことだ」
「まずは、カストの民がいた難民キャンプに行きましょう」
「なんみんきゃんぷ?」
「失礼。避難民の一時滞在していた国境地帯のことです」
「それで」
「そこから西の地に行きましょう」
ガルースはため息をついた。
「我々をさらに一ヶ月以上足止めすることを企んでいるのか?」
「はい?」
カイルは首を
「カストの国境まで10日、そこから西の地は、少なくとも二週間、そこからカストへ帰還することを考えれば――」
「ああ、なるほど。確かに馬で移動すると、それぐらいの時間がかかりますね」
――馬で移動すると
妙な表現だった。
「馬以外に何があると言うんだ」
ディヴィは突っ込んだ。
「まさか、徒歩で移動しろというのか」
「そんな
「
「それは、そうですが」
否定しないのか、とカストの使者達は全員心の中で突っ込んだ。
「……あ、でも、この移動手段は、ややカストの民には心理的負担はあるかも?」
賢者の
「心理的負担?」
「はい」
カストの民の心理的負担とは、なんだろうか?
何故だか、賢者のウールヴェが得意そうな顔をしていることに気づき、ガルースは
「まさかと思うが――」
「はい」
カイルは
「国境そばの、避難民の元駐留地までは、ウールヴェの背に乗って移動します」
ガルースは思わず聞き返した。
「ウールヴェで?」
「はい」
「移動?」
「はい」
「
「
今度はカイルが首を
「移動するのだから、馬型のウールヴェがいるのだろう?」
「ああ、いえ、馬型ではありません。騎乗訓練もしたことはありません」
――したことないよ
なぜ、お前が答える、と使者達の視線がウールヴェに集中した。
トゥーラはその視線の意味を勘違いして、さらに得意げになった。
――よくできるウールヴェの代表
「「「「「………………」」」」」
嫌な予感はますます成長した。
「まさかと思うが……」
「はい、この子に乗って移動します」
「無理だ」
ガルースは即座に断じた。
「やっぱり、ウールヴェの背中に乗ることは、嫌ですか?」
「そうではない。私の体重では、この子の背骨が折れる」
カイルは少し笑った。魔物と定義しているウールヴェの身を心配するのは、意識の変化だろうか?
「心配ご無用です。トゥーラ」
カイルの呼びかけに、トゥーラはすぐに意図を正確に察して、大きさをかえた。
人が2、3人は騎乗できそうな、巨大な狼の姿になった。突然の変化に、ガルース以外のカストの関係者は小さな悲鳴をあげ、皆、壁にへばりついた。
「やっぱり魔物じゃないかっ!!」
ディヴィが怒鳴った。
――だから魔物じゃないってば
――うーるゔぇ だよ いい加減覚えてよ
「うるさい、犬っころっ!!」
――犬じゃない
即、トゥーラは反応した。
――そこ すごく
カイルが補足をした。
「犬扱いは、僕達でも怒られます」
「なぜだ?」
「さあ?」
「君達のウールヴェの話だろう?」
「探究する
「……おい」
「ところで、どうされますか?ウールヴェの背に乗られますか?」
「乗ろう」
即決だった。
「将軍っ!だから、勝手に決めないでください!」
「お前達は、ウールヴェが怖いだろう。ここで待機していればよい」
「将軍を一人で行かせるわけがないでしょうっ!同行します!」
ディヴィの申し出に、他の面々も頷く。
「別に危険はないが?」
「何をおっしゃいますっ!暗殺の危険性がありますっ!」
「エトゥールがその気なら、治療などせずとっくの昔に――」
「カストです」
「――」
重い沈黙が流れた。ディヴィも口にしたくない事実を証言して、顔をしかめていた。
「なるほど、
「避難民に紛れている可能性が大いにあります」
「あの〜〜」
賢者である青年は会話に割って入った。
「今のは、避難民の中に、将軍に対する暗殺者やエトゥールへの
「そうらしい」
「
「
ガルースは理解できず、眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「避難民に
とんでもない報告に使節団全員が顔色を変えた。
この賢者は、いったいどこまでこちらの
ガルースは頭が痛くなってきた。
「どこから、突っ込んだらいいのか……カストの
「はい」
「どうやって?」
「幾つか方法がありまして」
青年は
「一つは経験を、しましたよね?」
「何を?」
「
あっ、と叫び声をあげたのは、ディヴィだった。
「あのなんでも見抜く鋭い少年か!」
「彼も
「あんなに若いのに?!」
「見てくれに
「……暗殺者を保護するとは、何を考えているんだ」
「え?暗殺者の保護ってそれこそメレ・エトゥールの
まったく意味不明だったが、ガルースは
「それから?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます