第9話 治療⑥

 その指摘は正しかった。

 カスト王が底なしに残虐ざんぎゃくおろかであっても、西の民に戦争を仕掛けるほど馬鹿ではなかった。西の民は、売られた喧嘩は必ず買い、その首魁しゅかいであるカスト王を討ち取るまで反撃の手はゆるめないであろう。


――カストの民は、こちらの好きにさせてもらう


 ガルースの脳裏にメレ・エトゥールの言葉がよみがえった。

 あの時、すでに西の地に送ることが決まっていたのか。西の地の若長の同席は、特使の殺害の件ではなく、避難民の移送にからむものだったに違いない。

 ガルースは憮然ぶぜんとした。


「――我々の治療は、善意を装っていたが、実はその時間稼ぎのためだったのか?」

「ああ、それは違います」


 カイルは首を振った。


「精霊に対して偏見のある貴方達に、メレ・アイフェスの技術で治療をすれば、誤解が生まれ、ますます偏見が強まるじゃないですか。我々がもっとも回避したい事象です。今回の治療は、メレ・エトゥールですら予測していなかった治癒師ちゆしのシルビア個人の暴走です」

「暴走って、言わないでください」


 シルビアがいつもの無表情のまま、抗議した。


「恐怖の大将軍・隻眼せきがんのガルースを、両目にしてどうするの。間違いなくカストの戦闘力増強じゃないか。エトゥールの敵国に酒を送っている」

「そこは塩でしょう」

「……ごめん……ウールヴェのリードに洗脳されていた……」


 アルコール至上主義のウールヴェの悪影響が露見ろけんした。


 ガルースは考えこんだ。

 二人の会話は、明け透けであり、陰謀の加担の影はなく、むしろ真逆であった。メレ・エトゥールが予測しなかった敵将の治療という証言がリアルだった。

 だが、一方で明らかな矛盾むじゅんがあった。


「待ってくれ。時間の計算があわない。我々は十日前いや――寝ていた時間が嘘ではないなら、二十日前に国境を越え、そのそばの避難民の滞在地を通過した。エトゥールの都から国境は、約十日の距離だ。怪我人も病人もいる。我々が謁見えっけんしてから、眠りについた十日でカストの避難民を移動させるのは、無理だ。我々は街道でエトゥールの軍隊とすれ違っていない。どうやって八千の民を移動させたというのだ?」

「さすがガルース将軍。状況判断が的確です」

「……からかっているのかね?」

「いいえ、将軍も体験してみますか?」


 誘いのノリが、ちょっとお茶でもいかがですか、と同等だった。





「何を?」

「ちょっと不思議な移動手段を」


 カイルという名の賢者は、再び微笑んだ。


「具体的には、どういうことだ」

「まずは、カストの民がいた難民キャンプに行きましょう」

「なんみんきゃんぷ?」

「失礼。避難民の一時滞在していた国境地帯のことです」

「それで」

「そこから西の地に行きましょう」


 ガルースはため息をついた。


「我々をさらに一ヶ月以上足止めすることを企んでいるのか?」

「はい?」


 カイルは首をかしげる。


「カストの国境まで10日、そこから西の地は、少なくとも二週間、そこからカストへ帰還することを考えれば――」

「ああ、なるほど。確かに馬で移動すると、それぐらいの時間がかかりますね」


――馬で移動すると


 妙な表現だった。


「馬以外に何があると言うんだ」


 ディヴィは突っ込んだ。


「まさか、徒歩で移動しろというのか」

「そんな鬼畜きちくな」

鬼畜きちくはメレ・エトゥールの専売特許せんばいとっきょではないかっ!」

「それは、そうですが」


 否定しないのか、とカストの使者達は全員心の中で突っ込んだ。


「……あ、でも、この移動手段は、ややカストの民には心理的負担はあるかも?」


 賢者のつぶやきは、不吉だった。


「心理的負担?」

「はい」


 カストの民の心理的負担とは、なんだろうか?

 何故だか、賢者のウールヴェが得意そうな顔をしていることに気づき、ガルースはきもが冷えた。


「まさかと思うが――」

「はい」


 カイルはうなずいた。


「国境そばの、避難民の元駐留地までは、ウールヴェの背に乗って移動します」


 ガルースは思わず聞き返した。


「ウールヴェで?」

「はい」

「移動?」

「はい」

騎乗訓練きじょうくんれんをしたウールヴェがいるのかね?」

騎乗訓練きじょうくんれん?」


 今度はカイルが首をかしげた。


「移動するのだから、馬型のウールヴェがいるのだろう?」

「ああ、いえ、馬型ではありません。騎乗訓練もしたことはありません」


――したことないよ


 なぜ、お前が答える、と使者達の視線がウールヴェに集中した。 

 トゥーラはその視線の意味を勘違いして、さらに得意げになった。


――よくできるウールヴェの代表


「「「「「………………」」」」」


 嫌な予感はますます成長した。


「まさかと思うが……」

「はい、この子に乗って移動します」

「無理だ」


 ガルースは即座に断じた。


「やっぱり、ウールヴェの背中に乗ることは、嫌ですか?」

「そうではない。私の体重では、この子の背骨が折れる」


 カイルは少し笑った。魔物と定義しているウールヴェの身を心配するのは、意識の変化だろうか?


「心配ご無用です。トゥーラ」


 カイルの呼びかけに、トゥーラはすぐに意図を正確に察して、大きさをかえた。

 人が2、3人は騎乗できそうな、巨大な狼の姿になった。突然の変化に、ガルース以外のカストの関係者は小さな悲鳴をあげ、皆、壁にへばりついた。


「やっぱり魔物じゃないかっ!!」


 ディヴィが怒鳴った。


――だから魔物じゃないってば


 蒼白そうはくになっているディヴィの相手をしたのは、当のトゥーラだった。


――うーるゔぇ だよ いい加減覚えてよ


「うるさい、犬っころっ!!」


――犬じゃない


 即、トゥーラは反応した。


――そこ すごく大事だいじ とても大事だいじ 犬じゃないことは最高に大事だいじ


 カイルが補足をした。


「犬扱いは、僕達でも怒られます」

「なぜだ?」

「さあ?」

「君達のウールヴェの話だろう?」

「探究するひまがなかったので――わかったら、ぜひ僕達にも教えてください。なぜだか、理由を語ってくれないんです」

「……おい」

「ところで、どうされますか?ウールヴェの背に乗られますか?」

「乗ろう」


 即決だった。


「将軍っ!だから、勝手に決めないでください!」

「お前達は、ウールヴェが怖いだろう。ここで待機していればよい」

「将軍を一人で行かせるわけがないでしょうっ!同行します!」


 ディヴィの申し出に、他の面々も頷く。


「別に危険はないが?」

「何をおっしゃいますっ!暗殺の危険性がありますっ!」

「エトゥールがその気なら、治療などせずとっくの昔に――」

「カストです」

「――」


 重い沈黙が流れた。ディヴィも口にしたくない事実を証言して、顔をしかめていた。


「なるほど、しびれの切らした王が刺客しきゃくをよこすか……ありうるな」

「避難民に紛れている可能性が大いにあります」

「あの〜〜」


 賢者である青年は会話に割って入った。


「今のは、避難民の中に、将軍に対する暗殺者やエトゥールへの間者かんじゃがいるかもしれないって、話ですよね?」

「そうらしい」

面通めんとおしをしますか?」

面通めんとおし?」


 ガルースは理解できず、眉をひそめた。


「どういう意味だ?」

「避難民にまぎれていたカストの間者かんじゃ拘束こうそくされて、エトゥール城の地下に収監しゅうかんされています」


 とんでもない報告に使節団全員が顔色を変えた。


 



 この賢者は、いったいどこまでこちらの度肝どぎもを抜くんだろうか。

 ガルースは頭が痛くなってきた。

 顳顬こめかみを押さえつつ、エトゥールの賢者を問いただした。要点を一つ一つ確認するしかなかった。


「どこから、突っ込んだらいいのか……カストの間者かんじゃとらえたと?」

「はい」

「どうやって?」

「幾つか方法がありまして」


 青年は呑気のんきに解説を始めた。


「一つは経験を、しましたよね?」

「何を?」

暗器あんきを持ってて、全て没収されたじゃないですか」


 あっ、と叫び声をあげたのは、ディヴィだった。


「あのなんでも見抜く鋭い少年か!」

「彼も賢者メレ・アイフェスです」

「あんなに若いのに?!」

「見てくれにだまされないでくださいね。とりあえず、あやしい武器を隠し持っている人物をまずはとらえました。てっきり、エトゥール王を目的にしていると思ったし、西の民に喧嘩を売るにしても、襲撃者の生命の方が風前ふうぜんともしびなので、保護しました」

「……暗殺者を保護するとは、何を考えているんだ」

「え?暗殺者の保護ってそれこそメレ・エトゥールの専売特許せんばいとっきょですよ?」


 まったく意味不明だったが、ガルースは解釈かいしゃくすることをあきらめた。


「それから?」

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