第8話 治療⑤
ガルースは不覚にも手にした
コロコロと床に転がった果物を、出現した狼に似た獣は、器用に
それから、おかわりが欲しそうにガルースを見つめ、複数ある
「……そういうところが
――
副官であるディヴィは上官を
「そ、その犬が
――犬じゃないっ!
ディヴィは頭に響いた声に、身体をのけ
「ま、魔物――」
――魔物じゃないっ!僕には、トゥーラという名があるっ!
――ありがとう
トゥーラの辞書には「
ガルースは次の
将軍の暴走に青ざめたのは、副官だった。
「ちょっ――将軍っ!何やってるんですか?!」
「
「そうじゃなくっ!!魔物の
――魔物じゃなく ウールヴェだよ
厳格な訂正の声に、ディヴィは身をすくませたが、聴こえないふりをした。
「お前も、おかしなヤツだな。戦場では、雨のように降る矢の中を特攻するくせに、賢者が所有する獣が怖いのか?」
「変な突っ込みをしないでくださいっ!こいつらは、教団が指定する魔の使いですって!魔物ですよ?!」
「……確かに食欲は魔物並みだな……」
将軍の感想に、
――だから 魔物じゃないって
拒否感丸出しのディヴィの言葉に、トゥーラは答えた。
「お前なんか、魔物と一緒だっ!」
――失礼だなあ
ウールヴェは不満げに鼻を鳴らした。
「ほら、
獣はすぐにガルースの方を向き直り、尻尾を大きく振った。
「足りなくなりそうだ……。追加をもらってもいいかね?」
カストの将軍は専属護衛の方を向いて注文した。待機している女性の専属護衛が動いた。
すぐに侍女達が林檎を山盛りにした
他の侍女達は食後のお茶の用意をした。彼女達は、目的を終えると静かに部屋から去った。
侍女達が退室したのを確認してから、ガルースはウールヴェに話しかけた。
「トゥーラ……だったな。
「将軍っ!」
――いいよ
ガルースは頭に触れ、耳に触れ、手足に触れて骨格を確認した。
カストでは魔物と定義される存在に、
セオディア・メレ・エトゥールが、特使を殺したカストの使節団を受け入れたのは、ガルース将軍が使節団の代表だったからではないだろうか?
「カストの
「そうなのですか?」
――犬じゃない
「ああ、すまぬ。犬扱いしたわけではない――狼はいいのかね?」
――いいよ
「なぜ、
素朴な質問が将軍から出た。ウールヴェは考えこむように首を傾げた。
――好みの問題……?
「メレ・エトゥールの好みは
――ううん ウールヴェ側の
「では、君はなぜ狼の姿なんだね?」
――
「
「エトゥールに関わった初代メレ・アイフェスのウールヴェが狼に似た姿をとっていたようです」
「ほお」
カイルの解説に、ガルースはシルビアの方を振り返った。
「すると、貴女のウールヴェも狼型か?」
なぜか、シルビアは質問に激しく動揺したようだった。
「い、いえ、違います」
「見ることは可能か?」
「私のウールヴェは、特におしゃべりではありませんし、名前もありませんし――」
ゴニョゴニョとシルビアは言い訳をした。
「害さないことを約束しよう」
「いえ、そうではなく――わかりました。ここに呼ぶので、驚かないでください」
カイルは将軍に向かって補足説明を始めた。
「女性のウールヴェは総じて小柄なことが多く、肩に乗せたり――」
「これが肩に乗るのかね?」
「え?」
カイルは振り返って、ギョっとした。
驚かないでください、の警告は使節団に向かってではなく、カイルに対してだったことを、
シルビアのウールヴェは、フェレットに似た個体のはずだった。
少し顔を赤らめている銀髪の治癒師の横には、死んだウールヴェと似た、一回り小さい
その
ファーレンシアとの婚約の儀での夜の
つまりはそういうことなのだ。
シルビアは少し
カイルは言葉が見つからず、口をパクパクとさせた。
ミナリオがカイルに近づき、そっと
「カイル様、このような場合、エトゥール流の礼儀として、見て見ぬふりをする、ということをします。カイル様の時も、そのようにしておりました。追求するのは、
今度はカイルの方が頬を染めた。
『本当に腹芸ができないヤツだな』
『そこで、突っ込みをいれないで!!』
カイルの動揺にカストの人々は気づかなかった。死んだウールヴェと瓜二つの小柄なウールヴェを見守っている。
「なるほど、貴女のウールヴェは、メレ・エトゥールのものと
「……はい」
シルビアのウールヴェは、すぐに彼女の背後に隠れてしまい、使節団に近寄ろうともしなかった。
「すみません。まだ、仲間の死に動揺しているので……」
「いや、無理を言ってすまなかった」
ガルースは、カイルのウールヴェを顧みた。
「こちらのウールヴェは人見知りしないのだな?」
「……おやつをくれる人なら誰にでもなつきます」
――そんなことないよ
ウールヴェはガルースをじっと見つめた。ガルースはその瞳が主人と同じ金色であることに気づいた。
「こちらの言葉もよく理解している」
――よくできる代表
「――ユーモアのセンスもあるようだ」
「
カイルが将軍の誉め殺しに、やんわり釘をさした。
――ひどいよ かいる
「事実だろう」
賢者とウールヴェのやりとりに、ガルースは笑った。
「貴重な体験をさせてもらった。感謝する」
ガルースは二人に対して礼を述べた。
「我が国の教団の教えが
「将軍!」
ガルースの教団批判に慌てたのは部下達だった。異教徒として処断されるレベルだった。
「滅多な発言をしないでくださいっ!
「私は
「将軍!やめてくださいっ、」
「処分されては困ります。ガルース将軍閣下には、導いてもらわないと」
「導く?」
ガルースは賢者の言葉を聞き咎めた。
「何をだ?」
「貴方がエトゥールに逃したカストの民をです」
カイルは静かに答えた。
はっ、とガルースは思い出した。
国境付近には、多数のカストの民が避難しているのだ。
それを口実にカスト王はエトゥールへの進軍を開始するであろう。
「大丈夫です」
ガルースの心を読んだように、賢者は片手をあげて、ガルースの
「カストの民はすでに国境付近にはいません。安心してください。移動しました」
「移動?何を言ってる。八千近くの民を移動するなど――」
ガルースは重要な事実を見落としていることに、ようやく気付いた。
「……今日は何日だ?」
「はい?」
「……我々はどのくらい寝ていたんだ?賢者の技術でも、一晩で目や指が治癒できると思えん。あれから何日すぎている?」
「さすがですね。目のつけどころが違います」
将軍の推論を賞賛したのはシルビアだった。
「あの謁見の日から、十日ほど過ぎています」
「「「「なんだって?!!」」」」
カストの使者達は絶句した。
ガルースは混乱した。
知らない間に時間が経過し、しかも寝て過ごしていたとは信じ難いことだった。
だが、エトゥールに属する賢者が嘘を言う理由は、思いつかなかった。
質問する事項が、山ほど生まれていた。
――大丈夫だよ 遅れは取り戻せる
ウールヴェが謎に満ちた助言をした。
「……あれから十日過ぎていると?」
「はい」
カイルは頷いた。
「……カストの民が移動したとは……?」
「貴方が危惧した通り、戦争の口実になることを回避するために、国境付近から移動してもらいました」
「……どこに?」
「西の地に」
「………………は?」
ガルースは、ますます混乱した。
「なぜ、西の地に?いや、この短期間で西の地に移動させるのは無理だろう?距離がありすぎる」
「カストの王も、西の民相手に進軍は、できないでしょう?」
カイルは、にっこりと微笑んでみせた。
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