第7話 治療④

「まず、一点ほど指摘させていただきます」


 賢者は、卓の上で指を組み、代表者であるガルースを見据みすえた。


「カストの文化にある、エトゥールに対する偏見へんけん――邪教徒じゃきょうと、悪しき異教徒いきょうと、ウールヴェはやみの使いのたぐいを少しの間だけ棚上たなあげしていただきたい。それは僕がこれから話すことを客観的に判断する邪魔になるからです」

「やや、難しいな、それは。長年染みついたものがある」


 ガルースは率直そっちょくに答えた。


「そうでしょうね。それが地上の文化の歴史でもあります。その点は理解していますが、僕が話す内容は、その偏見へんけんと真っ向から対立すると思われます。エトゥールには、幻術や恐怖をあおる意図はまったくないことは認めていただきたい」

「まあ、すでにそうだな。一応、留意しよう」


 カイルは、自分が描いた絵を指でつついた。


「この絵は、僕のウールヴェに案内されて、僕達が連れて行かれた場所です。西の地の若長も同行していましたから、彼に証言を確認していただいても結構です」

「そこはどこか?」


 ガルースの問いかけは当然だった。賢者は困った表情を浮かべた。


「西の地を何日か歩いたあとに、聖域と呼ばれる地に入りましたが、その――信じていただけないと思いますが――忽然と森が消え、この場所にいました。彼も一緒にいました」


 カイルは専属護衛であるミナリオを振り返った。専属護衛は頷くことで主人の証言を肯定した。


鬱蒼うっそうと茂る森を抜けると、その場にいました。日中のような明るさと、雲ひとつない青空であるにもかかわらず、太陽はどこにもありませんでした」


 専属護衛の静かな証言に、使節団に動揺どうようが走った。夢の中の条件と見事に一致する。

 ガルースは考え込んだ。先ほどのガルース達の寝起きの議論を盗み聞きしての、でっち上げという可能性はあるだろうか?


「何をしに、そこへ?」


 カイル・メレ・アイフェス・エトゥールは、再び困ったような表情を浮かべた。


「ちょっと込み入った事情で僕の相棒である人物のウールヴェを探しに」

「相棒である人物?それは賢者なのか?」

「ええ」

「賢者もウールヴェを使役すると?」

「実際、僕も使役しています」

「だが、一度も見かけていない」

「カストがウールヴェを忌避きひしているのは、存じ上げています。ですから、今、エトゥール城にいるウールヴェは、基本的に部屋に籠っています」

「我々に害されることを恐れて?」

「正直それは否定できません」


 カイルはあっさりと認めた


「貴女もウールヴェを持っているのか?」


 ガルースはシルビアに問いかけを投げた。


「はい、持っています」


 ガルースはカイルを見た。


「で、その地に、わざわざウールヴェを探しに?ウールヴェなど東国イストレがいくらでも商いをしているだろうに?」

「その通りです。僕たちは少々特殊な条件下で、すでに成長したウールヴェが必要だったのです」

「なぜ?」

「僕たちの故郷という遠方の賢者と連絡をとるために」

「――よくわからない。連絡をとるためにウールヴェが必要だと?」

「それは僕たちの加護の事情と思ってくださって結構です」


 ガルースの困惑は広がる一方だった。賢者の説明は、突拍子とっぴょうしもなく、信用するには難があった。だが、なぜか真実を語っている気配があった。


「ここからは僕のウールヴェの証言をもとにした推察すいさつです。あの世界は、現実の地上世界ではないと思われます。精神世界に準じるものかと。僕のウールヴェが言うには、ウールヴェの寿命は長く、主人が先に死んだ場合、残されたウールヴェが回帰する世界のようです。ウールヴェは主人が死ぬと、姿を消すそうです。主人が死ぬと現実世界にいる理由がなくなるのかもしれません。死んだウールヴェの行きつく先もそこなのですね。初めて知りました」


 ガルースは賢者があっさりと不可思議な一致を受け入れたことに驚いた。


「我々のこの突拍子とっぴょうしもない夢の話を信じると?」

「信じます」

「なぜだ?我々がエトゥールに罠をかける可能性もあるのでは?」

「僕は嘘を見抜くことができます。それに精霊を否定する文化を持つあなた方に、話をでっち上げるメリットはないからです。むしろ逆ではないですか?説明できない状況に遭遇そうぐうして、精霊という存在に正面から向き合うことに非常に抵抗があるはずです」

「……よくわかるな……」

「僕がそうでしたから」


 カイルは苦笑して答えた。ガルースは眉をひそめた。


「……メレ・アイフェスがなんだって?」

「私たちの中で、一番頑固がんこで精霊を認めようとしなかったのは、彼です」


 ガルースの質問に、シルビアが丁寧ていねいな解説を加えた。


「認めようとしなかった?メレ・アイフェスが?」

「ええ、エトゥールの守護の象徴しょうちょうである精霊鷹に助けられても、ずっと毛嫌けぎらいしていました。それこそ、カストの民と同じ反応でした」

「――」

「シルビア、だから僕の権威けんいおととさないで」

「事実ではありませんか」

「僕にだって、姫の婚約者として、客人に対して見栄を張りたいんだよ?」

「それを粉砕ふんさいしたくなるのが、私の趣味です」

「……毛嫌いとは?」


 ガルースは馬鹿正直な治癒師の方に問いかけた。


「精霊鷹が腕にとまっただけで、硬直して、姫に助けを求める有様でした」

「シルビア!」


 使節団一行は、メレ・アイフェスの狼狽うろたえたという逸話いつわに親近感をもったようだった。

 カイルは少し顔を赤くして、咳払いをした。

 ガルースは質問を重ねた。


「毛嫌いをしているのに、精霊の眷属けんぞくとされるウールヴェを持っている?」

「僕達も滞在当初はウールヴェについてよくわかっていませんでした。貴族が飼う犬や猫の愛玩動物あいがんどうぶつの類かと――」


――犬じゃない


 盗み聞きをしているトゥーラから抗議の思念が飛んできたが、カイルは黙殺もくさつして話題を続けた。


東国イストレの商人がウールヴェの幼体を売っているところを見たことは?」


 ガルース将軍以外は、皆、首をふる。


「掌に乗る大きさの白い毛玉だった」

「そうです。それが狼に似たものに成長したり、イタチぐらいの大きさだったり、私達の加護に反応して、会話ができます」

「――」


 その証言に、将軍をはじめとする使節団全員がドン引きしていた。


「……ウールヴェがしゃべる?」

「あー、はい」

「夢の中ではなく?」

しゃべります」


 カイルは作戦のミスに、頬をぽりぽりとかいた。馬鹿正直に言い過ぎた。次の展開が読めてしまった。


「証明をしてもらおうか」

「ガルース将軍」

「ウールヴェがしゃべることを」

「ガルース将軍」


 できるもんならやってみろ、とばかりにガルースは胸の前で腕を組み、カイルを見据みすえた。揶揄からかわれていると誤解されたようだった。

 カイルは深くため息をついたが、おもむろに席をたち、テーブルにあったデザート用に山積みされていた果物くだものの一つを手にして、将軍に差し出した。

 行動の意図いとがわからず、将軍はぽかんとした。


「……なんだね、それは?」

林檎りんごです」

「いや、林檎りんごはわかるが――」

「いいから、手に持っていてください。いまから説明します」


 ガルース将軍は、林檎りんごを賢者から受け取った。


「ウールヴェは利口な生き物です。仲間のウールヴェが、カストで惨殺ざんさつされた事実を理解しています。はっきり言って、カストは恐怖の対象なんです」

「それと林檎りんごが何の関係がある?」

「恐怖をくつがえです」

「は?」

「トゥーラ、将軍閣下が林檎りんごをくれるそうだ」


 賢者の妙な召喚呪文に反応して、賢者の横に純白の狼が出現し、カストの使者達は驚きの叫びをあげた。


「……僕のウールヴェは、このように、ちょっと意地汚いじきたないんです」


――意地汚いじきたなくないっ!!


 ウールヴェの怒ったような抗議の声が、全員に聞こえ、しゃべることが同時に証明された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る