第6話 治療③

「では、なぜカストのたみ治療ちりょうをしては、いけないのでしょうか?ここはエトゥール国内です。そして、私は現在、エトゥールの医療従事者いりょうじゅうじしゃ――治癒師ちゆしという立場で属しています。王からもちゃんと許可をいただいています」

「……どんな?」

「カスト王に殺された特使の死体を運んでくる使節団しせつだんを煮るなり、焼くなり私の好きにしてよいと」

「……普通はそうだろう」

「ですから、私は治療ちりょうをいたしました」

「その接続詞はおかしい」


 シルビアは困ったように首を再びかしげた。


「もしや、私のカスト語はおかしいですか?」

「いや、あまりにも流暢りゅうちょうすぎて、困惑するレベルだ。煮るなり焼くなりというのは、処断をまかす意味がこめられているのに、なぜ治療なんだ?」

「いやいや、将軍、突っ込むところが、違いますぜ」


 ディヴィが脇からささやくように忠告した。


「魔女がどうやって、指やつぶれた眼を治したか、聞くべきです」

「この間から気になっていましたが『魔女』とは、どういう意味ですか?」

「お、お前みたいに妖術を行使こうしして、人に害を及ぼす女のことだ!」

「……なるほど。一つ賢くなりました。害を及ぼしてない場合の女性はなんというんでしょうか」

「………………」

 

 うっ、とディヴィが返事につまる。確かに混乱は生み出しているが、害は及ぼしていない。


 エトゥール側の専属護衛達と侍女が、困ったようにカストの使者団と女性賢者のやり取りを見守っている。止めないところを見ると、本当に王から女性賢者の自由にさせるように命じられている気配があった。

 ガルースが静かに尋ねた。


「どうやって、目と指を治したんだ?」

「エトゥールにもない、私達独自の技術と思ってくださって結構です」

「……禁忌の妖術か?」

「違います。説明することはできませんが、何も問題はありません。ついでに老眼ろうがんも治療しておきました」


 さらりととんでもないことを言う賢者に、将軍はそれこそ目元を押さえた。


「最近、細かい文字とか、読みづらかったのではありませんか?」

「…………加齢かれいのなせる技だ……」


 彼女には、部下の前で将軍としての権威をおとしめるつもりはない、と思いたかったが、言い切れない容赦ようしゃなさがあった。


「そちらの貴方」


 賢者はディヴィに向き直った。


「な、なんだ」

「内臓がかなり疲弊ひへいしていました。上司に酒を禁止されているなら素直に従ってください。酒に対する依存症は治療しましたが、心理的負荷ストレスを酒でまぎらわすのは、よろしくないので、原因を解決してください」

「……そこにいる将軍に言ってくれ」


 口をへの字に曲げて、副官は言った。


「俺の心理的負荷は将軍が無茶をすることと比例している」

「どういった点で?」

「エトゥール王に殺されるかもしれないのに、ほいほい使者になることを承諾しょうだくしたりすることだっ」


 ディヴィは怒鳴った。


「なるほど。ではその点は解決しましたね」

「は?」

「メレ・エトゥールは私に処断を一任しておりますから、私は貴方達を治療することはあっても殺すことはしません。お約束しましょう」

「……なんでだ?」


 ディヴィは疑わし気に魔女とおぼしき女性を見つめた。


「エトゥールの敵である我々に、なぜそこまでする?!」

「あの子の亡骸なきがらをエトゥールまで運んでくれたからです。それがカスト王の目的が挑発だとしても。二度とあうことができないと思ったあの子を再び見ることができ、とむらうことができたからです。それについてはお礼を申し上げます。ありがとうございました」


 彼女は静かにガルース達に頭を下げた。


「……同じことを言うのだな」


 ガルースはぼそりと言った。


「……はい?」

「あのけものも同じように礼を言った」

「……なんのことでしょう?」

「昨晩、我々は全員同じ夢を見た。去り行くけものに礼を言われたのだ。エトゥールまで送り届けたことに対して。我々には理解できなかったが」

「……けものというのは……」

「あの死んだ白豹だ。人の言葉をしゃべっていた」

 

 治癒師は侍女の方に向きなおった。


「……カイルを呼んできてもらえますか?」

「ただちに」


 侍女の一人がすぐに部屋を出ていった。


「起きた直後ですから、軽いスープなどを用意させております。食事中にその話を詳しくお聞かせ願えますか?」






 カイルがシルビアに呼ばれて、侍女の案内でカストの使節団が滞在に利用している新離宮に訪れた時、彼らはカストの軍服に着替え食事を終えていた。

 老将軍の左目を斜めに横断していたみにくい傷跡は消えていて、青い瞳が復活していることにカイルは驚いた。部下の男の欠損した指も再生されており、内臓の病変による顔色も段違いでよくなっていた。


「シルビア……やりすぎじゃないかな?」

「そうでしょうか?」

「彼らが故郷に帰ったら、関係者に説明で苦労すると思うよ?」


 カイルは、テーブルに着席したままの使節団の一行に、エトゥール式の礼をした。


「で、僕に話とは?」

「彼らの話を一緒に聞いてください。彼等全員が、あの子と夢の中で話をしたと言っています」

「あの子って……死んだメレ・エトゥールのウールヴェ?」

「はい、その場所が貴方の言っていた例の草原に似ています」

「――」


 カイルは天井を見上げて、吐息をついた。

 それから、空いているシルビアの隣の座席に腰をおろして、客人達を見つめた。


「お話をうかがいましょうか?」





 カストの将軍一行が経験した不可思議な夢の話を、カイルは質問をはさむことなく静かにきいた。

 話を終えても賢者の青年が黙ったままなので、正気を疑われている可能性をガルースは思いあたった。それともエトゥールで日常茶飯事にちじょうさはんじのできごとであるのだろうか?

 青年はどこか遠くを見つめているようだった。


「……メレ・アイフェス?」

「ああ、失礼」

「この件について、どう思われるか?」

「ガルース将軍、いくつか確認したいと思います。最初に、私どもがエトゥール人ではなく異国の人間だと理解していただいていますか?」

「そういう噂は耳にした。それが真実か知りませんが、治癒師はエトゥール人ではない、と会話の中で言ってましたな」


 カイルはちらりとシルビアを見た。


「そうです。私達はエトゥール人ではなく、異国の出身であり、この大陸の文化事情にうとむねをご理解願います。会話の中で、非礼があってもご容赦ようしゃを。カストという国をエトゥール人ほど、理解しておりません。――まず、はじめに私たちの故郷にも『精霊』や『ウールヴェ』は存在しません。ただ『加護』に似た能力はあります。これはエトゥールの秘密でも何でもないので、公言できます」


 使節団一行は明かされた秘密に驚きを隠せなかった。


「賢者の世界にも『精霊』は、いないと?」

「ですから、私共に『精霊』や『ウールヴェ』についての説明を求められても困ります。ただ――」

「ただ――?」

「いろいろ推察はできます」


 カイルは専属護衛のミナリオに大量の紙とペンを用意してもらった。

 賢者がいきなり、高級紙に絵を描きだしたことに皆は驚いた。

 ガルースは困惑して、シルビアの方を見た。


「彼は画家か?」

「画家ではありませんが、絵を描くことがとても上手です」

「この腕前なら肖像画家になれるのでは?」

「彼の絵には実は深刻な欠点があるのです」

「欠点?」

「女性のしわの数や、男性の髪の毛の数を正確にしか描けないのです」


 ぐふっ、と使節団一同が変な音で喉をならし、いっせいに顔を下に向けた。治癒師が冗談を言ったのか、その無表情ぶりから判断がつきかねていた。外交上、笑いを我慢することを彼等は選択した。


「シルビア、僕の権威を地に堕とさないで」

「これはエトゥールの秘密にかかわることですか?」

「違うけど……」

「では問題ありませんね」


 賢者達の会話に、ガルースは咳払いをした。彼は、明らかに笑いの発作を分散させようとしていた。

 しばらくして、絵が完成したとき、使者達は全員驚きの声をあげた。賢者の描いた風景画は、夢で見たものと完全に一致していた。


「や、やっぱり、お前たちが幻術で怪しい夢を見せたんじゃないか?!」


 ディヴィが疑いの声をあげた。


「全員に?」

「そうだっ!」

「死んだウールヴェと会話をさせて、どんな効果が?」

「そ、それは、我々を恐怖におとしいれようと――」

「恐怖におとしいりましたか?」 

「――」


 カストの副官である男は黙り込んだ。

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