第5話 治療②

――きっと知恵をくれる


「だが、私達の国は長年エトゥールと対立して――」


――だから?


「その……敵国に塩を送るような真似をするだろうか?」


――賢者はエトゥール人ではない


――賢者の世界には規律きりつはあっても国境はない


――塩を送るも何も、すでに治療ちりょうを受けているではないか


「……治療ちりょう?」


 白豹は少し面白そうな顔をした。


――これは、目覚めたら楽しそうだ


 目覚めたら――やはり、これは夢か。

 白豹の言葉に納得したが、同時に疑問が沸いた。寝た記憶が全くないのだ。いつの間に寝たのだろうか?


 ガルースの困惑こんわくに、再び獣は面白そうな表情を浮かべた。

 遠距離にいた白豹は、ゆっくりとガルースの方に歩いてきた。

 至近距離まで近づいたとき、再び言葉が聞こえた。



――貴方達の未来に光輝ひかりかがやく祝福を



 その言葉は永遠の別離わかれの挨拶のようにガルースに思えた。


――こうして最後に対話の機会を得られたことを嬉しく思う


 ガルースが言葉をかける前に、白豹は再び走り始めた。


 草原の果ては白い光に包まれていた。獣はそこを目指していた。

 ガルースは目をすがめてその光を見つめた。


 誰かが光の中にいる。多分女性だ。光がまぶしすぎて、シルエットだけで顔は見えない。だが、なぜかエトゥール王族と同じ長い青い髪の女性に思えた。

 その女性が到着した死んだ獣を迎え入れると、白い光は徐々に消え、あとには変わらない長閑のどかで美しい平原にガルース達だけが取り残された。





 不意に現実世界に引き戻された。

 目覚めたガルースは、野営やえいでは味わうことのできない最高級の寝具しんぐの中で、不可思議な夢の余韻よいんに浸っていた。

 いつもと違い、夢の記憶はガルースの中に残っていた。

 だが、余韻よいんひたれたのは数分だった。


 夢の記憶ははっきりとあっても、寝る前の記憶が曖昧あいまいだった。


――ここはどこだ


 部屋を見渡し、装飾そうしょくからエトゥール城内と判断した。

 他にも寝台があり、ディヴィをはじめとする部下達が熟睡している。全員が無事なことに、ガルースはホッとした。


 半身を起こして見て、ガルースは見知らぬ長衣ローブを着ている自分にようやく気づいた。もちろん着替えた記憶もない。

 着替えをされても起きなかったことになる。


 なんたる不覚ふかくっ!


 軍人としてあるまじき油断の結果にガルースはうめいた。

 八つ当たりで爆睡ばくすいしている部下達を叩き起こしたい衝動にかられたが、耐えた。


 だが、そこでガルースはさらなる違和感を覚えた。

 何かが違う。


 ガルースは何が違うかわからなかった。

 やがてその違和感の正体に気づいたとき、ガルースは思わず叫んでしまった。


「そんな馬鹿なっ!!!」


 ガルースが戦場で失ったはずの左眼の視界が復活していた。

 



 

 偉大なる将軍閣下の叫びに部下であるディヴィ達が跳ね起きたのは、長年染みついた条件反射でもあった。

 枕元にない剣を求め、手が虚空こくうをきり、状況確認のための混乱が起きた。

 

「閣下?!」

「敵襲ですか?!」

「剣はどこだ?!」

「なんだ、この服は?!」

「ガルース将軍、その左眼は?!」


 副官のディヴィが、ガルースの変化にいち早く気づいたのは、さすがであった。だが、その優秀な副官も次の将軍の突っ込みは予想出来なかった。


「…………お前の左手もな」

「…………左手?」


 ディヴィは、はるか昔に欠損した2本の指があることに気づき、目をむき、恐怖に絶叫した。


「なんじゃ、こりゃ?!!!?!」


 カストの使者達に大混乱におちいった。


「俺は、まだ夢の中なのか?!」


 ディヴィの狼狽ろうばいの叫びに反応したのはガルースだった。


「夢?」

「あ~~、手の指が治っている夢を見たんですよ……」

「まさか草原で?」

「なんでわかるんですかっ?!」

「私に文句を言った」


 ディヴィはその言葉に硬直した。


「……俺が?」

「お前が、だ」

「……俺……寝言でもいいました?」

「いや、夢の中で私に面と向かって、文句を言った」

「――」

「――」


 双方が黙り込んだ。


「あの……」


 恐る恐る挙手したのは、使節団で一番若いセドゥだった。まだ二十代の彼は、ためらいつつ申告した。


「俺も夢を見ました。副長が閣下を怒鳴ってました」

「――」

「馬鹿野郎、そ、そんな不敬を、俺が――」

「いつもしてるな」


 ガルースは、あらためて全員を見渡した。


「これから聞くことは、ここだけの話にする。異端としての告発も、不敬に関する体罰もなしとする。夢を見た者は?」


 全員が手をあげた。


「地平線まで広がる草原の夢を見たものは?」


 またもや、全員が手をあげた。


「ディヴィが私をののしった夢の記憶がある者は?」

「副長が王を批判していました」

「いつまで愚王ぐおうに仕えるのか、と」

「あの馬鹿に忠義を果たす意味がわからない、と」

「言論の自由を主張していました」


 多数の証言の発生に、ディヴィは言い訳をしようとしたが、ガルースは片手をあげて押しとどめた。

 

「不敬は不問だと言っただろう……他には?」


 皆が黙り込んだ。


異端いたんとしての告発はなしだと言っただろう」

「閣下が……その……死んだ白豹しろひょうと……会話を……かわして……」

「確かに私にもその記憶がある」


 ガルースの肯定こうていに、またしても皆が黙り込んだ。


「いやいやいや、ありえないでしょう」


 ディヴィが引きった笑いを漏らした。


「皆が同じ夢を見たと?ないないない、絶対にない」

「だが、これだけ証言がそろっている」

「そ、そうだ、きっと集団幻覚だっ。薬を盛られたに違いない。あの魔女が何かしたに違いないっ!!絶対にそうだっ!!」

「魔女がどうかしましたか?」


 銀髪の魔女が、専属護衛と侍女達を引き連れて部屋に入ってきた。




 

 まさかの本人登場にディヴィは焦り、怒鳴った。


「ノ、ノックぐらいしろっ!!エトゥールには、そんな礼節もないのかっ?!」

「5回ほどしました。気づいてもらえないと判断しましたので、無許可で入室しました」


 長い銀髪の賢者が無表情で、ディヴィをやり込めた。それから彼女はガルースを見た。


「ガルース将軍閣下。左眼の視界は回復したばかりなので、遠近感が掴めないと思います。立ちくらみなどで、転倒しないよう、ご注意ください」

「左眼の犯人は君か?」

「犯人?」

「剣でつぶされた左眼が見える」

「見えなければ、困ります。苦労しました。「犯人」が「治療した」と同義語ならば、確かに犯人は私です」


 魔女はあっさり認めた。


「ディヴィの左手も?」

「はい」

「なぜ?」

「治療を宣言したはずですが?」


 賢者は、ガルースの質問の意図が読めず、首をかしげた。


「我々はカストの民だ」

「存じ上げております」

「エトゥールと敵対している」

「はい」

「なのに治療を?」

「エトゥールには治療をしてはいけないという法はありません」


 二人の会話は微妙びみょうみ合っていなかった。


「そうではなく」

「私はエトゥール人ではありません」

「だが、未来の王妃だ」

「それが治療と何か関係していますか?」

「なぜ関係ないと思うのだ」


 ガルースは辛抱しんぼう強く語った。

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