第3話 葬送③

 メレ・エトゥールの婚約者は、完全に取り乱していた。

 他国の使節団がいる前での感情の吐露とろは、王族に嫁ぐ身として、あってはならないことだ。

 だが、エトゥール王はそれをいさめるわけでもなく、彼女の肩を抱くと優しくささやいた。


「シルビア嬢、無理をしなくていい。下がるか?」

「いいえ、いいえ」


 女性は激しく首を振った。

 それから気を取り直したように、涙をぬぐい背筋を伸ばした。未来の王妃候補には、気品があった。


「……私はあの子の貴重な命の代価を取り立てなければいけません。メレ・エトゥール、よろしいでしょうか?」

「ああ、かまわない。約束通り、貴女に一任しよう。好きにすればいい」

「そうさせていただきます」


 まあ、そうなるだろう。

 ガルースは想定していた。命の代価は、命であがなうことが慣例だ。つまりは、カストの使節団の代表の命だ。


「使節団の方々には、カストがもっとも嫌悪する精霊に深くかかわっていただきましょう」


 賢者は復讐の魔女と化した。

 どんなに苦しい拷問ごうもんが待っていることだろうか?


「私の治療ちりょうを受けていただきます」

「………………………………は?」







 カストの使者達は、賢者の言葉にぽかんとした。全く意味が理解できなかったからだ。


「…………治療ちりょうとは?」


 間抜けた質問を、ガルースはした。


「治療は治療です。病気や怪我を治すこと。また、そのための医学的処置をさします」

「いや……言葉の定義を問いているのではなく……怪我人や病人などいないのだが」

「何をおっしゃいますっ!!」

 

 何かが女性賢者の逆鱗げきりんに触れたようで、その剣幕けんまくに一同は身をすくませた。


「そこの貴方、ひざと足首に古傷がありますね。冬場や雨の日など相当痛むはずです。不整脈ふせいみゃく――時々、胸が苦しくなったりしているはずです。そこの貴方は、酒の飲み過ぎです。肝臓の機能がかなり落ちています。指の欠損も治しましょう。そちらの方は、背中と肩の傷が――」


 銀髪の女性賢者はカストの使者達の健康状態を正確に見抜き、次々と指摘していった。時折混じる言葉は理解できなかったが、あまりの正確さにガルースの部下達は、恐怖に震え上がった。


 なぜ怪我や病気、古傷の位置まで指摘できるのか?


 酒の飲み過ぎを指摘されたディヴィは別の意味で顔色をかえ、震え上がっていた。


「ディヴィ……」


 隻眼大将軍の声は地獄じごくの底から聞こえたような低さだった。


「酒は禁じたはずだが……?」

「いや、その――」

「2日前の飲酒の痕跡こんせきがあります」

「ディヴィ……」

「なぜ、わかる?!魔女めっ!!」


 ガルースがディヴィを叱咤しったする前に、ガルースの顔は、頬を両手で挟まれ、強引に女性賢者の方を向くように、仕向けられた。

 賢者は女性にしては背の高い方だったが、それでもガルースより頭一つ分低かった。彼女は青い瞳でじっと老軍人を見つめてきた。


「まあ、なんて、治療甲斐ちりょうがいのある目……」


 先程までの涙は消え、純朴な女性が、妖艶ようえんに変貌し、うっとりとしたようにつぶやいた。

 剣傷でつぶれた左目を彼女は、詳細に検分し始め、何やらブツブツとつぶやいていた。


――魔女だ。確かに魔女だ。




「止めないの?」

「カイル殿には止められるか?」

「無理だね」

「私ははなから諦めている」

「だいたい約束って何さ」

「ここ数日の彼女を泣き止ませるための苦肉の策だ。カストの使節団の処断は彼女にまかせることにしたのだ」

「いや、これって、隣国カストとエトゥールの命運を左右する大事な場面だよね?」

「約束したから仕方ない。その大事な場面に、シルビア嬢は見事に想像の斜め上に着地してくれているのだが?」

「……王が婚約者に甘いのが敗因だと思う」

「最近、義弟に似てきたのではないかと、周囲によく指摘される」

「なんでもかんでも僕のせいにしないで」


 カイルは未来の義兄に釘を刺した。

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