第2話 葬送②
「その通りですな」
カストの使者である老将軍は、自国の王の
「むしろ最初の特使で殺害に走らなかったことに、わたしめは驚いたものです」
「信書の内容が
その読みは正しい。
星が降るなど、誰が信じるだろうか。当初、ガルースも大笑いをした
だが、
王があの時、読まずに破り捨てた信書の
ガルースは4つめの不幸な街の存在を知ったのだ。
「で、将軍に聞きたい。救ったはずの民をエトゥール側に
「精霊がまことに慈悲深いのなら、エトゥールに流れ込んだ異国の民をどう扱うか興味があったからです」
「嘘をつくな」
詩句のような口上に対して、セオディアは、断じた。
「カスト王の
「――」
部下の手前、ガルースは黙るしかなかった。
「しかも、カスト王はそれすらも利用する。エトゥールに逃れたカストの民の
メレ・エトゥールは大将軍である男に冷ややかな視線をむけた。
「まあいい、そのことについては後だ。カストの民は、こちらの好きにさせてもらう」
ガルースは内心、やや慌てた。「好きにさせてもらう」の意味がわからなかったからだ。
エトゥール王は、
専属護衛もカストの使者達の
切りつけられるのか?
カストの使者団に緊張が走る。
丸腰とはいえ、
「やめろ」
「し、しかし」
「メレ・エトゥールに殺意はない。敵意はあってもな」
セオディア・メレ・エトゥールは、威圧を強めた。
「さあ、返してもらおうか。エトゥールの特使を」
ガルースは視線で、ディヴィ達に合図を送った。
獣の死体が入った大きめの文様の木箱を四人がかりで差し出した。専属護衛がすぐにナイフを取り出し、釘付けをされている
ガルースはそう思ったが、周囲に何も変化はなかった。
「?」
ガルースは自らが詰めた獣の死体が入った木箱を覗きこんだ。そこには血まみれで、
だが、そこにあったのは、眠るように横たわる美しい白豹の身体があっただけだった。
「そんな、馬鹿なっ!!」
ガルースは思わず口走り、身を乗り出して、白豹の死体を
最後に箱に詰めたときは、白い毛は血に染まっていた。その証拠に包んでいた布には血痕が残っていた。
だが、王に切り刻まれた傷は消えていた。血のりも消えていた。腐敗も一切なかった。
美しい純白の獣がそこに横たわる。
そう、美しいと、ガルースは思った。
邪教の使徒であり、闇の生物なのになぜこんなにも美しいのか?
今までの教義が全て否定されてしまう恐怖が、ガルースに、じわじわと押し寄せた。まるで今まで強固に積み上げてきた足元が大きく崩れてしまったようだった。
エトゥールの王は、獣の死体に手をのばし、特使の証であるエトゥールの紋が入った首飾りを静かにはずした。
その首飾りを彼は銀髪の女性に渡した。落ち着いているエトゥール王とは対照的に、女性は動揺して、目を
メレ・エトゥールは次に羽織っていた
これにもガルースは驚いた。獣の体重は重すぎて、箱に詰めるにも三人以上が必要だった。それが今、メレ・エトゥールは軽々と移動させていた。
メレ・エトゥールは獣を死体を抱いたまま、ガルースに向き直った。
「我が国の精霊の使いを邪教だ、魔獣だとか言われているようだが、ぜひその目で判断するがよい」
メレ・エトゥールは死んだウールヴェを、謁見の間の床に静かに横たえた。その前に片膝をつき、物言わぬ頭をなでて、話かけた。
「…………務めは果たされた。ご苦労だった……」
その言葉が合図だったように、王の手の下で白豹が金色に輝き、細かい砂が崩れるように、純白の豹が形を失っていった。
やがて獣の死体は、
風もないのに、金の光はゆっくりと
天井画のエトゥールの創世神話が描かれている、初代王に
部屋は静まりかえっていた。
耐えきれなかったように、王妃候補である銀髪の女性が
ガルースは今見たものが信じられないでいた。
しかもエトゥールの専属護衛達は、戦場で英雄が戦死したときのように、最上級の敬意を示し、
エトゥール王の
ガールス以外の使者達は、皆震えていた。獣は
そんな怯えをよそに、部屋にいた女性達は、別れの切なさに涙を流しているようだった。エトゥール王は天上を見上げ、目に見えぬ存在と語り合っているかのように見えた。
エトゥール王の
「カストには、ウールヴェが存在していないって、本当ですか?」
賢者である青年の口から出たのは、
「……その通り、所持すれば、死刑です」
ガルースは質問の
「では、加護を持った人間は?」
「……同じく、発覚すれば死刑です」
「なぜ?」
「……世の中の
「他国に侵略することは、世の中の理から外れていないと?」
「……外れておりません。エトゥールの
「誰がそう言ったのですか?」
「……聖典にかかれているからです」
「侵略も聖典で指示されているのですか?」
「――」
そのような表現が一切ないことをガルースは知っている。賢者の青年もそれを知っているような気が、なぜかした。
いやいや、誰が敵対している異国の聖典を読むというのだ。まさかエトゥールでは、異国の書を読むことが許されているというのだろうか?
「僕には貴方達の聖典が政治利用されているように思えます。異を唱えた人々は皆、
青年の表現は、微妙に現状からずれていた。過去形ではなく、
「僕は信仰はあるべきで、それに
賢者はカストの民なら、ギョッとするような
「これは異なことを――教団がなければ、どうやって信仰すると?」
「政治利用される、もしくは、利益収集を目的とした宗教は不要だと言っているのです。信仰は民のもので、宗教は民によりそうもので、あるべきだ。西の民のように
青年の言葉に、入口の若長が深く頷いているのが、ガルースの視界に入った。
「他者に害を及ぼす信仰は認められませんが、信仰の自由は認められるべきだと思います。そこへ政治的な思惑や、欲得をまみえるべきではない。信仰を
「エトゥールも政治利用しているではないか!我々の国に魔物の使者を送ってきた!」
ガルースではなく、ディヴィが叫んだ。
答えたのは、セオディア・メレ・エトゥールだった。
「私は、カストに使者を送るつもりは、なかった」
驚くべき告白がなされた。
「こうなることは、予測できていた。私のウールヴェも死を覚悟して、特使になっていた」
「では、なぜ――」
なぜ、使者を送ったのか。
「
「……私達は、敵対しているからと言って、カストの
銀髪の女性が涙を流しながら、語った。その言葉には、胸を打つものがあった。それは、いきりたっていたディヴィでさえ、静めた。
「星が降るという
銀髪の女性は、両手で顔を
「それを、あの子は
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