第20章 大災厄(2)

第1話 葬送①

 カストの偉大なる大将軍、隻眼せきがんのガルースは、王が殺したエトゥールの特使である獣をエトゥールまで届ける任を拝命した。国の名代みょうだいでもある特使は、一見名誉であるように見えるが、実際は真逆であった。


 王は最近、エトゥールが聖なる使いとしているウールヴェを殺した。その死体を贈答品ぞうとうひんのように送り返す。それは実質、宣戦布告だった。

 王は激怒したエトゥール王が、ガルースを切り殺すことを期待していた。

 それを戦争の口実として、エトゥールの侵略を試みる算段だ。


 そろそろ年貢の納め時かもしれない。

 ガルースはそう思った。他国の王に、目障りな老軍人の粛清しゅくせいをやらせようとしている。


 まあ、確かに最近、やりすぎたことはガルース自身、自覚をしていた。

 密やかに生き証人を逃し、街を救うために小細工をろうしすぎたかもしれない。王はそれに激怒したのだ。

 王の露骨な陰謀いんぼうの意図は、ガルースに追従する部下達も察していた。


「だから、俺はさっさと東国イストレにでも亡命しろと言ったんですけどねぇ」


 口の悪いディヴィが道中ずっと文句を言っている。

 副官として長年付き合いのある彼は、理不尽りふじんな扱いにずっと憤っていた一人で、早くから密かにガルースに亡命を進言していた。

 ガルースが王に密告すれば、ディヴィの首は即座に飛んでいる内容だった。間違いなく極刑の反逆であった。


「ディヴィ、口をつつしめ」

「やなこった。俺が黙ったら、誰が貴方に進言するんです」

「では、野営時に罰として腕立て200だ」

「げっ」


 新兵に課せられるノルマを告げられた熟練じゅくれんの副官は、顔をゆがめた。


「……糞爺くそじじい……人の気も知らないで……」

「腹筋200追加だ」


 副官はさらに直属の上司をののしるという不敬を行った。




 ガルースが亡命を選ばず、カストにとどまった理由は王への忠義ではなく、部下の安全のためだった。

 ガルースが出奔すれば、王は腹いせに一族及ぶ部下までを大粛清だいしゅくせいするだろう。

 妻が死に、息子が戦死したあとにガルースには、生死をともにした部下だけが残った。その部下達も3回の災厄を王が無視したことで、駐屯していた軍団も巻き込まれて、無駄死にした。

 そこで四つ目の災厄時に、ガルースは奇策に転じた。前日に街を焼いたのだ。部下達に放火させ、消火を禁じた。


 大将軍の突然の乱心に、街から避難し、自然鎮火を期待した人民と兵達は、翌日、赤い火の玉が上空に降るのを見た。皮肉なことに予言通り星は降り、その衝撃と爆風で燃える街の火を消した。


 生き残った人民達は目撃した光景を口外させぬように口封じで殺害される可能性がある。ガルースは彼らにエトゥールの国境を超えることを指示した。それが老将軍にできる最後のささやかな反逆だった。


 王は怒り狂ったが、さすがに大将軍を直接的に粛清しゅくせいすることの弊害へいがいがあることの分別は働いた。

 ガルースは兵達に人気があった。

 恨みに思った兵士達が一斉に蜂起することを恐れ、その状況をエトゥールに対する武器とすることにしたのだ。


 エトゥールの王都への旅は、国境を越えたあとも10日を超え、獣の死体はドロドロに腐敗していることだろう。

 だが、呪われた闇の生物の死体を道中確認するものは誰もいなかった。比類なき勇気を持つガルースですら、迷信を信じていた。




 エトゥールについた大将軍一行は、広い部屋に案内され、武器を外すように指示された。それは当然の要求であり、ガルース達は素直に応じた。

 だが想像外だったのは、部下の隠し持っていた暗器の所在を正確に指摘されたことだった。ガルース自身知らないことで、特にディヴィの所持品はひどかった。

 その数に、将軍は呆れたように部下を見た。


「ディヴィ……これは、この場で処刑されても文句は言えぬぞ?」

「ちっ……バレるとは屈辱くつじょくです……」

「あ、貴方、靴にも針を仕込んでいますね、それも出してください」


 金属の板を持った少年は、どういうわけか鋭すぎて、誤魔化しがきかなかった。ディヴィは絶望のあまり空を仰ぎ見た。




 謁見えっけんに入ったガルースは驚いた。

 厳重な武器検閲のせいか、予想していた近衛兵の集団はいなかった。だが扉の両脇には、西の民の背の高い男と、東国出身らしき黒髪の専属護衛が立っているのはさすがに驚いた。

 しかも西の民の男は、ガルースも知っている若長ハーレイだった。


「……若長、なぜ、ここに?」

「謁見の立ち会いを頼まれた。偉大な大将軍よ」


 簡潔な答えが戻ってきた。

 獣の死体を贈答する場に、大陸でもっとも精霊信仰の厚い氏族の立ち会いは計算外もいいところだった。 

 その意味を悟って、ガルースの部下達は一斉に青ざめた。


 一方、ガルースは納得していた。

 王の意図などお見通しで、同盟を組んでいる西の民を同席することにより、エトゥールは挑発を回避しようとしている。もしや獣の死も既に知っている可能性がある。

 よほど優秀な間者がいるに違いない。

 西の民の若長が背後に控え、使節団の命は風前ふうぜん灯火ともしびと言えた。


 それも仕方あるまい。


 ガルースは周囲を見渡した。

 玉座には、セオディア・メレ・エトゥールが座り、その脇には長い銀髪と青い瞳を持つ美女が控えている。最近、エトゥール王が婚約したという噂がある賢者の女性だと思われた。

 少し離れて、メレ・エトゥールと同じ髪と瞳を持つ少女は、悪名名高い邪教の姫巫女だ。

 その横に立つのが邪教の姫巫女に篭絡ろうらくされた金髪金眼の賢者だろう。

 ガルースの孫と称してもいい年代の青年は、全てを見通すような視線を一行にむけてきた。それが新兵の素質を見抜く、ディヴィの視線に酷似していることに気づいてしまったガルースは、咳払いをして笑いの衝動を散らした。


 専属護衛と思われる集団は部屋の死角がないように壁際に均等に配置されている。

 その中に、長棍を持った西の民の装いの金髪と赤い瞳の子供が混じっていたことに、ガルースは不覚にも二度見をしてしまった。

 子供はガルースの視線に気づくと、にこっと愛らしく笑ってきた。髪の色から西の民ではないことは確かだったが、誰よりも西の民の装束が似合っていた。

 子供の隣に立つ、長い黒髪の男は、逆に露骨にも非友好的な視線を投げてきた。こちらの人物も西の民の子供と同じ長棍を持っていた。


 一行はメレ・エトゥールに頭を下げた。

 儀礼的な挨拶のやり取りのあと、いきなり本題を投げてきたのは、メレ・エトゥールだった。


「正直、将軍が邪教の本拠地と謳われるエトゥールに特使として訪問されるのは予想外だった」


 あけすけにメレ・エトゥールが言った。


「カスト王の不興を買ったのかな?」

「その通りであります」


 ストレートにガルースが認めたので、副官のディヴィの方が顔を引きらせた。


「ほう」

「二度あることは三度ある。三度目は偶然ではない。四度目は運命――私は邪教の国の警告を信じた愚か者の刻印を押されましたな」

「賢者の間違いだろう――あ、いや、我が国でも愚者と賢者は紙一重かみひとえの説はあったな……」


 後半はエトゥール王の呟きであったが、なぜかその場にいた人間が一斉にうつむいて肩を振るわせていた。エトゥール王の言葉がツボにはいり、笑いに耐えている様子だった。

 金髪金眼の青年だけが、全く無表情で反応がなかったことが、逆に目立った。


 ガルースに対する愚弄ぐろうではないことは、一行にも伝わり、どういう内輪の冗談なのか理解できず、反応に困った。


紙一重かみひとえですか……」

「間違いなく、紙一重かみひとえだろう。王の評価は愚者であっても、命を救われた民衆にとっては賢者であろう」

「そうでもないでしょう。私めは街を焼くことで、彼等を流浪るろうたみにしましたから、相当うらまれているはずです」

「――」


 ガルースの話は、メレ・エトゥールの意表をつけたようだった。


「――街を焼いたと?」

「はい」

「なるほど、そういう手もあるか……」


 人民に対する蛮行に感心の響きが籠ったのは気のせいだろうか?

 これには、ガルースの方が困惑したが、表情に出すわけにはいかなかった。


「さて、では本日の真の目的を確認しようか?その荷は、


 ガルースは戦場ではないが、冷や汗をかいた。

 目の前の若い王の怒りの威圧が半端なかったからだ。

 なんの品か既に見抜かれていた。敵対しているにもかかわらず、天災の予告を、慈悲深く打診をした隣国に対する外道げどうな仕打ちであることは間違いない。使者を殺したのだから――。


「つまりカスト王は、特使が人であったら、生首を送ってきたということだな?」


 追い討ちをかけるような、誤魔化しようのない問いかけだった。

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