第34話 閑話:分岐点

「ま、街は、ほぼ壊滅かいめつですっ!エトゥール王の警告は、正しかったっ!空から光がふってきましたっ!!本当に降ってきたんだっ!!」


 玉座ぎょくざについている白髪の壮年の男は、つまらなそうに顔をゆがめた。報告する兵士は、取り乱し、王の不快に気づいていない。

 兵士は顔面の半分に酷い火傷を負い、清潔とは言えない白い布で顔を半分隠していた。彼の熱で変色した革鎧が惨状さんじょうを物語る。彼が所属する師団が駐留していた街は人口が1万くらいいたはずだった。 

 街が壊滅とは、その軍勢が失われたことを意味する。


 報告する兵の錯乱さくらんぶりを、エトゥールの特使である白い豹が、静かに見つめている。


 謁見の間につめる臣下達にざわめきが、走った。

 王は、国交のない隣国エトゥールがよこした特使の信書による3度の警告を無視した。そして街が三つ滅んだ。

 兵士は三つ目の街の生き残りだった。伝令として、街を離れかけたその時、空からの赤い火の玉が視界に入り、轟音ごうおんと爆風に見舞われたという。

 王都カストに流れ始めた噂と作り話のような証言は、完全に一致していた。


 精霊信仰は邪教と信じる国に、精霊信仰の厚い国からやってきた使いの獣は3度不幸を運んできたのだ。逆恨さかうらみのようなドス黒い感情が謁見の間に渦巻いていたが、魔の使いとされる獣は全く静かだった。

 その獣は四通目の信書を持ってきていた。

 カスト王は、臣下が恭しく差し出したエトゥール王の信書を読まずに破り捨てた。


「陛下!!」

「読むに値せんな」

「しかし――っ!」


 王はにらむことで、抗議を黙らせた。


「なんたる邪教の侵略だ」


 司教が顔色を失い、ブツブツと口の中で祈りの言葉をつぶやく。

 その言葉が混乱に火をつけた。


「エトゥールの陰謀だ!これを機に侵略をしてくるに違いない」

「星を落としたのもエトゥールか?」

「ありうる」

「だが、東国イストレにも落ちたという噂もある」

「警告に従い、民を避難させるべきか?!」

「馬鹿な!エトゥールの思うツボだ」


「くだらん。実にくだらん」


 王の発言に、場は凍った。

 男は玉座から立ち上がると、剣を抜いた。その剣先は、火傷を負いかろうじて、意識を保っている下級兵士ののどに突きつけられた。

 混乱の元凶は消すべきだった。


「どうやら、錯乱して幻を見たようだな」

「お待ちください、陛下」


 狂王が兵士を切り捨てようとした時、静かな制止の言葉が入った。軍服姿の隻眼の初老の男が、すすみでた。


謁見えっけんを血で汚すことは、ないのでありませんか。それに壊滅した街に駐留ちゅうりゅうしていた軍は、我が管轄かんかつの師団。始末するのならその前に、多少、わたくしめにも尋問の時間をいただきたく――」

「……ふむ、一理あるな。よかろう」


 王は将軍に対して、軽く片手をふり、許可した。男はすかさず部下に目線で合図し、重症の下級兵を引き取らせた。


 目標を失い手持ち無沙汰ぶさたになった王は、軽く剣を素振りし、それからまだ控えている白いひょうの存在を思い出した。


「おお、エトゥール王に返事をせねば、ならないな」


 カスト王は、楽しそうに笑った。


 




「メレ・エトゥール!!」

「お兄様っ!!」


 ファーレンシアとシルビアが同時に悲鳴をあげた。

 セオディア・メレ・エトゥールが首と胸を押さえ、体勢をくずした。彼は衝撃と苦痛に油汗をかき、顔をゆがめた。すぐにシルビアが、その手首を掴み、脈を確認し、手巾しゅきんで額の汗を拭う。

 カイルは咄嗟に、メレ・エトゥールに対して遮蔽しゃへいと癒しの波動を送ることに徹した。


 突然のエトゥール王の異変の原因は、トゥーラの長く悲しみに満ちた狼にた遠吠えで裏付けされた。


「……使いに出したウールヴェが殺されました」

「……どこの国?」


 カイルは質問したが、見当はついていた。シルビアは震える声で答えた。


「……カストです」


 セオディア・メレ・エトゥールは、使役しているウールヴェを失った苦痛の中、わらい、虚空こくうを睨んだ。


「やってくれる……精霊の温情を踏にじるとは、愚王ぐおうめ――よかろう。滅びの道を歩むといい……」


 セオディア・メレ・エトゥールの静かな怨嗟えんさの籠ったつぶやきを、カイルははっきりと聞いた。

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