第33話 閑話:宝物その後

「ディム・トゥーラ、お客様よ」


 存在に気づいたジェニ・ロウが思わず微笑んで、ディム・トゥーラに声をかける。

 ディムは作業を中断した。

 ここは入場人員を限定している旧エリアの管理室で、「お客様」などありえない。自分のウールヴェはいつものように脇に控えている。

 可能性のある訪問者は一匹しかいない。


 操作卓コンソールから顔をあげたディムは、顔をしかめた。


 ウールヴェのトゥーラが入口付近に転移してきていたが、中身は明らかに違った。

 いつもと違い、不機嫌なオーラとねた雰囲気が周囲ににじみ出ていた。カイル・リードが同調している。


 バレたか……。


 1週間と予想より期間は早かったが、姫巫女ひめみこの予言は成就じょうじゅされたようだった。

 ディム・トゥーラは立ち上がった。


休憩きゅうけいをもらっていいですか?」

「なんだったら半日休暇きゅうかでもよくってよ?」


 にこやかにジェニ・ロウは、退路たいろった。


「……俺の切り上げるための口実を奪わないでください」

「中途半端になだめるより、全力でむかった方が、後日の作業効率をトータル換算したときのメリットがあるって判断しているの。理由はわからないけど、ちょっとねているのではなくって?」

「よく、わかりますね?」


 ジェニ・ロウは顔を近づけて、ディム・トゥーラにささやいた。


ね方が、ロニオスそっくり」


 なるほど、ジェニ・ロウはねたロニオスを全力でなだめた経験があるらしい。

 ディム・トゥーラはねたカイルが同調しているウールヴェのトゥーラを隣室に誘導した。






 休憩きゅうけいついでにディム・トゥーラは、珈琲をいれ始めた。昔から変わらぬ休憩の儀式に、ウールヴェはややイラついたように、耳をぴくつかせた。複数ある尻尾が床を叩いていた。


「わざわざくるとは、どういうことだ?」


『ちょっと説明してよ』


「何を?主語がなければわからん」


 カイルのね度合いがあがった気配がした。ディム・トゥーラは気がつかなかったフリをして、コーヒーを一口飲んだ。


『わかっているくせに』


「いや、わからん。どの件だ?」


『……そんなに僕に説明の必要がある案件があるの?』


 ウールヴェはショックを受けたようだ。


「そりゃあ、山ほど」


 ディム・トゥーラはファーレンシアの先見から内容の検討はついていたが、わざとらした。


軌道きどうの計算はまだ終わってないぞ?」


『うっ……そ、そうじゃなくてね……』


「地上の被害想定ひがいそうていの件か?」


『ううっ……そ、それでもなくてね……』


「他に重要事項があったか?」


 大災厄をネタにカイルの後ろめたさをチクチクとつつく。ここまでは想定内で、物事は進んでいる。

 

『ぼ、僕の私生活プライベートに関することだ』


私生活プライベート?」


『…………ファーレンシアが僕の写真が入ったロケットペンダントを持っていた』


 なるほど。バレたのは、ロケットペンダントだけで、他の写真やアルバムはバレていない――ディム・トゥーラは、そう会話解析をした。


「それで?」


『ディム・トゥーラから、もらったと』


「事実だ」


『なんで――』


「お前、姫からお前の肖像画を懇願こんがんされても、取り合わなかったんだろう?」


『うっ――』


 ウールヴェの顔に赤味がました。


「姫からの訴えに応じただけだ。お前に言えば、嫌がるだろうし、支援追跡バックアップ対象者の夫婦円満生活の維持に貢献こうけんした。何か問題でも?」


 カイルは、ファーレンシアに関して、日頃から意外に独占欲どくせんよくの強さを示していた。ディム・トゥーラは姫との接触に腹をたて、余計な嫉妬しっとに走られることの予防策は立てていた。完璧な言い訳ともいえた。


『………………い』


「何?」


『…………ズルい』


「は?」


『ズルいっ!僕も欲しいっ!僕にも、ファーレンシアとおそろいのロケットペンダントを作って、ファーレンシアの写真を入れてくれっ!!なんでファーレンシアだけ、なんだっ!!ペアで作ってくれてもいいじゃないかっ!!』



 え?抗議内容って、そっち?



 予想していた嫉妬しっとや立腹や厄介な展開を飛び越えて、姫の言葉通り、カイル・リードは、確かに斜め上の方向に着地していた。


 エトゥールの姫巫女の先見、恐るべし。


 ディム・トゥーラは、完全に白旗をあげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る