第31話 閑話:マニュアルを読もう②

 二人と一匹は、気を取り直して、さらにメレ・エトゥールの手記しゅきの検分を再開した。現地語の文章の翻訳は自動でなされたが、それでも表現的に理解できない箇所がいくつかあった。


『この記述がわからない。舞踏会でカイルが「敬服する殿しんがりの勇気を示した」とある。これの意味は?』


 ディム・トゥーラは、貴族としての生活の経験があるエルネストに尋ねた。


「風習として、エトゥールの舞踏会では三曲目の相手は、婚約の承諾しょうだくと見なされるので、貴族の令嬢が、金髪の賢者に対して包囲網ほういもうをひいたのだ」


『――』


「彼は離れた場所にいる姫に申し込むために、その包囲網ほういもう特攻とっこうをかけた」


『…………馬鹿?』


「場を目撃した私も、当時は同じ感想を抱いた」


 エルネストはうなずいた。


「これ以上、目立つ行為はなかった。もしや、彼の作戦だったのだろうか?」


『そんなことは絶対に考えていない』


 支援追跡者バックアップは、フォローもせずにばっさりと切った。


「そんな気はした……。だが、君もエル・エトゥールの初社交デビュタントの騒動を鎮圧ちんあつするのに、一枚んでいたのではないのか?君の支援追跡対象者は、貴族の令嬢に囲まれて四苦八苦していたぞ?」


『あの襲撃はメレ・エトゥールに予想され、俺達は第一兵団のフォローに回っていた。腹芸ができないカイルには襲撃について黙っていた』


「ロニオスの息子には気の毒だが、正しい判断だ」


『俺はあの時は襲撃者の数のカウントに忙しかった。離宮内は、イーレとサイラスに任せていたから、その騒動を見ていない』


「記録があるなら、探してみるといい。2曲目と3曲目の間の小休憩の出来事だ。笑えると思う」


『探してみよう』


 イーレが西の地に飛ばされて、カイルが慌てる記述には、エルネストとアードゥルの方が反応した。


「エレン……いや、イーレの確定座標がずれたのは、本当だったのか」


 エルネストの呟きとともに、アードゥルは完全に表情を消していた。


「なぜ、こんな事故が?」


『俺にはわからない。この時、俺は大災厄のために中央セントラルに向かっていた。ここからは俺もよく知らない話だ』


「イーレを保護したのが、若長ハーレイの氏族で幸いだったな」


『そこらへんは世界の番人の配慮があったはずだ。カイルは世界の番人との交渉において、協力する条件に仲間の安全をだした』


 ウールヴェはアードゥルを見た。


『この時、精霊鷹を落としたのは、あんたか?』


「そうだ」


『西の地とエトゥールの間に不和をまくために?』


「――」

「私に解説させてくれ」


 意外なことに、エルネストがアードゥルをかばうように挙手をした。


「ハーレイの氏族が、エトゥールと対立したのは、メレ・エトゥールの親族の企てであり、我々は直接的に関知していない。アードゥルが根絶やしにしようとしてたのは、南の氏族で、エレン・アストライアーを殺害した血族だ」


 エレン・アストライアーの件では、エルネストは感情を押し殺し、淡々と語った。


「エレン・アストライアーの殺害に関与した氏族は、複数で二つは当時我々で壊滅かいめつした。生き残りは、二つの血脈に分かれた。西の地に残り精霊信仰を続けたものと、精霊信仰を捨てたものだ」


『精霊信仰を捨てた?』


「エトゥールの北北東に国境を接するカスト――精霊信仰を捨て、エトゥールへの侵略を試みる小国だ。この国は注意した方がいい。東国イストレは文化的に治安が悪く野蛮だが、カストはもっと危険だ。宗教的観点から、精霊信仰の厚いエトゥールや先祖が一致する西の地を攻撃の対象にしている。独裁的な国家元首の狂信的な崇拝で成り立っている」


『それは、エトゥールと戦争をした国だよな?北に砦を持つ侵略国家で、カイルの書いた地図が防衛に生かされた――』


「……エトゥールの国力を削ぎつつ、カストを撃退するシナリオだったが、上手くいかないものだ」

「アードゥル」


 アードゥルの呟きに、エルネストがたしなめた。


「ほぼ、エトゥールは無傷だったではないか」

「アードゥル、ディム・トゥーラを刺激するな。その件で、カイル・リードは巻き込まれている」

「私が、彼を地上に引きずり下ろしたわけでもないし、彼の存在を知っていたわけではない。むしろ、こちらの計画は、邪魔された」


 ディム・トゥーラは試されていると感じた。

 アードゥルは変えられない過去の事実を淡々と語り、ディム・トゥーラの反応を見ている。


『あんたがイーレの原体オリジナルを大切にしていたのは理解できるし、その元凶になった氏族しぞくの子孫まで根絶やしにしたい感情もわかる。地上の民に関しての、あんたの行動を批評する権利は俺にはない。――まあ、カイルは、いろいろ言うだろうな』


「実際に言われた」


『情がないとか?』


 エルネストの方が、片眉かたまゆをあげた。


『大丈夫だ、俺も言われている』


「私達は情なし軍団か」

「地上にどうやって情をもてと言うんだ?」

「アードゥル、そこはミオラス以外と正確に言うべきだ」

「うるさいぞ、エルネスト」


 ディム・トゥーラは、なんとなく察した。

 エレン・アストライアーの支援追跡者バックアップであったエルネストは、彼女の死後、その伴侶であったアードゥルをさりげなくフォローし続けたのだ――相性は別にして。


『俺はどちらかというと、姫を最悪のケースで亡くした時、カイルがあんたと同じ憎しみの道を辿りそうな気がして、そちらの方が怖い。感情の行き場をなくして、地上はひどいことになる』


「例の地震のように?」


『そう』


 ディム・トゥーラはあっさりと認めた。


『あの時、カイルはコントロールを失った。俺の大失態の一つだ。俺は大災厄とともに、そちらの方をひそかに恐れている』


「だが、姫との寿命じゅみょうの差異は納得しているのだろう?」


『それと事故死は違うだろう?その心情はあんた達の方が、それこそ理解できると思うが?突然、心の支えを失うんだぞ?」


「確かにアードゥルは、底なしに不安定になった」

「エルネスト、うるさいぞ」

「事実は事実として認めるべきだ。カイル・リードの支援追跡者バックアップを挑発している場合じゃないぞ」


 やはり挑発されていたのか――初代はやはり、曲者が多い、とディム・トゥーラはため息をつき、その事実を受け入れた。


「安定を取り戻し始めたのは、ミオラスと出会ってからだし、ロニオスとの再会がきっかけでもある」


『最近じゃないか』


「そうだとも。だから、彼が捻くれているのは、大目に見てやってくれ」

「本当にうるさいぞ、エルネスト」

「フォローしているんだ」

おとしめるの間違いだろう」


 ディムは笑いの思念を漏らしてしまった。


『いいコンビだな』


「「やめてくれ」」


 初代達は不本意だと言わんばかりに、ウールヴェに抗議をした。






 カイル・リードと姫の安全を最優先にする――とりあえず、そういう結論に達した。とりあえず、というのは、カイルが起こした地上の騒動が多すぎて、対応策の討論に終わりが見えなかったからだ。


「君は、よく彼の支援追跡バックアップを引き受けたなあ」

「全くだ」


 初代の視線の同情の視線が痛かった。


『同情するなら協力してくれ』


 思わず飛び出たディム・トゥーラの本音に、初代達はあっさり承諾した。


「いいだろう、ロニオスの息子の地上での保護は引き受ける」


 アードゥルの方が先に言い出した。


「だが、暴走時は制御の保証はない。それだけは留意してくれ」


『野生のウールヴェの制御はできないと』


「野生のウールヴェの方が、まだ素直で可愛いレベルだ」


 アードゥルは、酷評した。


『……そうか……あのマンモス猪が可愛いレベルなのか……』


「君も、カイル・リードとの付き合いが長すぎて、感覚が鈍くなっているのではないか?」


『そうかもしれない』


「まちがいなく、ロニオス級の問題児だ」


『……そんな認定は嫌だ……俺はあの親子に振り回されるのか』


「同情を禁じえない」

「ところで、この書はどうする?」


『まだまだ読み解く必要がある。カイルにバレないように預かってほしい』


「それはいいが、読み解いてもカイル・リードの問題児レベルが上がる一方で、そのうちカンストするぞ?」


 絶望の先見をエルネストはした。

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