第30話 閑話:マニュアルを読もう①

 研究材料というものは埋没まいぼつしているものだ。ディム・トゥーラはそう思っている。

 超古代遺跡などは、探知機で発見、専用機械でひそやかに発掘調査ができる。

 しかし、真に埋没しているものはそれ以外にある。

 接触が禁じられている文明を解析するのは、それについて語っているご当地の古文書が必須だ。この資料は研究者に大人気だ。それがあれば、研究馬鹿達は目の色を変える。

 だが法規制上、入手は困難を極める。この矛盾が、古文書を文明に埋没している聖遺物扱いの原因となっていた。

 

 そもそも、接触が禁じられているのに、どうやって入手するのか。


 カイルのように特異な事情で、大量の古書に接触し、記憶できるのは珍しいケースだった。

 だからこそ、裏取引の材料になるほど価値があった。ディム・トゥーラは、いまだにそれを切り売りして、大災厄に対する協力を取り付けている。

 こういうことに関する研究馬鹿の口の硬さと、結託けったくぶりは素晴らしいものがあった。


 そして、今、ウールヴェ姿のディム・トゥーラと、地上の初代賢者の代表であるエルネストとアードゥルの3人は、一冊の真新しい書を前にしていた。


「エトゥール王、直筆じきひつの書とは、500年後の価値は計り知れない」


 エルネストは素直に感想を述べる。研究者として目がキラキラしていた。


臣下しんかであった時期でも、目にできなかったレアな物だ」


『セオディア・メレ・エトゥールの覚書おぼえがき、兼日誌にっしのようなものらしい。カイルに関することを抜粋ばっすいしてもらった』


「なるほど」


 3人は興味津々きょうみしんしんにカイルの足跡をたどりはじめた。






 3時間後、二人と一匹は精神的疲労でぐったりとしていた。


『なぜだろう、全力でセオディア・メレ・エトゥールに土下座どげざしてびたくなる』


「私は、この宿泊と3食昼寝付きを要求するふざけた行動にロニオスの遺伝子を深く感じる。実は息子ではなく、複製体クローンというオチはないかね?」

「やめろ。カイル・リードがロニオスのコピーなら、私は即、逃亡の準備をする」


 アードゥルの言葉にディムは突っ込んだ。


『ロニオスはあんたの支援追跡者バックアップだったのだろう?そこまで嫌悪するのか?』


「嫌悪ではない。ロニオスは私の元支援追跡者バックアップで、であり、上司であり、愛すべき優秀なプロジェクトのリーダーで、尊敬していた」


『過去形なのは、気のせいか』


「彼が人格者じんかくしゃとは一言も言っていない。むしろ言えない。人に迷惑をかけない、という条件について、ロニオスは大きく逸脱いつだつしている」


『そこは親子で、そっくりだ』


「私がある意味、君に感心しているのは、ロニオスの支援追跡バックアップをしているようなものだからだ」


 アードゥルはディム・トゥーラに、はっきり言った。


『俺はロニオスの支援追跡バックアップをしているわけでは――』


「ロニオスと息子の共通点が、この書に羅列られつされているのは気のせいか?」


『……たとえば?』


「精霊鷹を受け入れようとしない頑固がんこさ」

「ロニオスも頑固がんこだった」

牢屋ろうやに入っても、呑気のんきに初見の西の民と交流を持っている」

「ロニオスも人たらしで、周囲を魅了みりょうしていた」

「暗殺者におそわれた時の対処」

「修羅場で度胸どきょうがあるのは遺伝子であることに一票だな」

「戦争の負傷者の治療に関しては、突っ込みどころが満載まんさいだ」

「自分の体内チップを使ったと推察するが、まさか使いつくしたわけではあるまい。いくらなんでも、そこまで馬鹿では――」


 虎のウールヴェが、視線を彷徨さまよわわせたのを初代は見逃さなかった。


「………………」

「………………」

「馬鹿だったか……」

「馬鹿だったな……」

「君は苦労しているな」

「その問題児の支援追跡者バックアップをするとは、なんという献身けんしんだ」


 エルネストは感動の涙をぬぐう振りをしているが、笑いをえているのは、肩が震えていたので明らかだった。


「それにしても自覚のなさが酷い」

「自分に関する情報収集能力が欠落している」


 初代は容赦ようしゃなく指摘した。


「この城下の初市のくだりは、特に酷い」

「ある意味、自覚を促したメレ・エトゥールの行動は正しい」

「定期的に自覚を促した方がいいな。絶対に3歩歩けば、自覚を忘れるタイプだ」

「鳥頭か」

「いや、鳥の方が賢いかもしれない。だが、記憶力はいいし、人の本質は見抜くのに、何故だろうな」


『…………自己肯定が低いからだ』


 ぼそりとディム・トゥーラは、告げた。


自己肯定じここうていが低い?冗談だろう」


 アードゥルが驚いていた。


自己肯定じここうてい自己評価じこひょうかがとても低い。自分が注目に値する人物だと思っていない』


「西の地と東国イストレで対立した時は、私と堂々と渡り合ったぞ?あれだけの能力をもちながら自己肯定じここうていが低いとはありえないだろう?」


『もちながら、だ。それに関しては、多分自覚はない。それに極端に人に拒絶されることを恐れる。おそらく幼少期からの体験からきている。心的外傷トラウマの一種だ。隔離かくりして育てられたから、孤独を恐れている』


 カイルは支援追跡者バックアップであるディム・トゥーラが去っていくことを極端きょくたんに恐れていた。今までの生活の中で、同調能力と精神感応テレパスで周囲の人々の本音を悟っていたのだろう。

 何度言っても、支援追跡バックアップの解消を危惧きぐするカイルに、半ば腹をたてていたディム・トゥーラは、カイルの見えない傷の遠因えんいんとその深さにうれいた。


心的外傷トラウマを癒し、自信と自覚を持たせる必要がある。いやしの方は、姫に担当してもらうとして、自信と自覚――どうやって持たせればいいんだ』


「自信とは、承認欲求しょうにんよっきゅうを満たされることで、生まれる。めれば、いいじゃないか」


『何を?』


 ウールヴェは切り返した。


『カイルは無自覚な人たらしで、お人好しで、自己犠牲が強くて、本能で突っ走る馬鹿だ。褒めて、人たらしとお人好しと自己犠牲を限界突破させたくない。人たらしの犠牲者とお人好しの利用者が増殖されるだけだ』


「あー、君の危惧は理解できる。そもそも支援追跡者バックアップは、対象者の精神的保護と、それを利用しようと企む者を排除することにある」


『初耳だ』


「初耳だって?500年たって、支援追跡者バックアップの定義が変わったのか?君をカイル・リードの支援追跡者バックアップに指名したのは誰だ」


『所長のエド・ロウ』


 エルネストとアードゥルは絶望感にうめいた。


「エド・アシュルか……ジェニ・ロウとロニオスを加えれば、三大ラスボスじゃないか……」

「ディム・トゥーラの性格を読んで、説明をはぶいているな」

「ほっといても排除はいじょすると考えたのか。相変わらずの性格だ」


 上司の古狸ふるだぬきぶりが、第三者認定を受けて、ディム・トゥーラは複雑な気分におちいった。カイルのことがなければ、絶対に転属希望を出していたことだろう。


「性格をめずに、能力をめるとか」


『規格外だと、いつもめている』


「「それはめ言葉か?」」


 初代から同時に突っ込みを受け、ウールヴェはむっとしたようだった。


『俺にとっては最高級のめ言葉だ。じゃあ、あんた達はロニオスの能力をなんと言ってめるんだ?』


 初代の二人はその難解な課題に、しばし真剣に検討した。


「………………規格外……かもしれない」


 ほら、見ろ、とウールヴェの視線が露骨ろこつに語っていた。


『本人にもちゃんと「規格外」が褒め言葉だと説明してある』


「いや、説明の必要な言葉を採用するのはどうかと思うが……もっと普通の褒め言葉もあるだろう」


『よくやった、とか?』


「そうそう、そういうたぐいが――」


『カイルにとってできて当たり前のことだ。カイル以外には、ちゃんと言ってる』


「――」

「――」

「これは面倒くさい事例だな」

「ディム・トゥーラは、中央セントラルの教育を受けている。それを考えれば、無理もない」

「ディム・トゥーラ、君は重要なことを一つ見落としている」


 エルネストが指摘してきをした。


「カイル・リードは、中央セントラルの教育を受けた幹部候補生エリートではない。その点で君の採点はきびしすぎないか?むしろ、よく君と渡り合っていると盛大にめるべきだ」


 虎のウールヴェは固まったようだった。エルネスト達はその反応を正確に分析をした。


「どうやら、その事実を失念していたようだ」

「カイル・リードも気の毒に……」

「カイル・リードが幹部候補生にならなかったのは、よくわかる。それこそお人好しすぎる。情がありすぎるんだ。絶対に初回の性格判定試験で不合格だ」

「さて、ディム・トゥーラ。カイル・リードをめるための、言語辞書を作成しようか。言語事例は、いくつあってもいいだろう?」


『…………よろしく頼む……』


 白虎がイカ耳になり、やや反省している姿は、なかなか可愛いものだ、とアードゥルは密やかに思った。




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