第27話 閑話:生きる

「君たちは一時的にアドリーで暮らしてもらうことになる。村の復興ふっこうは数年後になる予定だ」


 第一兵団長のクレイは、生き残った村人達の淡々と重要事項を説明をしていく。


「アドリーまでの道筋は、第一兵団が護衛する」

「……なぜ、辺境なんですか?近くの街でも……」

「まだ星は降るからだ。これはエトゥールだけではない。外国にもだ。エトゥール王に感謝するように。先見を知った王は村を見捨てず、我々第一兵団と、賢者メレ・アイフェスと精霊獣を動かした」

 

 クレイはここぞとばかり、セオディア・メレ・エトゥールの慈悲深じひぶかさを強調した。


「王は民を見捨てない。アドリーには避難民用の家屋かおくが用意されている。生活は保障されている。もちろん労働もしてもらう。対価は正当に払われるから安心するように」


 カイルは第一兵団長に説明をまかせた。

 それから先ほどから気になっている思念の元を探しに行くことにした。ウールヴェ達はカイルに従った。


 丘から見下ろす村はまだ燃えていた。破壊は一瞬だった。小さな破片でこれだけの破壊力があるのだ。本体が落ちたらどうなるだろう。

 生活の基盤きばんを失った村人は絶望している。カイルにはその心情が強く伝わってきた。

 遮蔽しゃへいが強まり、唐突にカイルの負荷が減った。


『まだ村人達が動揺している。遮蔽しゃへいゆるめるな』

『ありがとう』


 カイルは支援追跡者バックアップに礼を言った。まだ始まったばかりなのだ。ここでくじけるわけには、いかない。




 まもなくカイルは茂みの影で泣いているおさない男の子を発見した。破壊を目の当たりにして、ショックを受けていた。

 カイルは途方に暮れた。幼い子供への対応など想定のどこにもなかった。


『ディム……』

『俺に聞くな。絶対聞くな。――シルビアがコツを言っていた。何か安心するようなことを言えばいいらしい。だが、その行為も俺にふるな』


 ウールヴェ姿のディム・トゥーラが、なぜか先手必勝とばかりに見事な防衛ラインをひいた。


『お前にまかせる』

『ずるいよっ!』

『ずるいも何も、虎が近づいたら安心どころか恐怖だろう』

 

 カイルは失念していた事実に、はっとした。だが、明らかにディム・トゥーラは回避の口実として虎姿を採用している気配もあった。

 そうだ、ウールヴェのトゥーラなら、狼に似ているが子供の好きそうな大型犬に見えないことも――


――犬じゃない


 ウールヴェは主人の期待を瞬時に裏切った。

 カイルは吐息をつき、諦めて子供に近づいた。





 ラスは誰かがそばにきたことに気づいた。問いかける声がふってきた。


「何で泣いているんだい?」

「むらが……ぼくの家……燃えちゃった……なくなっちゃった」

「ああ……そうだね」

「全部……なくなちゃった……」

「それは違うよ」


 ラスは男の否定の言葉に、初めて顔をあげた。

 金髪金目の見知らぬ若い男が、幼いラスと目線の距離を近づけるためひざをついていた。

 純白の長衣ローブをきた人物に見覚えがあった。大人達は彼のことをなんて言ってただろうか?


「……どうぶつつかい……」



 笑いの思念がカイルを直射した。

『そこ!笑うところじゃないっ!』

 カイルはディム・トゥーラに即抗議した。




「全部なくなっていないよ。お父さんは生きている?」

「……生きている」

「お母さんは生きている?」

「……生きている」

「友達は生きている?」

「……生きている」

「近所の人は生きている?」

「……生きている……生きているよ」

「誰も怪我けがをしていない。君たちは生きている。住んでいた場所は燃えたけど、生きている。これは精霊に愛されている証拠だ」

「せーれいって何?」


 ラスの質問に若い男はなぜか苦笑した。


「世界を見守って愛している存在だよ」





詐欺さぎに協力してくれないかなぁ』


――――詐欺さぎというな。今回は特別だぞ

 世界の番人の返答がすぐにふってきた。




 男は長衣ローブの中から不思議な色をしているボールをいくつか取り出してた。ラスの目の前でそのうちの一つをつまんで見せた。

 ラスはびっくりした。小さなボールは淡い光を帯びて、ゆっくりと浮かびあがった。男の持っていた他のボールも淡い光を帯びて、浮かび上がる。やがて静かな螺旋らせん運動を始めた。規則正しい螺旋らせん運動を行いながら、ゆっくりとあがっていく。


 ラスは泣くことを忘れて、不思議な光のパフォーマンスに見とれた。

 子供とカイルはいつの間にか、村人と第一兵団の兵士たちに囲まれていた。誰もが驚いたように、賢者メレ・アイフェスと操る光を見つめていた。


 カイルは静かに語った。子供に向かってではなく、故郷を失った村人達にだった。


「貴方達は僥倖ぎょうこうだ。王の指示に従い、生きながらえた。村は数年後には再建できる。今は生きのびたことを喜び、家族とともにあることを喜び、未来があることを喜んでほしい。数年をアドリーですごしてもらえれば、メレ・エトゥールは村の再建を保証している。もちろんアドリーに定住してもらってもかまわない。だが願わくば協力をしてほしい」


「……協力?」


「この先、まだ星がふり、エトゥール王は村を救うために、奔走ほんそうするだろう。王の兵団も、我々賢者メレ・アイフェスもエトゥール王のために、村を、町を、国土を救うために身をささげる。君たちは今日の惨劇さんげきを見た。賢くも我々の指示に従い、生き残った。その経験を人々に語ってほしい。精霊の姫巫女の予言の通り、星はふる。村や町は燃える。故郷は失われる。だが、命があれば、それらは全て再建できるのだ。失われてもとに戻せないものは生命だけだ。貴方達は、生きて生きて、この先、生き抜いて、疑念を持つ人々にそれを証明してほしい」


 賢者は静かに語った。


「貴方達に精霊の祝福を与えよう」


 光のボールは螺旋らせんの動きを速め、くるくると上昇をしていく。人の高さを越え、木の高さを越え、夜の闇を照らすかのように登っていく。

 人々が見上げて見守る中、天空から金の光が初雪のように注ぎ始めた。


「精霊の祝福……」


 絶望の中で、人々はともしびのような祝福を得た。

 この先、どんなに苦難が訪れようと、今日のことは忘れないだろう――皆がそう思った。

 精霊の祝福は存在し、精霊は困難の中、生きる人々に加護を与えてくれるのだ。





詐欺さぎだ。本当に詐欺さぎだ。浮遊灯ふゆうとうをこんな詐欺さぎパフォーマンスに使うなんて、お前、頭がよすぎる』

『それ、めているの?けなしているの?』

『両方だ』

『だいたい逃げるなんてひどいよ』

『虎に浮遊灯ふゆうとうは取り出せない』

『……うっ……』

『よし、この調子で詐欺さぎを続けるぞ』

詐欺さぎって言わないでよ』

『お前が詐欺さぎって言ったんだぞ』


――――詐欺さぎと言わずにちゃんと依頼しろ。そういうことなら応じる


 世界の番人のいきなりの突っ込みに、虎と賢者は顔を見合わせた。


『意外に寛容かんようだな……』

『うん……』


――――意外に、は、余計だ


 さらなる突っ込みを残して、世界の番人は気配を消した。

 カイルは苦笑を漏らし、遠くで燃える村を見つめた。かたわらに立つウールヴェに思念を投げる。


『地上の人間は強いよね。災厄がふりかかっても、絶望と困難と悲しみを乗り越えられる強さを持っている』

『そうかもな』

『今は闇の中だが、夜明けに向かって歩き出す。光と平安と加護を願う』

『……詩人だな』

『エトゥールの聖歌の一節だよ』

『どうりでお前が作ったにしては、整っていると思った』

『ひどいよ』

『よし、じゃあ、次の詐欺さぎに向かうぞ』

『だから詐欺さぎ詐欺さぎ言わないでよ』

『芸術的な詐欺さぎだ。パフォーマンスと口上も申し分ない。褒めてやる』

『……これはめられても、嬉しくないな……』

『俺達は、エトゥールが滅びても大道芸だいどうげいで生きていけるな』

『あ、それは僕も思った』



 金髪の賢者は、未来を象徴するかの夜のやみに向かって、光輝く精霊獣を、二匹従えて歩き出した。

 

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