第26話 エピローグ

 ラスはわくわくしていた。5歳の彼は荷馬車にばしゃに乗るのは初めてだった。


 一週間前に村に兵隊達がきて、多数の荷馬車にばしゃを持ち込んできた。ラスと母親は、荷馬車に乗ることを命じられた。それが今日なのだ。

 この一週間、母親と父親は困惑の表情を浮かべて荷造りをしていた。何が起きているのかラスにはわからなかった。


 兵隊達は村に滞在したが、問題は起きなかった。

 その彼等の革鎧かわよろいの胸に輝く紋章は、赤い鳥で「せーれい」だと大きな兵士の一人が教えてくれた。その兵士は背が高すぎて、ラスの家のドアわくに頭をぶつけていた。隊長だったらしく、若い兵隊にいろいろ命じていた。

 馬車や村人は兵隊が守ってくれているのだ。

 カッコいい。

 興奮したラスは、母親に早々に宣言した。


「ぼく、おおきくなったら、へいしに、なるっ!」


 母親は優しく頭をでてくれた。


 その日、馬車には村の子供とその母親、年寄り、歩けない病人が乗せられた。

 大人達は浮かない顔をしていた。中には怒って兵隊に突っかかる者もいて、慌てて村長達が、止めていた。何を怒っているのだろう。「おうのめーれい」とはいったいなんだろう。どうして村の周辺にくいが打たれ、ひもが結ばれているのだろう。母親はなぜ、全財産を背嚢はいのうに詰め込み、持ち出しているのだろう。


 夕方、出発前にラス達は不思議な光景を目撃をした。この世のものとは思えない純白のフード付き長衣ローブを着た人物が、おおかみとらを従えていた。


 彼等が何かすると、村にいる家畜が集まってきた。羊、鶏、馬、鴨が従順に一列になって、丘を目指して歩き出したのだ!

 これには村人達も兵士達も口をあんぐりとあけて、見つめるしか出来なかった。


「……動物使い?」

「馬鹿っ!失礼なことを言うなっ!あれはメレ・アイフェスだ!失礼をしたらクビが飛ぶぞっ!!」

「「「「メレ・アイフェス?!!」」」」


 ラスはこっそり母親にたずねた。


「かあさん、めれ・あいふぇすってなあに?」

「私達をみちびいてくれる賢者様だよ」


 母親の解答は、ラスにはよくわからなかった。みちびいてくれる?けんじゃさま?それってなに?

 

 家畜達の行進は続いていく。





「いやぁ、観測ステーションでの動物誘導同調経験がこんなところで活かせるとは」


『馬鹿野郎、油断するな。俺の不在時に水槽に落ちたのは、どこのどいつだ』


「今は、ディムがいるじゃないか。楽勝楽勝」


『お前なあ……』


「意外にディムは心配性だよね?」


『お前に関してだけだ』


「――」


『お前は、やらかしすぎる』


 カイルが嬉しそうな表情を浮かべて言葉を確認する前に、ディム・トゥーラは地獄じごくに突き落とした。






 家畜の最後尾さいこうびに、大きさを変えた狼にまたがった賢者が続いた。

 虎もその真横に付き従う。

 虎と狼は、白く輝きはじめ、夕闇ゆうやみが迫る道を照らした。


精霊獣せいれいじゅう……」

 誰かがつぶやいた。

 

 それが合図だったように馬車が動き出した。男達は家族が乗る馬車の横を歩き出した。馬に乗った兵士達がそれを見守り、誘導ゆうどうしていった。


 もう誰も文句を言わなかった。こんな田舎いなかの村に、兵団とあろうことか賢者までくるのは只事ただごとではなかった。理由は語られなかったが、村に危険が迫り、残留は許されなかった。


 戦争が始まるのか?

 大盗賊団の襲撃か?

 そのための避難なのか?

 兵士達は答えず、首をふり、今晩わかるとしか、言わなかった。村人達は、村が再起不能になることを想定しての避難の身支度を命じられただけだった。



 やがて馬車は、無人になった村を見下ろせる小高い丘に止まった。

 謎の行進の小休止しょうきゅうしだった。


「時間だ」


 フードを被った賢者がぼそりと告げて、兵士達に緊張が走った。

 誰かが異変に気づいた。


「星が流れている」


 夜空を輝く線が走りはじめた。


「星祭りでもないのに……」

「星祭りより多いなあ」


 まるで雨のような流星群が夜空をかざり、異様な明るさをもたらした。


 子供達は無邪気に歓声をあげた。

 

 流星とは違う赤い火の玉が空をよぎった。それはみるみるまに巨大になり白い煙をともない、ラスの村を襲った。

 時間差で轟音ごうおんがきて、地面が揺れ、強い風が彼等を襲った。馬車から降りていたラスは風圧によろめき、母親にしがみついた。


 ラスは見た。


 赤い大きな火の玉は、村にぶつかり眩い光を放ったのだ。

 木造の家屋は吹き飛び、やがて村に多数のともしびがついた。やがてそのともしびは瞬く間に大きな炎と黒い煙を生み出し、焦げた臭いが丘まできた。

 何が起きたのか誰も理解出来なかった。




 その日、エトゥール国内に、最初の小さな隕石いんせきが着弾した。

 

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