第25話 講義③

 ディム・トゥーラは地上と自分たちの決定的な差を思い知った。

 それは政治経済が安定していないために、生じるリスク管理と、その対策を施行する統率者としての才だった。


 完璧に管理されている中央セントラルより、そのコントロールははるかに難しかった。見下していた地上の方が、例えるなら盤上遊戯の超上級戦が展開され、より高度な技能を要求されていた。


 複雑怪奇ふくざつかいき極まる。


 これがロニオスを魅了した地上の特色の一つなのだろうか。


『後日、また講義をお願いしたい』


「こんな内容でよければ」


『この先の地上側の予想解析では、必要な分野になりそうだ』


「大災厄だけではなく、大災厄後の混乱をおさめることに手を貸してくれると?」


『大災厄後にカイルが姫と離縁りえんしてエトゥールを離れると思うか?』


「それこそ星が落ちてきてもないように思えるが」


『その通りだ』


 虎のウールヴェは事実を認め、エトゥール王の前で愚痴ぐちった。


『そうなると俺の地上への協力も自動継続される仕組みだ。カイルはそれを見越している節もある。俺はすでに貧乏くじを引いているんだ』


 メレ・エトゥールが笑いを漏らした。


「これは我が妹をめる案件かな?よくぞカイル殿メレ・アイフェスを口説き落とした、と」


『まあ、そうだが、実は最初から勝負はついてた』


「ほうほう」


『俺の世界ではこう言われている――れたら負け、と』







 カイルは、過去に丸暗記したエトゥールの書物から該当する外国語の辞書を探しだし、シルビアが記録した動画を繰り返し視聴した。カイルの翻訳インプラントが新しい言語情報の記録をはじめた。


 そのデータをクトリに渡す。

 クトリは、撮影動画に自動翻訳されたエトゥール語の字幕がつくプログラムをすぐに作成した。


 これには、ファーレンシアとメレ・エトゥールが驚いた。


 メンバーの中で外国語を学んでいるのは、王族である二人だけだった。


「まあ、すごい。動く絵に、絵本のように文字がつきました」

「これは会話の内容ではないか」

「そう」

「驚くべき技術だ」

「翻訳の精度せいどはどうだろう?」


 カイルはメレ・エトゥールに意見を求めた。


「助詞や助動詞がつたないぐらいだ。未翻訳になっているのは、その国独特の表現や、貴族の婉曲な言い回しだな。だいたいの大筋は、あっている」

「学習が必要だなあ……」

「当面は十分だし、私達はわかるから補完ほかんできる」


 カイルはミナリオを見た。


「外国の書は手に入る?」

「もちろんです」

「国境が隣接している国を優先でよい」


 メレ・エトゥールは指示をかぶせた。


『イーレやサイラスも呼び出して、言語を学習させろ。異邦人が闊歩かっぽすれば目立つ西の地ではともかく、エトゥール内で間者かんじゃを洗い出すには全員が言語修得しておいた方がいい』


 ディム・トゥーラはカイルに指示した。その内容に絶望した表情でカイルは支援追跡者バックアップが同調しているウールヴェを見下ろした。


「その修得させる膨大ぼうだいな基本言語は誰がデータをまとめるの?」


『お前しかいないだろう』


「……そんな気はしたんだ」


『お前は優秀だ。お前ならできる』


 カイルは少しだけ嬉しそうな顔をした。


「すぐにとりかかるよ」


 カイルが離れたあと、シルビアが虎姿のディム・トゥーラの隣にそっと立ってささやいた。


「ずいぶんと操縦方法がお上手になりましたね?」


『そうだな。木に登らせるぐらいはできるようになった』


「木どころか、大陸の最高峰さいこうほうの山脈まで踏破とうはできそうです」


『そこまで単純じゃないだろう』


「そう思いますか?試してみたらいかがです?」


 ディム・トゥーラは、シルビアの言葉にしばし考えこんだ。


最高峰さいこうほう踏破後とうはごの下山途中で遭難そうなんしたカイルを、探しに行く俺の姿が浮かんだから、試すのはやめておく』


 想像結果が妙にリアルだった。


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