第24話 講義②

「世界が退屈ならそれもいいかもしれないが、あいにくと私が考えているより広く謎に満ちているようだ。おまけに私はエトゥールのたみで手がいっぱいだ。残念だ」


 ディム・トゥーラは、セオディア・メレ・エトゥールを観察した。二十代半ばに見える年若いエトゥール王の本質が、底知れない野心家であったら大災厄後の方向も考慮するべきだった。

 だが、そうは見えない。

 いや、それすらもそう思わせる計算なのか。



 ロニオスと同質のにおいがした。



『……なるほど、権謀術数か。貴方が専門家であることは、よく理解した。で、初級だとどういうレベルなのか?』


 セオディアは面白そうな顔をした。


「続きがききたいと?」


『もちろんだ』


綺麗きれいな話じゃない」


『だと思う。カイルが嫌う類だろう。俺は平気だ。非常に興味がある』


「物好きな」


『学んでこいと言われている』


 セオディアは小さな笑いをらした。


「では、初級編といこうか。エトゥールと敵対する国に対しての話だ。敵対国の基盤きばんを揺るがすことを目的とする時、一番てっとり早いのはなんだと思う?これは、エトゥールでも、やられたことだが……」


 メレ・エトゥールは近くのテーブルの椅子に腰をおろし、ウールヴェを見つめた。


「民衆をあおることだ」


『――』


「この場合、煽動者せんどうしゃが必要となるが、それは反組織である必要はなく、正義感あふれる貴族の若者とかがよい」


『……貴族の若者?』


「ある程度、財力があるが、地位を継ぐことができない貴族の三男坊などが狙い目だ。彼等は将来が不安定だ。国が変われば、地位が得られ、豊かな生活ができると勘違いしやすい。金を持っている貴族の方が貪欲どんよくだ。面白い傾向だろう?」


『人の本質ではないか?』


「私もそう思う」


 メレ・エトゥールは同意した。


「彼等は自分の貪欲どんよくさを、大義名分のかげに隠し、封じる。その証拠に貧民ひんみんには手を差し出さない。平民までは存在を認めても、その下の貧民ひんみんはないものとする。大陸に蔓延まんえんする差別だ。西の民も差別されている。ちなみに、シルビア嬢のエトゥールでの施療院せりょういんが成功したのは、貧民ひんみんを救ったことにある」


 シルビアの施療院せりょういんがそんなところで、からんでくるとは、ディム・トゥーラは思わなかった。


『貴方はシルビアを利用したのか?』


「それは心外だ。私はシルビア嬢とカイル殿の希望をかなえただけだし、シルビア嬢は聡明そうめいだがら、黙って利用されるタイプじゃないだろう」


『……まあ、そうだが……』


「彼女を口説き落とすための、外堀を埋める努力は相当なものだった。なかなか手強てごわかった」


 ちらりとセオディアはカイルと話しているシルビアに視線を投げた。


『シルビア達を守って、くれるならいい』


「精霊の聖名みなにかけて誓おう」


 ディムは、内心ほっとした。

 腹黒、狡猾とカイルもシルビアも酷評するメレ・エトゥールのシルビアに対する想いは真摯しんしなものであることは、悟った。


『で、馬鹿な貴族をどうするんだ?』


 ディムは講義の先をうながした。


「自分を正義の味方だと陶酔とうすいさせ、国内の不満分子を集め、自己判断をもてない流されやすい民衆を扇動せんどうし、混乱を生み出してもらう。本人達は、まさか敵対している外国が背景にいると思わないし、その真実を知っても認めないだろう。プライドが邪魔をする」


 メレ・エトゥールはひざを組んだ。


「彼等は正義を振りかざし、民衆をあおり、暴動を引き起こすだろう。それは国力をぎ、混乱をまねく。その混乱こそが敵対国の思う壺なのだが、誰も認めないだろう。認めたら、自分達の存在意義がらぐ。それをまた利用される。一種の永久機関の出来上がりだ」


『待ってくれ』


 ディム・トゥーラは、講演者を止めた。


『貴方はエトゥールでも同じことが起きたと言った』


「うむ」


『エトゥールの場合、どう、対処したんだ?』


「したではないか。協力してもらえて、非常に助かった」


『……………………』


 ディム・トゥーラは思い出した。


『……姫の初社交デビュタントの事件か……』


 セオディア・メレ・エトゥールは、女性を魅了みりょうするであろう穏やかな微笑でディム・トゥーラの言葉を認めた。


 あの事件のあと、カイルには襲撃の可能性を黙っていたことを散々なじられた。あの襲撃撃退が鮮やかに成功したのは、出席の関係者が何も知らなかったことだと、ディム・トゥーラは密やかに思っている。


――晩餐会で襲撃があると予想される。狩ってもらいたいのはその襲撃者達だ


――……晩餐会が襲撃される、って誰に


――エトゥール国内の反乱分子、とでもしておこうか


 サイラスの依頼時の会話も、巧妙こうみょうに言葉が選ばれていたことに、ディムはようやく気付いた。


『確かに、サイラスへの依頼時に、言ってたな……』


「賢者の記憶力は素晴らしい。メレ・アイフェスは嘘を見抜くから、嘘は言わないように常日頃から心掛けている」


『なんと巧妙な……』


「それも権謀術数けんぼうじゅっすうの技術の一つだ」


 腹黒はらぐろ鬼畜きちく狡猾こうかつ――シルビアとカイルの酷評こくひょうは、ある意味正しいが、彼の策略に利用された負け犬の遠吠え的な要素も多大に含まれていた。


『……こりゃ、あいつらには勝てないな……』


 ディム・トゥーラのつぶやきの思念をメレ・エトゥールは聞き取った。


「あいつら、とは、メレ・アイフェス達のことか?外国勢か?」


『シルビア達のことだが、後者も含めても構わない』


「ありがたい評価だが、私でもメレ・アイフェスが予想の斜め上を突き進むことをどうにかしたい。何か助言は?」


『残念ながら、俺も常に模索もさくしている課題だ』


「それは、『ない』の婉曲えんきょく的表現だな?」


『そうかもしれない』


「やれやれ」


 エトゥール王は、本当に残念そうに吐息をついた。


初社交デビュタント時のエトゥール内の反乱分子は、排除できたのか?』


「ある程度は。彼等はエトゥール王の暗殺を試みたから、処断の理由はつきることは、なかった」


『ある程度とは?』


 メレ・エトゥールは少し楽しそうだった。


「ディム殿は鋭いなあ。私の宰相さいしょうになっていただきたいぐらいだ」


『上司である初代達に嫌気がさしたら、転職口の一つとして、検討しよう』


「それは、私の寿命が尽きたあとかもしれない、というオチだな?」


『そうかもしれない』


 メレ・エトゥールは笑った。


「ある程度というのは、当然、蜥蜴とかげ尻尾切しっぽきりがあり、真の黒幕にはたどりつけない」


『初代もエトゥールの国力をぐために暗躍していた』


「知ってる。だが、こちらは外国勢に踊らされた私の親族の不始末に近い。私の父は凡庸だったから、つけ込むすきがありすぎて、その後始末を現在進行中で行っている状態だ。東国イストレについては、その初代達が黒幕の一人である老中を始末してくれたから、報酬金ほうしょうきんを渡したいくらいだ」


 ディム・トゥーラは複雑な気分におちいった。問題のアードゥルは老中を始末したが、イーレとカイルを殺しかけているのだ。

 だが、ここで遭遇そうぐうしてなければ、アードゥル達との縁はなかっただろう。


『だが、敵は東国イストレのみではなかった』


「もちろん、そうだ。東国の老中は、五月蝿うるさハエの類だ。何度か私の暗殺を試みてきた。叩き落としに行ったら、初代に先をこされたというのが事実だ。初代のアードゥルに、やはり礼を用意すべきだな」


 ディムは、アードゥルの敬称が略されていることに気づいた。初代メレ・アイフェスでも、犯罪者に近く、信用度の問題なのだろう。

 そういえば、カイルは、姫がエルネストの正体が判明しても、格下のエトゥール王の臣下として扱ったことを語っていた。


 地上は思ったより、複雑だ。

 それを理解するには、時間が必要だった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る