第23話 講義①

「この『かめら』なるものは、本当に面白おもしろいなあ」


 セオディア・メレ・エトゥールはしみじみと語る。

 映像はカイルの知らない国の王宮だった。玉座ぎょくざに座る男とその配下の者達で延々えんえん討議とうぎが行われている。異国の言葉なのでカイルには、わからなかった。あとで学ぶ必要がある。

 モニターにうつる動画記録に、虎のウールヴェは相方カイルにらんだ。


『これも、報告がなかったな……』


「僕じゃないっ!!これを企画計画したのは、僕じゃないっ!!」


『報告をおこたっていたのは、お前だろう』


「うっ……」

「企画計画実行ともに私です」


 シルビアが片手をあげ自主的に申告した。


『……シルビア……』


「セオディア・メレ・エトゥールのウールヴェの使役数限界実験です」


『……カメラは不要だよな?』


「あ、僕がウールヴェの現在位置と情報収集のため、つけました」


『……クトリ……』


「ウールヴェの生態せいたい記録には動画記録は必須ひっすですよね?僕、ディム・トゥーラのために頑張がんばりました!」


 クトリ・ロダスが褒めてほしそうなキラキラした目でウールヴェ姿のディム・トゥーラを見つめてきた。それをカイルが見守っている。

 ここでクトリをめれば、一悶着ひともんちゃく勃発ぼっぱつする気配は濃厚だった。もちろん、不満を表明するのは間違いなくカイルだった。


『なぜ俺のため?』


 ディム・トゥーラは質疑応答しつぎおうとうで時間をかせいだ。


「ウールヴェという摩訶不思議まかふしぎな生物を研究するなら、動画資料が有効だと言われました」


 クトリは自信に満ちて胸を張る。


『その助言者アドバイザーは?』


「セオディア・メレ・エトゥールです」


 虎の問いかける視線に、セオディア・メレ・エトゥールは外交上の微笑で応じた。


『――』


 あきらめたディム・トゥーラはエトゥール王のそばに移動した。


『セオディア・メレ・エトゥール』


「なんだろうか、天上の偉大なる導師メレ・アイフェスよ」


『そんな修辞句おせじはいらない』


「だが今回の親書しんしょには使わせてもらった」


親書しんしょ?』


「ディム殿、貴方は天上の賢者メレ・アイフェスの代表で伝言役を担っている」


『代表ではないが、伝言役ではある』


「そして初代の賢者メレ・アイフェス権謀術数けんぼうじゅっすうを私に学んでこいと言われた」


『……まあ、そうだ』


「私は初代がディム殿を指名した意味がよくわかる。英断だし、絶対にカイル殿、シルビア殿、クトリ殿には学習できない分野だ」


『……イーレやサイラスは?』


「ある程度、才はあるが、おそらく本能で動く性格ではないだろうか?それほど先まで読まないだろう」


 脳筋のうきんという判断は間違っていないな――と、ディムは思った。


『それで?』


「何度か話題に上っているが、大災厄の問題点は何だと思う?『氷河期』による文明の滅亡、気候の変動、津波による人的被害、大量の難民の発生、穀物の発育不良、食糧不足、治安の悪化――まあ、いろいろありすぎてキリがないが」


『――』


「人的被害と難民の発生は、移住、避難推奨ひなんすいしょうで回避を計画している。穀物の発育不良、食糧不足は賢者達の技術力に大いに期待している。一つ、賢者達では対応できない分野がある」


『なんだろうか?』


「混乱中に乗じた外国の侵略しんりゃくだ」


『――』


「賢者達は外国事情とその力関係にうとい。危機感も薄い。だが、私はその点を一番危惧きぐしている。まあ、この分野は大災厄があろうとなかろうと、メレ・エトゥールとしての執務の範疇はんちゅうだ。エトゥールが滅ぶ災厄がくることは妹の先見でわかっていた。どんな災厄かは、当時わからなかったが、いろいろ考えていた。エトゥールの民が他国の奴隷どれいなどになることは許せなかったからだ」


 メレ・エトゥールは静かに語った。


「私は世界の滅亡を救うという大義名分で、王都エトゥールを差し出す代わりに、途方もない賢者の知恵という切り札を得た。では、エトゥールの王都が壊滅かいめつ的な被害を受ける今、外国の侵略をどう食い止めるか?この場合いくつかの手法がある」


『どんな?』


「一つは、西の民のように友好関係を結ぶ」


『順当だな』


「もう一つは貿易分野で関係を築く。東国イストレなどがそれにあたる。戦争は貿易の停止を意味し、経済の衰退すいたいつながる。貿易大国である東国イストレは、大陸の中心にあり貿易路ぼうえきろの一部でもあるエトゥールと戦争を行うことはない。自らの首を絞めることになるからだ。せいぜい王の暗殺をたくらむ程度だ」


 さらりと物騒なことを言われた。

 だが移動装置ポータルを多用するディム達には、地上の道が『貿易路ぼうえきろ』という発想はなかった。


『……これは戦争学や軍事戦略学の一種だな……』


「その通り」


『理解はできる。それで?』


「あからさまに敵対している国とどちらに転ぶかわからない国が残る」


『そうだな』


「これをどうするか――以外に話は簡単だ」


『なんだって?』


「似たような国内の状況に追い込めばいい」


『――』


「国が混乱すれば、内政に集中せざる得ない。戦争なんてやっている場合じゃない。その国が基盤きばんが揺らぐのだからな」


『……――』


「おさっしの通り」


 あっさりとセオディア・メレ・エトゥールは認めた。


「同じように星が落ちればいいんだ」


 一人と一匹の間にしばらく沈黙が流れた。まさかの恒星間天体の破片が、利用されているとは、さすがのディム・トゥーラは思わなかった。


『……実際に星の破片は落ちる』


「そう、私にとっては、わたりにふねだった。エトゥールだけの被害ではない。均等に世界を救うために、負担を担うのだから」


 メレ・エトゥールはわらう。


「無論、他国の被害を全く無視をしてもいいが、カイル殿はそれを嫌うだろう。なのでこちらは救済措置きゅうさいそちを各国にだす。エトゥールの姫巫女ひめみこが先見をしたという口実で、各国に警告の親書しんしょをだす」


 どこかディム・トゥーラは、ほっとした。他国の被害予想を沈黙するほど、情がないわけでは、なさそうだ。


「とりあえず1回目は」



「エトゥールは慈善事業じぜんじぎょうをやっているわけではない。当然、等価交換とうかこうかんだ。我々はこう言う――次回、精霊の警告があれば、伝えると」


『――』


「警告された方は、混乱するだろう。これはエトゥールの陰謀いんぼうか?いや、精霊の警告か?どうすると思う?とりあえず、様子を見るしかない。最初の先見の日まで――そしてエトゥールの警告通り、星の破片が落ちる。そこからは疑心暗鬼ぎしんあんきかたまりだ。精霊の姫巫女の先見に驚愕きょうがくし、エトゥールの精霊の存在に畏怖いふし、次回の星の落下の有無にうれう。いい時間稼ぎになると思わないか」


 ふっ、とエトゥール王は虎に笑って見せた。

 ディム・トゥーラは、返す言葉が見つからなかった。


「以上が、エトゥール流権謀術数けんぼうじゅっすうの入門編だ」


『入門編だって?!』


「もちろんだとも。権謀術数けんぼうじゅっすうの中では、可愛かわいいレベルだ。おそらく、メレ・アイフェスの中では、埋もれてしまった分野だろう。それにしても天上の初代のメレ・アイフェスと語り合ってみたいものだ。なかなか鋭くて、面白い人物だな。彼に君主論くんしゅろんの意見を聞いてみたい」


『やめてくれ。二人が対話したら化学反応を起こして、変な方向に走りそうだ』


「変な方向とは?」


世界征服せかいせいふくとか……』


「初代がその気になれば、世界はとっくの昔に彼らのものだ」


『それは、そうだが……』

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