第22話 解析⑪

「まあ、そうですね」


 コーヒーを入れながら、ディム・トゥーラは素直に認めた。

 ディム・トゥーラは自動配膳の食事を受け取り、部屋の片隅で食事を始めた。


『食事をとるのかね?』


「規則正しい生活をしないと、ジェニ・ロウがデータを消去するそうです」


『ああ、究極きゅうきょく脅迫きょうはくだ』


「目の前で実行されたので、ただの脅迫ではないことは思い知りました。さすがイーレの親友だ。確実に急所きゅうしょをついてくる。イーレの影響を受けたんですかね?」


『いや、それは我々の中で議論のみなもとになっている。イーレが先か、にわとりジェニが先か』


「これまた究極の循環参照じゅんかんさんしょうですね。俺、あの技術ハッキングが取得できるなら、ジェニ・ロウに弟子入りしようかな……」


『やめたまえ』


 ウールヴェは尻尾を太くして、本気で怯えていた。

 ディム・トゥーラは食事をする手をとめた。


「ロニオス」


『なんだろうか?』


「解析の結果はどうですか?」


『あまり、よろしくないな』


 隠すことなく、ウールヴェは答えた。


『最終的な選択は、地軸のブレが少ない方を落とすことになるだろう』


「場所は?」


『まだ、結果はでていない。先に先行している破片の軌道が優先だろう。それがエトゥール王との決め事だ』


「エトゥール王は正確な日時を知りたがっています」


『もっともな希望だ。君が解析した結果の日時の早いものから彼に伝えていこう』


「民衆の避難には時間がかかりますものね」


 ウールヴェは、つくづくとディム・トゥーラをながめた。


『君はまだまだ青いなぁ』


「は?」


『ちょっと、メレ・エトゥールのところにいって学んできたまえ』


「は?」


『どうせ、数日は私のデータの再構築でひまになるだろう。結果が出ている先行落下の日時と座標を持って地上にいってくるといい』


「すみませんが、意図いとが読めません。何を学ぶと?」


権謀術数けんぼうじゅっすうという分野をだよ』






「それ、意味がわからないよ」


 カイルもディム・トゥーラと同じ感想を言った。

 カイル達は談話室に卓をいくつも繋ぎあわせ、巨大な作業机を構築していた。その上にあるのは、ディム・トゥーラがアナログ印刷した地形図がつなぎ合わされて作られた、巨大な一枚の情報地図だった。

 カイルは虎姿のウールヴェのために椅子いすを用意して、そこにあがることで、全体を見られるように配慮した。


 情報地図には、升目ますめ上に線が引かれており、赤インクで国境やエトゥール内の地方領の境が記入されつつあった。


『この升目ますめは緯度と経度か』


「そう、クトリが算出して、記入している」


 卓の上に上がり込んで作業をしているクトリは、視線に気づきウールヴェに向かってVサインを出してきた。大災厄には非積極的だが、なんだかんだと作業に駆り出されていることを、彼はまだ気づいてないようだった。


「緯度と経度って、気象学では重要な情報なんだって」

 

『確かに。しかし、適材適所てきざいてきしょだな……クトリの降下もまるで定められていたようだ……』


「ディムもそう思う?」


『時々……な』


 セオディア・メレ・エトゥールは、専属護衛に赤インクで国境を記入させていた。

 リルとサイラスは街や村の名前を書き込んでいる。


『あれは?』


「他国の街や村の位置なんて、商人か間者スパイしか知りえない情報だよ」


 ディム・トゥーラは目の前で作成されつつある情報を注視し、考えこんだ。


『……初代達を連れてこい』


「はい?」


『ここに拠点情報を記入させる』


「それは僕も欲しいけど、エルネスト達が了承りょうしょうするかな?」


『先行した破片が拠点周辺にちる可能性を危惧している――で、釣ってみろ』


釣餌つりえなんだ……」


『研究員ならそれで釣れる。500年ぐらいで研究馬鹿の本質が変わらないだろう』


 ディム・トゥーラはなぜか勝利を確信しているようだった。



 



「釣られたな……」


 初代代表で釣餌つりえに引っかかったエルネストは諦めの吐息をついた。ウールヴェのトゥーラに半ば強制連行された彼は、談話室内の作業で全てを悟ったようだった。


「釣り主は君か」


『そう』


 ディム・トゥーラは素直に認めた。


『拠点の位置を知りたい』


「ロニオスに聞け」


『ロニオスは教えてくれないし、入れないじゃないか』


「君も入れない」


『だから、カイル達が正確に知る必要がある』


「地上人を入れるつもりはないぞ」


『今はそれでいい。だが、最後までそう言える状況かこちらも自信はない』


「それをここで言っていいのかね?」


 部屋のセオディア・メレ・エトゥールを初めとする地上人達が二人の会話を注視していた。 


 意外なことに、カイルが場をさらにあおった。


「地上の人々が聞いている前で、酷薄こくはくな物言いが維持できるかな?ディム、いいよ、この情報開示状態で。そのまま、エルネストを説得してよ」

「カイル・リード」

「状況は以前より悪いのは確かだよ。アドリーとやかた以外の拠点の位置を示してほしい」

「断る」


『ロニオスが望んでも?』


 エルネストが嫌そうに顔をしかめた。


「私達がロニオスに弱いと思ったら大間違いだ」


『弱いだろう』


 ウールヴェはちらりとカイルに一瞬だけ視線をやり、それを見ていたのはエルネストだけだった。


「……君は悪魔か?」


『最近、師事しじした人物が恐怖の大王だった』


「それはロニオスのことだな?」


『俺は固有名詞は言っていない』


「考えさせてもらう。まずは被害地図を完成させたまえ。それがなければ論じることすらできない」


 エルネスト・ルフテールの要求はもっともなものだった。






 大陸地図が完成した。

 赤いインクの太線は国境で、山地や川沿いに走っていた。

 クトリはそこに地上に現存する自分達の移動装置ポータルをさらに記入した。

 ディム・トゥーラは、国境線の位置をざっと確認した。


『クトリ』


「はい」


『俺がいう座標を地図に落としてくれ』


「緯度、経度ですか?それとも確定座標?」


『確定座標だ』


「待ってください。一度端末の方に記録します」


 クトリが端末を取り出し、ウールヴェと会話をしながら、作業を開始した。


「カイル殿」


 セオディア・メレ・エトゥールは、カイルの元にやってきた。


「質問がいくつか。まず用語がわからない。緯度と経度は、地図上の座標と理解しているが、「かくていざひょう」とは?」

「えっと……」


 カイルは説明の言葉を探した。


「舞踏会の襲撃で、イーレが移動装置ポータルでいきなり現れたでしょ?」

「うむ」

「天上の僕達の拠点から、地上に降りたつのは、座標が必要で、緯度、経度は地図上の座標だけど、それだけでは不十分なんだ」

「理由は?」

「高さとか深度しんどとかがない。天上から飛んできて、地面の中にめり込んで着地するのは事故だからね。移動装置ポータルは安全が確認されている場所のみに定着する」

「なるほど」


 メレ・エトゥールは納得すると同時に眉をひそめた。


「するとサイラス殿やイーレ嬢、クトリ殿は本来ならエトゥール城内に着地する予定だったと?」

「僕が世界の番人をののしったのを、理解してくれる?」

「なるほど。気持ちはわからないでもない」

「確定座標には、様々な情報が含まれるんだ。惑星内部の影響の地磁気ちじきや――」


 セオディア・メレ・エトゥールは軽く手をあげた。


「待て。ほぼ呪文になった。明日にでも講義してもらおう」

「わかった――あのさ、僕達も聞きたいことがあるんだけど」

「なんだろうか?」

「メレ・エトゥールが破片の到達日時と地点を知りたがったのは、住民の避難のためではないの?」

「避難のためだが」

「それがどう転んで、権謀術数けんぼうじゅっすうになるのか理解できない」


 セオディア・メレ・エトゥールは、あっけにとられた顔をした。


権謀術数けんぼうじゅっすう?」

「セオディア・メレ・エトゥールに学んでこいと、ディムが言われてやってきたんだけど――」


 カイルの言葉は、セオディアの大爆笑で遮られた。


「メレ・エトゥール?」

「いやいや、まいった。見抜かれているとは」

「は?」

「誰の助言だろうか?」

「えっと……初代のロニオスという人物だけど」

「では、のちほどそれを講義しようか」

「はい?」

「学ぶのだろう?メレ・エトゥール流の権謀術数けんぼうじゅっすうを」


 変な方向に話が展開してきて、カイルはたじろいだ。


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