第21話 解析⑩

『君がカイル・リードの友人でいてうれしいよ』


「皮肉ですか?」


『私は以前からそう言っているではないか』


「そうでしたっけ?俺はカイルほどの記憶力は保持していないので」


うそをつきたまえ。その表情は覚えている時の顔だ』


「気のせいです」


『君はエド・アシュルの後継者になれる可能性があるぞ』


 その言葉にディム・トゥーラは顔をしかめた。


「やめてください。古狸ふるだぬきの後継者なんて絶対に嫌です。俺がどれだけあの所長で苦労したと思っているんですか。まだ古狐ふるぎつねの方がマシだ」


『それはエド・アシュルより私の方が好ましいという意味かな?』


 ウールヴェの耳はぴくりと反応した。


「誰がそんなことを言いましたか?」


『言ったではないか』


「低次元な最低ラインを争っているだけです」


『最下位ではないということは、極めて重要な事案じあんだ』


 どこまで本気だろうか?いや、冗談だよな?

 ディム・トゥーラは判断に迷いが生じた。

 血迷って師事しじしてしまった狼に似た古狐ふるぎつねは弟子の言葉を待っていた。尻尾しっぽが微妙に揺れている。

 似ていないようで、息子のウールヴェの行動とどこか似ている。

 親子だ――奇妙なところで、ディム・トゥーラは血のつながりを感じてしまった。


「ああ、親子そろって面倒くさい……さっさと解析に戻りますよ。俺とカイルに悪いと思うのなら、迅速じんそくに解析を終えてください」


『まだ協力してくれると?』


「当たり前です。カイル達はまだ地上にいるんですよ?貴方一人の手で余るなら手伝ってあげてもいいです。とっとと的確な指示をください」


『……なるほど……これがうわさのディム・トゥーラのツンデレか……』


「なんか言いましたか?」


『なんでもない』


「解析が終わるまで酒は禁止です」


『なんだって?!』


「死ぬ気で解析をしてください」


『悪魔だ、鬼だ、鬼畜だ――っ』


「それを目指しています」


 しれっとディム・トゥーラは言って、個室コンパートメントをあとにした。






「ねえ……異様なほど、効率が上がっているのだけど?」


 ジェニが愕然がくぜんとした表情でディム・トゥーラともう一匹のウールヴェを交互に見比べながら、言った。彼らは今までの遅れを取り戻すように、猛烈もうれつに解析を進めていた。


「そうですか?」

「貴方が引きこもってから、ロニオスの効率は落ちていたのよ」

「それはびっくりです」


 ジェニの相手をしながらもディム・トゥーラの操作卓コンソールの上の手は休まることはない。驚異的なスピードで情報処理を行っていく。

 同様に少し離れた場所にいるウールヴェも思念操作による端末で、空中にスクリーンを展開し、量子コンピュータの解析結果を統合処理していた。


「貴方達、半年分を二週間でこなすつもり?」

「いやいや、まさか」

「そうよね」

「一週間あればいけるでしょ」

「は?」

「ロニオスの酒断さけだちは一週間が限界だと思いますよ」

「……貴方、ロニオスを脅迫したの?」

「弟子の脅迫なんて無視すればいいのに、彼も可愛いところがありますね。ジェニ・ロウ、次の解析データをください」


 ジェニ・ロウは慌てて、観測チームから送られてくるデータをディム・トゥーラの端末に転送した。


「ロニオスをぎょせるとは――貴方、私の後継者にならない?」

「なんですか、その人材募集リクルート合戦は」


 解析の手を休めることなく、ディム・トゥーラは突っ込んだ。


「エディも貴方に目をつけているし、なるほど……競争率は激しいわね……出し抜かなくては」

「やめてください。俺はカイル・リードの世話で精いっぱいです。あの親子、似ていないようで、手がかかるところは、そっくりだ」

「そうなのよ」


 うれいたように、ジェニ・ロウは認めた。


「カイル・リードは知らないけど、ロニオスは時々、子供のように手がかかるのよね」

「時々ですか?」

「……鋭い突っ込みね……」

「ロニオスの息子は、いつも手がかかります」

「それは間違いなく遺伝ね」

「……やはり遺伝ですか……」


 あきらめたようなディム・トゥーラの声色に、ジェニ・ロウはぷっと笑いを漏らした。


「お互い苦労するわね」

「まったくです。ジェニ・ロウ、次のデータを」

 

 解析をすすめるうちにジェニ・ロウは眉をひそめた。


「先行する断片はかなり広範囲に及ぶわね……」

粉塵量ふんじんりょうからいくと、まだマシな方です」

「ディム・トゥーラ、国境線の正確な情報が必要じゃなくて?」

「確かに」

「現地のこよみが必要だわ」

こよみ?」

「現地のこよみとこちらの時間情報をシンクロさせる必要があるわよ」

「なるほど、すぐにカイルに伝えます」




『カイル』

『何?』

『国境線の情報がいる。詳細はエトゥールにしぼりたい』

『そちらの地形図情報をアナログ印刷で送って。そちらの方が正確だし、誤差はなるべく少なくしたい』

『用意しよう。あとこよみ情報も』

こよみ?』

『時刻合わせが必要だ。カウントダウンは正確であるべきだ』

『なるほど。待ってて。すぐに用意する』




 数時間後、カイルのウールヴェであるトゥーラが地上のこよみを持ってきた。代わりにアナログ印刷した地形図を折りたたみ、トゥーラの背嚢はいのうに入れ、すぐに送り返した。


「便利ね……」

「俺も最近、そう思います」


 入手したこよみは惑星が太陽の周りをまわる周期をもとにして作られた太陽暦だった。


「ロニオス」


『なんだろうか?』


「貴方、こよみの作成にも干渉かんしょうしましたね?」


『ばれたか』


「こんな完璧に春分点や秋分点まで反映させた太陽暦を、今のレベルの地上文明が作れるわけないでしょう?」


『だが、今、役にたっているだろう?』


 先の先まで読んでいる。ロニオスは先見の能力がないと言っていたが、これも先見の一種じゃないだろうか?


「貴方とチェスはやりたくないな……」


『そうだな、君は勝てない』


 肯定されてディム・トゥーラは、イラっとした。

 ざっと中身を検分したディムはすぐに情報を取り込み100年分の暦を作成した。


「そんなにいる?」

「俺達が爆破させるメインの方の破片は、宇宙空間に滞留たいりゅうします。おそらく広範囲に及び今後数十年間、定期的な流星群や隕石雨をもたらす可能性があります」

「……貴方、専門は動物学よね?いつ宇宙物理学を学んだの?」

「つい最近です」


 ジェニ・ロウはディム・トゥーラをにらみ、端末を操作した。


「チップの消耗が激しすぎる――あなた徹夜で宇宙物理学をマスターしようとしているわね?」

「面白くてつい夢中になってしまいました」


 作業をしながら、ディム・トゥーラはしらばっくれた。


「今すぐ、体内チップを補充しなさい。さもなくば、今解析しているデータを全消去するわよ」

「な――」


 思いもよらない脅迫きょうはくにディム・トゥーラは絶句した。


「作業を妨害してどうするんですか?!」

「研究馬鹿が無茶をしないようにするのも中央セントラルの管理官の務めだわ。1時間休憩して体内チップを補充するのと、作業を1週間遅延ちえんさせるのとどちらがいいの?」


『抗議するだけ無駄だ』


 ディム・トゥーラの抗議を封じたのは、ロニオスだった。


『彼女は本当にする。私達は何本論文を消去されたことか、なあ?』


 同意を求めた先は、エド・ロウだった。所長もしみじみと頷いた。


「あれから、まめに複製バックアップをとるようになった」


 二人の会話に、ディム・トゥーラはこっそり複製バックアップをとり作業データを保存した。


『本当に容赦ようしゃないんだよ。エド、君はそれが快感になって、彼女に結婚申し込みプロポーズをしたんではないか?』


「実際は、彼女の困った上司ロニオスに対する愚痴の聞き役になって親しくなったんだ」


『なんと、私は君たちの恋の手助け役キューピッドか』


 

 次の瞬間、ロニオスの作業していたデータは、ハッキングを受け全消去された。






「俺に警告をしてくれた割には、学習能力がないですね?」


 ディム・トゥーラは注射で体内チップを補充しながら、衝撃しょうげきのあまりぐったりと床で横たわっているウールヴェを見下ろした。


『……酒のお預け期間が延びてしまった……』


「問題点はそこですか?」


 ちらりと、ウールヴェは視線を投げてきた。意味することは明白だった。


「解析が終わるまで、酒は禁止です」


 ウールヴェのぐったり度が増した。惑星を救おうとしているはずの指導者がこれでいいのか、とディム・トゥーラは内心突っ込んだ。


『……君は、まるでジェニのようだ』


「彼女に後継を打診だしんされました」


 ウールヴェの尻尾しっぽの太さが最高記録を更新した。


『だめだ!それは絶対にだめだ!ジェニ・ロウの後継者なんてとんでもないっ!』


「理由をきいても?」


『君とジェニ・ロウがタッグを組んだら、酒が全面禁止になってしまうではないか!』


 発言の内容がただのアル中親父だった。


『だいたい、カイルを放置して、君が中央セントラルの管理職につくとは思えない』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る