第20話 解析⑨

 アードゥルは花畑の中にいるカイル・リードとディム・トゥーラが同調したウールヴェを見つめた。


「だが、少しずつだが、昔を思い出すことが苦痛ではなくなった。自分でも不思議だ」

「ミオラスか?それともカイル・リードの影響か?いやロニオスとの再会という線もあるか」


 エルネストの追及ついきゅうに、アードゥルは苦笑を漏らした。たまにエルネストは研究馬鹿的な考察こうさつに走る。原因はどれでもいいのでは、とアードゥルは思う。


「わからないと言っているじゃないか」

「エレンの話題が禁忌きんきでなくなったことは、一応、進歩だと認めよう。思い出話一つもできなかったんだからな」

「……親猫の話ならいつでも応じるぞ?」

「……だから、そこから離れてくれ」


 アードゥルは笑いを嚙み殺した。エルネストを揶揄からかう立場になれるのは、久しぶりだった。アードゥルは空を振り仰いだ。


「もしかしたらエレンはロニオスの子供達の故郷こきょうとして、この惑星を守りたかったのかもしれない……」

 





「ディム?」


 ウールヴェは初代達をややけわしい表情で見つめていた。

 カイルは焦った。和解にいたったと思い込んでいた初代との関係は悪化したのだろうか?


『あの野郎……俺で反応実験をしやがったな』


「反応実験?」


『……なんでもない。心配するな。ロニオス並みに癖はあるようだが、共同戦線は、張れないこともない』


「本当?」


『………………多分、な……』


 珍しく弱気なつぶやきが追加され、カイルを不安にさせた。ディム・トゥーラらしからぬ発言ともいえた。


「多分って、どういう意味で……」


『俺は今まで所長とかにふりまわされていたが、さらに勝てる気がしない人物達が最近集団発生していて自信喪失をしているんだ』


「えっと……ロニオスと、アードゥルと、エルネストと――」


『ジェニ・ロウ』


「所長の奥さんも、そこに加算されちゃうんだ……?」


『ロニオスも勝てない存在で、イーレの親友だぞ?』


「ラスボスみたいな設定だね……ところで、アードゥルとエルネスト達と、長々と何を話したの?」


『お前のことに決まっているだろうが』


「ううっ……僕の何を?」


『お前の猪突猛進ちょとつもうしんぶりと、立っている者は親でも使え主義の鬼畜ぶりについてだ。回避したければ、中央セントラルに帰還することを推奨しておいた。俺の体験談をきいて、彼等も中央セントラルの帰還を選択するかもしれない』


「ひどいよ、ディム」


『冗談だ』


「冗談に聞こえない」


『……鋭いな』


「どっちなんだっ?!」


 カイルは虎型のウールヴェを揺さぶった。


『……お前は時々、他者の評価を極端に気にするな?』


「僕が気にするのは他者じゃなく、ディムからの評価だよ。僕を認めてくれるのはディムじゃないか。存在していい、と言ってくれたディムから酷評こくひょうされるのは、一番こたえる」

「――」


 ディムは一瞬あっけにとられた。

 カイルが暴走した時、深層心理でディム・トゥーラが語った言葉をカイルはしっかり覚えていた。確かにそんなことを言ったことが、記憶にあった。


 

――俺が肯定してやる。お前は存在していい。俺がお前を認めやる。いや、いつだって認めていただろう。中央セントラルで俺と対等だった――俺以上の――能力者はお前だけだった。俺はお前を認めているから、支援追跡者バックアップを引き受けたんだ



 あれを覚えていたのか。

 ディムは困惑と羞恥しゅうちがカイルに露呈ろていすることを懸命に阻止した。修羅場しゅらばで語った本音をこの時点で突きつけられるとは、どんな罰ゲームだ。


『お前……本当に自己評価が低いな……』


「自己評価の上げ方を教えてよ。僕もディム・トゥーラみたいに唯我独尊ゆいがどくそんになりたいよ」


 カイルはねたように言った。


唯我独尊ゆいがどくそん……何気なにげに失礼なことを言ってるな?』


「自信に満ちあふれているじゃないか」


 ああ、なるほど。中央セントラルの教育差が、こういうところにも反映されるのか。

 ディム・トゥーラは納得した。ディム・トゥーラの自信は、教育結果の産物だ。将来、他者を統率すべき上に立つ者が、持つ能力にすぎない。セオディア・メレ・エトゥールと同系列だ。

 カイルが持っていない才ともいえた。

 そしてカイルが持っていて、ディム・トゥーラが失ったものも確かにあった。


『お前は……そのままでいい』


「え?なに?自己評価の低いままでいろってこと?!」


『いや、自己評価はもう少し、高めてもらいたいが……お前は、お前のままでいい。変わる必要はない』


「僕は変わりたいんだけど?」


『お人好しで、人たらしで、猪突猛進ちょとつもうしんで、考えなしで、規格外で、姫に弱くて、惚気のろけまくるお前でいい』


「ちょっと?!悪口を羅列られつしていないっ?!」


『ちゃんとめている』


「どこがだよ?!規格外をつければ、免罪符めんざいふになると思っているでしょ?!」


『そんなことはないぞ?』


「絶対に嘘だっ!」


『本当だとも。――さて、そろそろ戻る』


「……ああ、うん、急に呼び出してごめん。あのさ……」


『うん?』


「ロニオスとは、上手うまくやれているのかな?家出したい気分だ――とか、言ってたじゃないか」


 ディム・トゥーラは、ロニオスがカイルに対して、誤魔化しがきかず、追求の手が厳しいことを嘆いていたことを思い出していた。

 カイルは自分のことは、無自覚で鈍いが、他者のことはよく見ていて、細かいことに気づいていた。


『……お前、脅威的な記憶力を持っているな……』


「うん?だから、絵が描けるけど?」


『いや、そうじゃなく――』


 ディムは途中で解説をやめた。本人に本人の特性を語るほど、むなしいことはない。無自覚は無自覚のままでいいかもしれない。そちらの方が都合がいいことが多いに違いない。


『大丈夫だ。地上がいい気晴らしになった。古狐ふるぎつねのロニオスにも耐えられそうだ』


古狐ふるぎつね…………本当に大丈夫なの?」


『ああ、だからお前は絶対変わるなよ?そのままでいろ』


「意味わかんないよ」


『お前が素直さを失って、初代達に似てきたら、俺には絶望しかないからだ』


 ウールヴェは真顔できっぱりと告げた。







『お帰り』


 同調から目覚めたディム・トゥーラはギョッとした。

 問題のウールヴェ姿のロニオスがベッドのそばに待機していた。


『地上に家出したままなら、迎えに行こうかと思ったところだ』


 皮肉を織り交ぜてきた言葉に、地上でのカイルとの会話も、ロニオスに筒抜つつぬけでは、という疑念を抱いた。

 ウールヴェのネットワークなるものが、存在しているかもしれない。


「家出するには準備不足だし、貴方の悪口を思い切り言ったので、気が晴れたので戻ってきました」


 ディム・トゥーラの切り返しに、ウールヴェの尻尾しっぽがわずかに太くなった。


 生態観測が得意分野であるディムは、その変化を見逃さなかった。自分に悪口を言われていた気にするような繊細さをロニオスは持ち合わせていない。

 気にしているのは、誰に悪口を言ったか、だろう。もちろん、その気にする相手は、カイル・リード一択いったくだった。

 カイルとの会話は、ロニオスには聞かれていない。

 そういう結論にディム・トゥーラは達した。


「いろいろアフターケアが必要なので、たびたび地上に行きます。いいですよね?」


 ウールヴェの尻尾しっぽがまた少し太くなった。

 ディム・トゥーラの含みを持たせた言い回しに、ロニオスは引っかかってくれた。カイルに全てを話したと勘違いしたようだった。


『もちろんだ。こちらは気にしなくていい』


 おや?

 何が何でも大災厄を優先させると思われた鬼畜きちくな初代の意外な譲歩じょうほに、ディム・トゥーラの方が驚いた。


『なんだね?』


「いや、てっきり解析を優先しろと言うかと思ったので」


 ウールヴェは短いため息をついた。


『君は私をなんだと思っているんだね?』


極悪非道ごくあくひどう最低最悪さいていさいあくのカイルの父親です」


『……称号が増えてうれしいよ……』


「ちなみに俺の中では、アードゥルを越えてマイナス評価の最先端を独走中ですから」


『アードゥルより下だと?!』


 ウールヴェが驚愕きょうがくの表情を浮かべた。


「ちなみにアードゥルの評価は、中世ちゅうせいのバブル経済並みに急上昇しています」


『私の評価は、バブル崩壊後の急落か』


「いやいや、そんな可愛いものじゃありませんよ」


 ディム・トゥーラのそっけない態度にロニオスの方がひるんだ。


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