第19話 解析⑧

「一般的に知られていない中央セントラルの闇の部分だ。研究都市も一枚んでいる。倫理を守るのも中央セントラルで、倫理を影で破っているのも中央セントラルだ」


 アードゥルは首を振ってみせた。


「体制を維持するための合理的な仕組みともいえる。綺麗きれいごとだけでは世の中は維持できない。当事者にならない限り、人々は気づいていない。気づく意思もない。疑問に思わない。そこへミオラスのような規格外で新しいパターンを持つ能力者が現れたらどうする?法規で守られる人権もない世界の住人だ。あっというまに監禁されて実験体だ。君の方はまだ人権は守られるが、似たようなものだ」


『彼女の能力は?』


「歌で影響を与える」


『音楽療法の一種か?』


「あれは誰にでも可能な体系化されている分野だろう。彼女の場合は、思念波で人の深層心理に影響を与える。耳で聞いた歌は、脳から自律神経系に影響を与える。それに認知されない思念波の刷り込みが加わると思っていい」


『それは洗脳じゃないか』


「こんなはずじゃなかったんだが、暇潰ひまつぶしに教えた音楽が、彼女の歌唱力かしょうりょくと結びついて異能が開花してしまった。もちろん、我々のような精神感応者テレパシストは、すぐに彼女の能力に気づき対処できる。未開の地である地上では強力な武器だ」


『無関係だと放置すれば、よかったのでは?』


 初代の二人は同時に吐息をもらした。


「その通りだ。我々は放置するべきだった。だが、できなかったんだ」


――ああ、俺とサイラスがリルを放置できなかったことと一緒だ。


 ディム・トゥーラは悟った。


『地上の人間は、魅了みりょうの技術でも持っているのか?地上に関わった研究員は、皆深入りして、囚われていく』


「ミオラスに関しては否定できない」

「彼女はエレンを失った我々の隙間を埋めた」


『身代わりか?』


「その可能性を私達も論じていた。だが、身代わりならエレンのクローン体にかれたのでは、ないだろうか。クローン体に対して私は怒りしか感じなかったが」

「アードゥル、彼女にはイーレという名がある」


 エルネストは、やんわりと、たしなめた。


「そんな名前だったかな?」

「君がミオラスの名前を覚えたのが、奇跡に思える」

「君はイーレに対して好意的だから、すぐに受け入れられたのだろう。私はいまや中立でしかない。ところで続きは後日にしないか?」


『うん?』


「さっきから、視線が痛い」


 アードゥルの視線の方向を追いかけたディム・トゥーラは、原因を知った。


 庭でお茶をしているカイルが、こちらを注視している。そのかたわらにひかえているウールヴェのトゥーラは、イカ耳でしょんぼりしてわかりやすく主人カイルの落ち込み具合を伝えてきた。

 ディムは呆れた。訴えが露骨ろこつすぎた。

 エルネストが笑いを漏らした。


蚊帳かやの外でねている」


『……なんて、面倒くさい……』


「わかりやすくていいじゃないか。支援追跡者バックアップとしては、誤解が発生しにくい対象者だ」


 同じ支援追跡者バックアップのエルネストの感想に、ウールヴェは首をふった。


『振り回される度合いは通常の10倍だが、交代して体験してみるか?』


「老人に重労働は無理だ」


『普段は年寄り扱いに抗議するのに、都合がいいときは老人のふりをするのは、初代の共通の特徴か?』


「どうせ、その例は、ロニオスだろう?我々もその手法を、ロニオスから学んだ」


『……頼むから、ロニオス攻略ガイドを作成してくれ。高値で買い取る』


 初代の二人は、ロニオスに振り回されているディム・トゥーラのポロリと漏らした本音ほんねに声をあげて笑った。






 長い話し合いは終わったようで、初代の二人はゆっくりとこちらに歩いて向かってきた。

 思わずカイルは礼儀違反だと自覚しつつ、中座してアードゥル達の方に向かった。二人が笑っているところを見ると、話し合いにトラブルはなかったようだった。


「終わったの?」

「続きは後日にした。君は腹芸はらげいを覚えた方がいい」

腹芸はらげい?」


 アードゥルが指差した先はカイルのウールヴェだった。カイルの隣に立つウールヴェのトゥーラは、喜びに複数の尻尾しっぽを全回転していた。二人が笑っていたのは、それだった。

 カイルは赤面して、手を伸ばすと尻尾しっぽを握ることで、尻尾しっぽ扇風機を止めた。カイルの手の中で、ウールヴェの長い尻尾しっぽの先端がうねっていた。


 ディム・トゥーラとアードゥル達が対立しなくて安堵したことは間違いないが、それを露骨ろこつに当事者達に表現する必要はなかった。


「落ちつけ、はしゃがないでくれ」


――なんで?今、嬉しいよね?


「僕だって、見栄みえを張りたい時がある。心情が相手にバレたくないんだ。お前が僕の喜怒哀楽を表現すると、僕の演技力と見栄みえ粉砕ふんさいされてしまう。いつも毅然として、堂々としてほしい」


――むずかしいけど 頑張がんば


 カイルとウールヴェの対話にエルネストは笑った。


「重要な話合いの場にウールヴェを連れていくのは、しばらく控えた方がいいな。駆け引きもへったくれもない。メレ・エトゥールにもう少しコツ教えてもらうといい」

「そうするよ。……長い話し合いだったね?何を話したの?」

「もちろん君のことだ」


 予想通りの回答に、カイルはうっと詰まった。


「ぼ、僕の何を?」

「その規格外の能力とその取り扱い説明書だ。残念ながら取り扱い説明書はないと言われた。あちらはロニオスの取り扱い説明書を求めてきたな。それも残念ながら、ない」


 対話の内容にカイルは納得した。ディム・トゥーラはくせのあるロニオスに苦労しているのかもしれない。




『相変わらずの詐欺師さぎしのような語りだな』

『嘘は言っていない。口下手くちべたな君に代わって説明しているが、君が担当してくれてもいい』

『まかせた』




「彼はなかなか優秀だな。だが、ロニオスで苦労しているようだ」

「そういえば、家出したい気分だ、とすぐにこちらの要請に応じてくれた」

「まだまだ話し合う内容が山積みだ。今後もここで対話するだろう」

「わかった」


 不意にアードゥルが手を伸ばし、カイルの髪の毛をわしゃわしゃにしてでた。


「も、もしもし?また、ロニオスのことで、同情されている?」


 最近のアードゥルは、妙な癖をつけていた。東国イストレで対立した人物と本当に同一人物だろうか、とカイルは思った。


「まあ、そうだ。……ところで、君の支援追跡者バックアップが待ちわびている」

「え?」


 カイルが慌てて、花畑の方を見ると、ウールヴェの虎がややイラついたように待機していた。


「ちょ、ちょっと行ってくる。また、あとで!」


 カイルは慌てて、遠く離れたウールヴェに向かって駆け出した。

 それをエルネスト達は見送った。


「アードゥル」

「なんだ?」

「君は、今、わざとカイル・リードの頭を撫でただろう?」

「もちろんだ」

「何を遊んでいる?」

「ただの反応実験だ。支援追跡者バックアップの反応が昔のエルネストにそっくりだ」

「私に?」

「エレンに出会った頃、私がエレンに触れると、仔猫を守る母猫のようにいきりたっていたじゃないか」

「…………頼む、もう少し真っ当な表現にしてくれ……」

「適切な表現だと思うが、もう少し文学的表現を探そうか?」


 二人は揃って、花畑のディム・トゥーラを振り返った。虎はアードゥルをにらんでいた。


「ほら、君にそっくりだ。まだ、信頼を得ていないから、私がカイルに危害を与えないか見張っていて、敏感になっている。支援追跡者バックアップは面白いな。そういえば、ロニオスも私に過保護な時期があった。なんでそうなるんだ?」

「ディム・トゥーラの場合、君がカイルを傷つけた前科持ちなことを考えれば、当然の反応だろう。むしろ対話に応じた心の広さにびっくりだ」

「なるほど。では昔の君の私に対する態度は?」

「エレンが周囲が見えなくなるほど、君にぞっこんになりそうな気配がしたから、君などカタパルトに乗せて宇宙の果てに射出したくなっただけだ」

「……母猫の態度の理由はそれか」

「……だからその表現はやめたまえ」


 エルネストは顔をしかめた。


「だいたい君から、エレンを話題にするとはどういうことだ」

「私にもわからない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る