第19話 解析⑧
「一般的に知られていない
アードゥルは首を振ってみせた。
「体制を維持するための合理的な仕組みともいえる。
『彼女の能力は?』
「歌で影響を与える」
『音楽療法の一種か?』
「あれは誰にでも可能な体系化されている分野だろう。彼女の場合は、思念波で人の深層心理に影響を与える。耳で聞いた歌は、脳から自律神経系に影響を与える。それに認知されない思念波の刷り込みが加わると思っていい」
『それは洗脳じゃないか』
「こんなはずじゃなかったんだが、
『無関係だと放置すれば、よかったのでは?』
初代の二人は同時に吐息をもらした。
「その通りだ。我々は放置するべきだった。だが、できなかったんだ」
――ああ、俺とサイラスがリルを放置できなかったことと一緒だ。
ディム・トゥーラは悟った。
『地上の人間は、
「ミオラスに関しては否定できない」
「彼女はエレンを失った我々の隙間を埋めた」
『身代わりか?』
「その可能性を私達も論じていた。だが、身代わりならエレンのクローン体に
「アードゥル、彼女にはイーレという名がある」
エルネストは、やんわりと、
「そんな名前だったかな?」
「君がミオラスの名前を覚えたのが、奇跡に思える」
「君はイーレに対して好意的だから、すぐに受け入れられたのだろう。私はいまや中立でしかない。ところで続きは後日にしないか?」
『うん?』
「さっきから、視線が痛い」
アードゥルの視線の方向を追いかけたディム・トゥーラは、原因を知った。
庭でお茶をしているカイルが、こちらを注視している。その
ディムは呆れた。訴えが
エルネストが笑いを漏らした。
「
『……なんて、面倒くさい……』
「わかりやすくていいじゃないか。
同じ
『振り回される度合いは通常の10倍だが、交代して体験してみるか?』
「老人に重労働は無理だ」
『普段は年寄り扱いに抗議するのに、都合がいいときは老人のふりをするのは、初代の共通の特徴か?』
「どうせ、その例は、ロニオスだろう?我々もその手法を、ロニオスから学んだ」
『……頼むから、ロニオス攻略ガイドを作成してくれ。高値で買い取る』
初代の二人は、ロニオスに振り回されているディム・トゥーラのポロリと漏らした
長い話し合いは終わったようで、初代の二人はゆっくりとこちらに歩いて向かってきた。
思わずカイルは礼儀違反だと自覚しつつ、中座してアードゥル達の方に向かった。二人が笑っているところを見ると、話し合いにトラブルはなかったようだった。
「終わったの?」
「続きは後日にした。君は
「
アードゥルが指差した先はカイルのウールヴェだった。カイルの隣に立つウールヴェのトゥーラは、喜びに複数の
カイルは赤面して、手を伸ばすと
ディム・トゥーラとアードゥル達が対立しなくて安堵したことは間違いないが、それを
「落ちつけ、はしゃがないでくれ」
――なんで?今、嬉しいよね?
「僕だって、
――
カイルとウールヴェの対話にエルネストは笑った。
「重要な話合いの場にウールヴェを連れていくのは、しばらく控えた方がいいな。駆け引きもへったくれもない。メレ・エトゥールにもう少しコツ教えてもらうといい」
「そうするよ。……長い話し合いだったね?何を話したの?」
「もちろん君のことだ」
予想通りの回答に、カイルはうっと詰まった。
「ぼ、僕の何を?」
「その規格外の能力とその取り扱い説明書だ。残念ながら取り扱い説明書はないと言われた。あちらはロニオスの取り扱い説明書を求めてきたな。それも残念ながら、ない」
対話の内容にカイルは納得した。ディム・トゥーラは
『相変わらずの
『嘘は言っていない。
『まかせた』
「彼はなかなか優秀だな。だが、ロニオスで苦労しているようだ」
「そういえば、家出したい気分だ、とすぐにこちらの要請に応じてくれた」
「まだまだ話し合う内容が山積みだ。今後もここで対話するだろう」
「わかった」
不意にアードゥルが手を伸ばし、カイルの髪の毛をわしゃわしゃにして
「も、もしもし?また、ロニオスのことで、同情されている?」
最近のアードゥルは、妙な癖をつけていた。
「まあ、そうだ。……ところで、君の
「え?」
カイルが慌てて、花畑の方を見ると、ウールヴェの虎がややイラついたように待機していた。
「ちょ、ちょっと行ってくる。また、あとで!」
カイルは慌てて、遠く離れたウールヴェに向かって駆け出した。
それをエルネスト達は見送った。
「アードゥル」
「なんだ?」
「君は、今、わざとカイル・リードの頭を撫でただろう?」
「もちろんだ」
「何を遊んでいる?」
「ただの反応実験だ。
「私に?」
「エレンに出会った頃、私がエレンに触れると、仔猫を守る母猫のようにいきりたっていたじゃないか」
「…………頼む、もう少し真っ当な表現にしてくれ……」
「適切な表現だと思うが、もう少し文学的表現を探そうか?」
二人は揃って、花畑のディム・トゥーラを振り返った。虎はアードゥルを
「ほら、君にそっくりだ。まだ、信頼を得ていないから、私がカイルに危害を与えないか見張っていて、敏感になっている。
「ディム・トゥーラの場合、君がカイルを傷つけた前科持ちなことを考えれば、当然の反応だろう。むしろ対話に応じた心の広さにびっくりだ」
「なるほど。では昔の君の私に対する態度は?」
「エレンが周囲が見えなくなるほど、君にぞっこんになりそうな気配がしたから、君などカタパルトに乗せて宇宙の果てに射出したくなっただけだ」
「……母猫の態度の理由はそれか」
「……だからその表現はやめたまえ」
エルネストは顔をしかめた。
「だいたい君から、エレンを話題にするとはどういうことだ」
「私にもわからない」
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