第18話 解析⑦

 だが、カイルに関して、地上の初代達と連携れんけいが約束されるなら、こんな心強いことはなかった。


『カイルに関して、信頼していいんだな?』


「もちろん」

「息子は腹芸はらげい下手へただし、思考波長がロニオスに似ているから、思考が筒抜つつぬけだ。遮蔽しゃへいが下手なのかと思ったが違うようだ」


 ぼそりとアードゥルが言った。その意見にエルネストまでもが賛同した。


「そういえばそうだな。私もやや不思議に思っていたんだ」


『カイルの思考が読めると?』


「読めるというより、自然に拾うという状態の方が近い。私はロニオスの支援追跡バックアップを以前受けていた。彼等が親子だからかもしれない」

「その推論すいろんはやや弱くないか?」

「そうか?」

「私は、赤子あかごのカイルを君があやしていたことに関係があると仮説をたてるが」

「そうならばジェニやエレンも影響を受けたはずだ」


?』


「彼がマメに世話をした、と言っただろう?保父の才能があると」


『あやすとは?』


「――」

「――」

「そこからか」

「いや、一般的な反応だ。私も500年前に同じ質問をした。赤子あかごの世話など、育成ポットで無縁だし、ジェニもエレンも戸惑とまどっていたことを記憶している」


 アードゥルはディム・トゥーラの反応に理解を示した。アードゥルはウールヴェを見た。


「恐ろしいことに、地上には赤子あかご用の育成ポットがないんだ」


『――』


 その言葉に、ややディム・トゥーラは呆然とした。意味が理解できなかった。育成ポットなしにどうやって生育するんだ。


『……拠点きょてんに育成ポットぐらい……』


「あるわけなかろう。学術調査の場に、赤子あかごがいることは想定しない。中央セントラルに帰還すればいいだけだ。コンピューターによる健康管理など出来ず、地上人は山羊やぎちちか母乳で赤子あかごを育てる。そしてさらに恐ろしいことがある」


『……それは?』


四六時中しろくじちゅう赤子あかごは泣くんだ」


『――』


赤子あかごの機嫌を取り、上手うまくなだめることを『あやす』と言う。赤子あかごをあやすなど、我々の文化では死語に近い」


 ディム・トゥーラはリルが泣きやまなかった大混乱を思い出した。対話が成立しない未成熟みせいじゅく赤子あかごを泣きやますなど――。


『……地獄だ……』


「よくわかったな」

「母親は病床、世話する女性陣は睡眠不足で神経症ノイローゼ赤子あかごはその不安を感じとってますます泣く。最悪の悪循環あくじゅんかんが生まれた。だが、ロニオスかアードゥルが遮蔽しゃへいをすれば泣き止んだ」

「泣き止めば、なかなか素直だった」

「君は女性陣に感謝されていたな」

「君は逃げただろう」

「簡単にこわれそうで怖かったんだ」

「わからないでもない」


 アードゥルは顔をしかめた。


「多分、ロニオスは、その時点で息子の潜在能力に気づいていたんだろう。中央セントラルへの送還も理解できるが、何も死亡を偽装ぎそうしなくてもいいだろう?」

「敵をだますには、まず味方からを実践したんだ」


 エルネストは肩をすくめた。



 ディム・トゥーラは別のことを考えていた。アードゥルやロニオスが、制御できていない赤子あかごのカイルの影響を受けた可能性はないだろうか?規格外に拍車がかかっている根源こんげんがカイルの可能性は?



『……地上の拠点にロニオスのデータはないだろうか?』


 アードゥルとエルネストは視線をかわした。


「何を知りたい?」


『ロニオスの能力値を知りたい』


「観測ステーションにあるだろう」


『ロニオスにバレるじゃないか』


「つまり、ロニオスに内緒で知りたいと」

「別にいいが、問題は拠点きょてんがウールヴェをはじく点だな」


『なんだって?!』


「当たり前の防御だろう。貴族のスパイにもなるウールヴェが拠点に跳躍ちょうやくできたら、秘密も何もあったものではない」

「我々はウールヴェから隔離隠蔽かくりいんぺいする手段をとっている」


にかなっているが……困ったな。実体で降下しない限り無理か』


 だが、なぜウールヴェの姿をしたロニオスが地上の拠点きょてんではなく、観測ステーションの方に潜伏するかは理解した。

 拠点きょてんに入ることが、できないからだ。

 それを熟知じゅくちしている初代であるロニオスは、その不利益の点を考慮しても、あえてウールヴェの姿を選んでいることになる。


『もしや、ロニオス自身の肉体は――』


「動けない状態か、すでに失われていると我々は推察すいさつしている」


 エルネストの言葉はディム・トゥーラの考えと一致している。アードゥルが言葉を継いだ。


「ただ、ウールヴェの姿になるというその選択が肉体状態によるものかは不明だ。上空で私に語ったことは、ウールヴェの特性が必要だったらしい。人の身体と意識ではいろいろ制限がでて、無意識に定着した常識が、邪魔になるとも。エド・アシュルやカイルに接触するために空間移動に制限のないウールヴェになる必要があったとも言っていた」


『――』


 認知にんちによる意識の制限は、ロニオスの口癖くちぐせだった。ディム・トゥーラも訓練の際には、くどいほど言われた。


拠点きょてんに入れないなら、端末を持ちだすという手もあるが、カイル・リードにバレたくないなら、こっそりここに通うしかなかろう」


『…………通う……』


「ついでにロニオスにバレたくなければ、我々に呼び出されていると言えばよい」


 意外にも協力を申し出て口実を与えてくれたのは、アードゥルだった。ディムは思わずアードゥルを見た。


「あの大狸ロニオスとその息子を出し抜くのは、一人では無理だろう?ただ、なぜロニオスの能力値を欲しがるか聞かせてくれ」


 ディム・トゥーラは迷った。どこまで語っていいのだろうか。

 ディムは覚悟かくごを決めた。協力者は増やすに限る。


『カイルには、あまり言わないでほしい。彼も気にんでいる点だ』


「わかった」


『……ロニオスが言っていた。カイルは周囲に影響を与えると。その中に、潜在能力の覚醒かくせいや能力の飛躍的ひやくてきな拡大が含まれている。訓練前の赤子あかごのカイルに接触しているあんた達も影響を受けていないだろうか?』


 二人は驚いたようだった。


「カイル・リードの特性か?」


『ロニオスにその特性がないなら、おそらく母親の特性、もしくは混血による突然変異的な特性じゃないかと思う』


「なるほど、可能性はあるな。面白い意見だ」

「いくつか合点がてんがいった。少し君の存在が不思議だった」


『俺?』


「ウールヴェと簡単に同調している」


『簡単ではない』


「でも、できているだろう。カイル・リードの一番の影響を受けているじゃないか。普通は無理だ」


『無理だ、と思うことが最大の認知にんちによる制限だと、ロニオスが言っていたが……』


「ロニオスらしい言葉だ。だが、我々の中で一番影響を受けているのは、四六時中カイル・リードと行動を共にしていたはずの支援追跡者バックアップである君のはずだ」


『それは否定しない。俺の能力は伸びている。単なるカイルの様々な騒動に巻き込まれた副産物だと思っていた。その頃はカイルの出自しゅつじなど知らなかったしな。だが、俺に出会った時のカイルは制御訓練を終えている。子供の頃のカイルは、その制御が不十分だったため、度々の睡眠処置を受けた。それを考えると、無制御状態のカイルに接触を受けた初代のメンバーは、それなりの能力の覚醒かくせいが見られるはずだ』


「面白い。論文が二十本くらいかけそうだ」


 ウールヴェはエルネストをにらんだ。


『カイルをネタにすることは許さない』


「おお、怖い怖い」

「彼は本気だ。エレンを庇護バックアップしていた頃の君にそっくりだ」

「そうかね?」

「間違いなく。ディム・トゥーラ、カイル・リードに不利になることはしない。こんな論文を発表すれば、中央セントラルがカイル・リードを捕獲ほかくしにくる。だが、君もその対象になっている自覚が薄いぞ」


『俺?』


「ほら、これだ」


 アードゥルは呆れた視線を投げた。


「カイル・リードがダメなら、次に美味しいサンプルは君だ。影響を大きく受けたまさに実験体になる」


『――』


「私やロニオスは、元から周囲も認める規格外で、この能力が肥大化していても、ロニオスの息子が原因とは言い切れない。地上滞在やウールヴェや四つ目など様々な要因がある。だが、君は違う。明らかにカイル・リードの接触の産物だと判断される可能性が濃厚だ」


 アードゥルはディム・トゥーラが見落としている点を指摘した。


「カイル・リードも我々も、大災厄を生き残ったとしても中央セントラルには戻らない。君の立場が一番危うい」


『つまり、拘束こうそくされてモルモットになると?』



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