第17話 解析⑥

 カイルは女性達とお茶をしながらも、花畑の集団が気になった。

 

 ウールヴェと男達二人は長々と話し合っている。

 ディム・トゥーラが、遺恨いこんのあるアードゥルと喧嘩けんかをしないか、カイルはハラハラしていたが、特にトラブルには発展していないようだった。


 だが、カイルが様子をうかがった思念は、ディム・トゥーラが周囲に張り巡らせた遮蔽しゃへいはじかれた。

 まさかの蚊帳かやそと状態にカイルはショックを受けた。会話からの締め出しとは、疎外感そがいかん半端はんぱない。

 本当に、こき下ろされているのでは、ないだろうか?


「カイル、どうかしましたか?」


 シルビアがお茶に手をつけないカイルに尋ねてきた。


「……ディム・トゥーラが僕をしている……」

し?」

「……アードゥル達との会話を聞かれないように、遮蔽しゃへいしているんだ」

「まあ」


 驚いたようにシルビアが口に手をあてた。


「きっと貴方の悪口で盛り上がっているんですね」


 ぐさり。

 まさかのカイルの危惧きぐと同じ結論だった。


「シ、シルビア様、カイル様が落ち込んでいます」


 カイルの精神状態を正確に把握はあくできるファーレンシアが慌ててシルビアの暴言を止めた。


「多少は打たれ強くならないと」


 シルビアはお茶を飲みながら、まして答える。


「時々、貴方の自己評価の低さは不思議です。今みたいに冗談を真にうけるし――」

「冗談に聞こえないっ!!」

「どんな悪口を言われていると思うんですか?」

「……規格外とか――」

「それは事実ですし、ここには規格外が、いっぱいいらっしゃいますよね?だいたい、ディム・トゥーラは誉め言葉として、使っているのでしょう?」

「僕が、ずっと普通の誉め言葉がいいって、言っても聞いてくれないんだ」

「他に思いあたる悪口は?」

「この間は、阿保あほって言われた……」


 歌姫は黙って二人の会話を聞いている。垣間かいま見る賢者の日常に、興味深々のようだった。


「ああ、聖堂のときですね。世界の番人にとらわれた時のことを、すっかり忘れているようで、私も殴りたくなりました。確かに阿保あほだと思います」


 ぐさり。


「シ、シルビア様」

「ファーレンシア様、あの時の私は慣れないエトゥールで、カイルが意識不明だったため、一人取り残され心細かったのですよ?ファーレンシア様だって、食事がのどを通らないくらい心配したではありませんか。その時のことを忘れている――許せますか?」

「………………」


 ファーレンシアが黙り込んだので、カイルは慌てて隣の席にいる伴侶はんりょの手を握った。


「ファーレンシア、君だけは僕の味方でいて」

「……カイル様、先手を打つのはズルいですよ?」

奈落ならくの底に落ちたくないだけだよ」

「一度突き落とす教育的指導は必要かもしれませんよ、ファーレンシア様」

「シルビア!!」


 カイルはシルビアの提案に青ざめた。ファーレンシアは、男女のメレ・アイフェスを交互こうごに見比べた。


「……シルビア様、私はカイル様の味方でいようかと思います」

「ファーレンシア様、甘やかしすぎです」

「ディム様が厳しめの教育的指導をなさるので、私があめにならないと……」

「二人とも、厳しめの教育的指導でもいいかもしれませんよ?」

「シルビア!変なことをすすめないでっ!」


 カイルの反応に、シルビアと同時に黙ってきいていたミオラスまでが、笑いをらした。


「……歌姫?」

「ああ、許してください、つい……。最近、アードゥル様が変わったのは、カイル様の影響でしょうね」

「へ?」


 ミオラスの意外な言葉に、カイルはきょとんとした。


「変わったの?」

「はい、大災厄のことについて我感知われかんちせず、でしたのに、最近は熱心に解析をなさっています。以前は無気力でしたし、厭世観えんせいかんをお持ちでした」


 カイルはお茶を飲む手を止めた。

 熱心に解析をしているというミオラスの証言は意外なものであり、それが本当なら嬉しいことであった。


「本当に?」

「はい。私も館の地下室に日参にっさんしております。そこでアードゥル様やエルネスト様からいろいろ教わっております」


 カイルは歌姫をじっと見つめた。


「――でも、その変化は、僕だけの影響ではないよ。歌姫の影響も大きく受けている」

「そうでしょうか?」

「間違いなく。お互い影響を受けて、より良い方向に変化しているね」


 カイルの言葉に、ミオラスは微笑みを返した。


「勉強は楽しい?」

「はい」


 ミオラスはうなずいた。


「世界が広いことを学びました。あの……アードゥル様は、とくにこの間の嵐の事件から変わられましたが、あの時、何が?」

「アードゥルは古い知己ちきに再会したんだ。そこで頼み込まれたんじゃないのかな?」


 あの修羅場の中、どのような会話があったかカイルも知らない。アードゥルもウールヴェ姿のロニオスも語らない。


「ただ僕も、アードゥルが変化したことは気づいた」

「そうなのですか?」

「やたら僕の頭をでる」

「はい?」

「同情めいた視線も受ける」

「はい?」

「その理由を問いただしても、アードゥルもエルネストも答えてくれないんだ。視線の憐憫れんびん度合いが増えるだけだ。古い知己ちきと、何を会話したやら――」

「今回、訪問している方とは、大丈夫ですか?」


 ミオラスがやや不安そうにひとみを揺らした。女性達は、やはり前回の騒動を引きずっているようだった。


「ディム・トゥーラは僕の信頼できる協力者だから大丈夫だよ。……多分……ね」

「なんですか、その最後の自信の無さは」


 シルビアが突っ込む。


「最近、自信がなくなってきたんだ。今も説教のネタが山積みされているんじゃないかとおびえている」

「初代達に口止めはお願いしなかったのですか?」

「それを失念しつねんしていて、今、激しく後悔しているよ」

「それは後の祭りっていうヤツですね」


 不吉なことをシルビアは言った。






『…………あいつ報告をずいぶん端折はしょっていやがるな……』


 アードゥルとエルネストから、カイルとの出会いや東国イストレの騒動を簡略的に説明を受けたウールヴェの周囲は、思念の怒りがにじみでた。


「まあ、落ち着きたまえ。支援追跡者バックアップへの報告は義務だが、報告内容の優先度は、本人の判断にゆだねられている」


『野生のウールヴェに同調して、四つ目と戦ったことを、俺が知ったのは最近だが』


「困った。かばいきれなくなってきた」

かばう必要はなかろう。都合の悪いことは、話さない――親子で行動パターンはそっくりだ」


 アードゥルの辞書には取りなしと言う言葉がない状態だった。


「確かに。それでジェニによく怒られていた」


『その話を詳しく聞きたいが、後日にしよう。今後の連携れんけいはどうしたらいい?』


「それは、カイル・リードに関してか?それともロニオスに関してか?」


『俺はカイル優先だが、そちらはロニオスだろう?』


「別にロニオスの息子を優先でいい」


 意外な申し出をしたのは、アードゥルだった。


『いいのか?』


「大丈夫だ。ロニオスは必要なら、自らコンタクトをとってきてひょっこり顔を出すだろうし、熱湯ねっとうをかけられない限り、くたばらないだろう」


『…………まるで中世で完全駆除かんぜんくじょされた有名害虫扱いのようだ……』


「1匹いたら30匹はいると思え?」


『そう、それ』


「ロニオスが30人いるなら、私は宇宙の果てに逃亡する。間違いなく中央セントラルは滅亡する」


 なんかとんでもない人に師事しじをしてしまったかもしれない――そんな日頃の不安を倍増するような証言を関係者から受け、ディム・トゥーラは遠い目をした。

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