第16話 解析⑤

 カイルを見送ってから、ディム・トゥーラは遮蔽しゃへいを貼り直した。

 ウールヴェのその行動に、目を細めたのはアードゥルだった。


「彼に聞かれたくないのか?我々の要望に応じたのは、そちらも聞きたいことがあるということか」


『そうだ。駆け引きはめんどくさいから、ズバリ聞きたい。ロニオスのことだ』


「これまたストレートな切り出しだな」


 エルネストがつぶやき、アードゥルと顔を見合わせた。


「内容は?」


『ロニオスとカイルの関係性について』


 エルネストは吐息をついた。


「なるほど」


『カイルは本当にロニオスの息子なのか?』


「ロニオスが言ったのか?だが、一言ひとこといわせてもらえるのなら、我々がその件を知ったのは、例の事件のあとの話し合いでだ」


『なんだって』


「我々は当時、ロニオスに息子がいた事実を知っている。その赤子の世話をアードゥルはエレンと共にしていたこともある」

「余計な情報だ」

「重要な情報の間違いだろう」


『は?なんだ、その赤子の世話とは』


「君は原始的な出産手法を知っているかね?」


『動物なら』


「そうか、動物学者だったな。話が早い。それの人間版だ。女性の子宮で約280日ほど育てて、直接産み落とす」


 ディム・トゥーラは頭が一瞬フリーズした。


『……盲点だった……』


「我々の世界のように精子を提供し、遺伝子を調整して受精卵を管理成長させるシステムではない。医療施設もない。不衛生。言わば超古代の環境で、地上の女性は命がけで子供を産む。赤子の死亡率も高い。実際、命を落とすことも多い。ロニオスの伴侶はんりょの3回目の出産は、超難産だった」


 淡々とエルネストが説明をする。


『だが、我々の技術があれば――』


中央セントラルの医療担当者が君のシルビア・ラリムのように慈悲深いと思うのは間違いだ。医療担当者達は地上人である彼女の治療と出産の助成を拒否した」


『――』


「我々はその拒否に疑問を抱かなかった。出産の手助けをしたジェニ・ロウやエレン・アストライアーがどういう感情を抱いたかは知らない。ロニオスについてもだ。つまり君の庇護ひご対象であるカイル・リードは誕生時に死んでいてもおかしくなかった」


 アードゥルは沈黙を守り、エルネストは再び吐息をついた。


「今、考えると、あれが分岐点ぶんきてんだったかもしれない。ロニオスの伴侶はんりょは著しく身体を害し、赤子の世話を引き受けたのは、地上人とエレン達女性陣だった。意外なことにアードゥルがマメで――」

「だからそれは余計な情報だ」


『……その赤子がカイル・リードだと?』


「金髪金眼でロニオスの血を濃くついでいた」


 ぼそりとアードゥルが答えた。


「だが、エレンも同行した長期調査から帰還すると、はやり病いで子供は死んだと告げられた」

「君が珍しく動揺したことを覚えている」

「余計な情報だと言っているだろうが」

「それを判断するのは、我々ではなく、この支援追跡者バックアップだろう?」


 エルネストは正論を切り返し、アードゥルを舌打ちさせた。


『研究員達には死亡を偽って、中央セントラルに送還したのか……』


「おそらく、手配したのはジェニを通じてだろう。彼女は中央セントラルに強力なコネを持っている」

「今、考えるとエレンも一枚噛んでいたんだろうな。複雑だ」

「君は、子供が生存していることをロニオスに聞かされて、カイル・リードへの態度がコロリと変わったじゃないか」

「まさか、あの赤子だったとは思わないだろう」

保父ほふの才能がある。当時も思った」

「やめろ」


 アードゥルはウールヴェを見た。


「カイル・リードは二度と傷つけないから、安心するといい」


『――』


「あんなひねくれた父親の血を持っても、素直に育ってくれて嬉しく思う」


 アードゥルの人間味あふれる感想に、ディム・トゥーラは唖然とした。


『……だから、ジェニ・ロウはあんた達と話せと言ったのか……』


「ジェニがそんなことを?」


『言った。俺があんた達二人に会うことを推奨すいしょうされた。俺はアードゥルに反感を持っていたし……』


「あの思念のりで帳消しにしたんじゃないのか」


 アードゥルが突っ込んだ。


『俺はそんな単純にわり切れるタイプじゃない』


「手の内をさらすとは、駆け引きが上手いのか下手なのかわからないな」


 エルネストはディム・トゥーラの返答に苦笑した。


『俺はあんた達がカイルに危害を加えなければいい。ロニオスは古狐ふるぎつねだし、所長は古狸ふるだぬきだ。それ以外の信頼できる情報源を持ちたいのは当然じゃないか』


「その気持ちは、わからないでもない」


 ウールヴェはため息をついた。


「若いのに、ロニオスに振り回されるとは、気の毒に……」


 初代の同情ぶりに、ディムは背筋せすじがゾクリとした。おそらく、初代でロニオスに振り回されていた代表格が、アードゥルとエルネストなのだ。


「他にききたいことは?」


『……ロニオスは中央セントラルを憎んでいるのか?』


「体制と教育に疑問を抱いているのは確かだ。問題は我々の大半が疑問すら抱くことをしないことかもしれない。思考をやめたら、それは人間と言えるだろうか?そういう議論を、大昔にした記憶がある。疑問を抱き、情報を集め、真実を探求する――それが人間がすべき行動の原点であり、我々研究者の根底である。そこに情は必要か否か。ロニオスは感情こそが、行動こうどう衝動しょうどうみなもとであり、原始的な進化要因で、それを失っている我々は退化たいかしているのでは、と言っていた」


『斬新な発想だ……』


「だが、カイル・リードを見ていると、否定できなくなってきた。彼の行動力と情の厚さは、遺伝子差異の成せる技か?」


『単にれた弱みかもしれない』


「ファーレンシア姫に?」


『ベタ惚れで、俺は毎回、すないている』


「おやおや」


 エルネストが意味ありげにアードゥルを見た。


「私は幸いなことに、すなく領域まで達していないな。むしろそれを味わってみたいものだ」

「うるさいぞ」

「おや?私は君のことだ、など一言ひとことも言っていないが?」


 ウールヴェは驚いたように、アードゥルを見た。


『あの規格外の女性の伴侶はんりょは、あんたか』


「…………そうなる」

「おお、初めて認めた。これは画期的かっきてきなことだ」


 エルネストは次の瞬間、殴られていた。


「ひどいな。暴力はミオラスが嫌う」

「殴られるようなことを言うお前が悪い」


『彼はカイルのように、惚気のろけ投射とうしゃするタイプじゃないように見えるが』


「……お前も妙な方向から、突っ込むな」


 アードゥルは疲れたようにたしなめた。


『ああ、悪い。つい……』


「つまりカイル・リードは惚気のろけ支援追跡者バックアップに投射するのか。気の毒に……」


 憐憫れんびんの言葉をかけられるのは、本日二度目だった。ディム・トゥーラは少し遠い目をした。


『そちらの本日の対話の目的は?』


「もちろん、子供の方の金髪の規格外のことだ」


『取り扱い説明書は、ない』


「なんだって」


 エルネストは、うめいた。


『……本当に取り扱い説明書を欲したのか……』


「欲しくもなる。行動が突飛とっぴすぎて、振り回されている。世代格差せだいかくさかと思ったら、君の落ち着きぶりを見ていると、そうでもないし――」


猪突猛進ちょとつもうしんぶりが野生のウールヴェ並みだと?』


「まさに、それだ」

上手うまいことを言う」


 められても嬉しくない――再び、ディム・トゥーラは遠い目をした。


「なんで野放のばなしにしているんだ」


『保護したいのは、山々だが、本人が大災厄阻止に躍起やっきになっていて、暴走を食い止めるのが精一杯だ。これでも進路方向は制御しているんだが』


 ディム・トゥーラの言葉にあんあきらめろの意を悟り、二人は絶望の表情を浮かべた。


『ちなみに、ヤツの主義は「立っている者は、親でも使え」だ』


「……」

「……」


『ロックオンされているなら、中央セントラルへの帰還をお勧めする。逃れる安全地帯はそこしかない』


「……」

「……」

「……かなり本気で言ってるな?」


『本気だとも。俺はロニオスの取り扱い説明書が欲しい』


「ない」

「今度、二人の取り扱い説明書を編纂へんさんするか?」


『関係者に馬鹿売れすることは、保証する』


 冗談の欠片かけらも見られない支援追跡者バックアップの言葉に、初代の二人はあきらめの吐息をついた。

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