第15話 解析④

 ウールヴェを殴り飛ばしたディム・トゥーラは個室コンパートメントに引きこもった。


 いったい、何がショックだったのだろうか?

 カイルの生い立ちか?

 それともロニオスの薄情はくじょうさか?

 多分、両方かもしれない。

 ディム・トゥーラはベッドに寝ころびながら、終わりの見えない思考の混沌とした渦に身をゆだねていた。


 全く無関係だと思っていたカイルとこの惑星が、カイルの生まれ故郷であり、しかも地上人の血を引いている。カイルはただ回帰かいきしただけで、中央セントラルに引き戻そうとしていたのは自分だ。

 人権無視に近いモルモット扱いだった理由の半分は、ハーフだったことだろう。

 中央やつら躍起やっきになって、カイルの規格外の能力を父親の遺伝か、母親の血がまじったことの増幅なのか突き止めたかったのだ。だが、カイルの能力が規格外すぎて、研究は遅々ちちとして進まなかった。

 クローン権限が中央セントラルにあるのもわかる。中央セントラルの元エリートと未承認惑星の女性の子供など、前代未聞ぜんだいみもんのスキャンダルだ。


 ロニオスは面倒見のいいタイプだった。アードゥルの支援追跡者バックアップで能力コントロールの師匠ししょうだったということも納得がいった。

 ある意味、理想の父親像に近かった。カイル同様、肉親と縁が薄かったディムは無意識に理想の父親像というものを重ねてしまっていた。

 それが真逆だったのだ。

 ディム・トゥーラの行き場のない怒りとやるせなさは、そこに原因があった。


 いやなほど、パズルの欠片かけらがはまっていく。

 問題は、カイル自身がこの事実を知らないことだ。


――俺はカイルに対して、これを誤魔化ごまかし続けるのか?


 しかもジェニを含めた初代達はカイルに告げるかどうかの重大事項を、こちらに丸投げしたのである!

 その事実に気づいたときは、あとまつりだった。

 腹が立つ。腹が立つ。腹が立つ。

 あの古狸ふるだぬき古狐ふるぎつね野郎達めっ!!


 荒れるディム・トゥーラの真横に、ウールヴェの巨体が乗り込んできて、そっと寄り添った。

 

「………………」


 ディム・トゥーラは専用の抱き枕のようにウールヴェをがっしりとつかんだ。言葉を語らないウールヴェからは、心配する想念そうねんが伝わってきた。

 ディム・トゥーラはウールヴェの利点を見出した。ウールヴェは裏切らない。きずなを持った相手の精神に寄り添うのだ。


 それは支援追跡者バックアップと対象者の関係に似ていた。


 ディム・トゥーラは、初めてカイルのウールヴェに自分の名前がつけられたことを許せる気分になった。






 結局、ディム・トゥーラが業務放棄して、ステーションの個室コンパートメントに引きこもれたのは、3日までだった。


『ディム、解析が忙しいのは、わかっているけど、時間が作れるかなあ?』


 カイルが地上から思念を投げてきた。


――馬鹿め、俺は解析をサボっているんだ


 など、と返事はできない。遮蔽しゃへいを完璧に強化してから、返事を投げた。


「なんだ?」


『邪魔して、ごめん』


「大丈夫だ。今、休憩中きゅうけいちゅうだ」


 嘘は言っていない。


『初代達が、ディム・トゥーラと話したがっている』


 また、初代か。

 地上のアードゥルとエルネストのことを指すのだろうが、観測ステーションの初代達に反感を覚えている今、イラつきは増幅した。だが、それをカイルに悟られるわけにはいかない。


「俺には、話すネタはない」


『そういうと思った。向こうはネタを山積やまづみしちゃったんだよ』


「何を?」


『僕のこととか、僕のこととか、僕のことを』


「――」


 ディム・トゥーラは、思わず寝ていたベッドから身を起こした。


「……何をやらかした?」


『ディム、シルビアと同様に失礼だよ?彼女にも、よく言うけど、僕は毎回やらかしているわけでは――』


「俺には、お前がやらかした記憶しかないのは、何でだ?」


 カイルのウールヴェがイカ耳になって、しょんぼりした心象が伝わってきた。把握できるのは便利だが、面倒くさかった。


『はい……おっしゃる通りです』


「俺が地上にウールヴェで行けばいいのか?」


『ああ、うん』


「アードゥルと大喧嘩おおげんかになったらどうする?」


物騒ぶっそうなこと言わないでよっ!』


「ないわけではないぞ?」


『なんか、アードゥルに似ているね。リードと対面したとき、瞬殺しゅんさつしたらどうする、と言われたよ』


 よく、瞬殺しゅんさつしなかったものだ。ディム・トゥーラは、アードゥルの自制心とその能力コントロールに感心した。アードゥルの自制心は、総合評価に加点された。

 あの時、ウールヴェのリードと同調していて、アードゥルとロニオスの規格外の能力を目撃していたが、確かにアードゥルなら相手を瞬殺できただろう。

 ディムは考え込んだ。


「……お前のことで、俺が指名されるということは、お前の取り扱い説明か」


『うっ……その通りです』


「どこに行けばいいんだ?」


『前と同じ、花畑』


 ディム・トゥーラは傍らのウールヴェを見つめた。行けるか?の問いかけの視線に、虎は黙ってうなずいてみせた。


「同調した姿でいいんだな?」


『もちろん』


「日時を指定してくれれば、いつでもいける」


『え、いいの?忙しいよね?』


「家出したい気分なんだ」


 ディム・トゥーラは本音ほんねをぽろりともらした。






「君が、カイル・リードの支援追跡者バックアップか。初めまして、名前はもう知っているとは思うがエルネストだ。こちらがアードゥル。彼のことは上空で遭遇そうぐうしているから、わかるだろう」


 紳士的に挨拶あいさつを最初に投げてきたのはエルネストだった。


『ディム・トゥーラだ』


 ウールヴェは、銀髪の若返った初代をつくづくとながめた。


『……シルビアの親族?』


「……彼は地上でも同じ突っ込みを受けているよ。所長がエルネストの親族を担ぎ出していても、もう驚かないけど」


 ウールヴェはあたりを見回した。

 屋敷そばの庭にテーブルがあり、女性達がいた。そのうちの二人がシルビアと姫だった。もう一人は見知らぬ女性がいた。

 その美女の外見上の妖艶ようえんさではなく、持っている思念波の潜在能力の大きさに背筋せすじが凍った。


『誰だ?あの規格外は』


 距離がありながらも、ミオラスの能力を見破ったディム・トゥーラに、アードゥルもエルネストも感心した表情を浮かべた。


「彼女は地上人で名前はミオラス、今はエルネストが支援追跡バックアップをして保護している能力者だよ」


制御訓練せいぎょくんれんは?』


「僕とファーレンシアが教えている」


『なぜ女性陣がいる?』


「気にしないで、お茶会をしているだけだよ」


『お茶会?』


 意味が理解できずに、ウールヴェはカイルではなく、初代達に視線で説明を求めた。エルネストが肩をすくめた。


「前回の事件で、我々はすっかり女性陣の信用をなくしたんだ。天上から訪問者の再来に敏感びんかんになって、現在進行形で監視されている」


『女性のしりに敷かれるのは、初代の特徴とくちょうか?』


「これは手厳しいが、誰を基準にしているか聞いても?」


『エド・ロウとロニオス』


しりいている女性は?」


『ジェニ・ロウ』


 ぷっ、と吹き出したのは、意外なことに沈黙を守っていたアードゥルだった。エルネストも納得した表情を浮かべた。


「正しい認識だ。ロニオスは副官だったジェニ・ロウに頭があがらない。ロニオスのやらかしたことの後始末あとしまつを担当していたのが、ジェニ・ロウだった。そう、例えるならカイル・リードが後始末あとしまつをしてくれる君に頭が上がらないようなものだ」


『なるほど』


「そこ、納得しないでっ!」


『非常にわかりやすい例えだった』


「そうだろう、そうだろう」


 エルネストとディム・トゥーラは、意気投合いきとうごうしつつあった。


『カイル、女性達のお茶会に行ってきていいぞ』


「え?」


『俺達はお前について、今からこき下ろす。聞いて落ち込むよりは、姫達とお茶をした方がいいという慈悲じひだ』


「僕の何を言うの?!いや、だいたい、それって慈悲じひ?!」


『お前が俺に報告していないことがないか、聞き取り調査に発展する可能性がおおいにあるが――それでも同席したいと?』


「な、なんか、急にのどかわいてきたかも」


 カイルは冷や汗をかき始めた。報告していないことが多数あり、とディム・トゥーラは判断した。


『退席するなら今のうちだ』


 カイルはすごすごと女性達のいる屋敷そばのテーブルに向かった。

 エルネストが手をたたいて称賛しょうさんした。


「見事な扱い方だ」


『動物学専門なので、珍獣ちんじゅうの取り扱いに慣れている』


 しれっとディム・トゥーラは言った。

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