第14話 解析③

「……息子?」


 遺伝的規格外の性質から、近い血族を予想したが、はるかに近すぎた。

 500年前に行方不明になった初代のロニオスの息子が中央セントラルにいる。それがカイル・リードだという。

 そういえば、ジェニ・ロウがカイルの両親について語ったことがあった。


「カイルの行方不明の父親って――」

「もちろんロニオスのことよ」

「カイルはそのことを――」

「前にも言ったけど、知るわけないでしょう」

「カイルの実年齢が矛盾むじゅんして――」


 ディム・トゥーラは、カイルの精神領域で見た光景を思いだした。彼は強大な能力をコントロールできずに、睡眠処置を受けていた。


「……人生の大半を睡眠処置を受けていたのか……」


 それを知った時、リードも憤っていた。そんな処遇しょぐうを受けていたことは初耳だったのだろう。

 ディム・トゥーラは、ウールヴェを振り返った。


「……本当に貴方はカイル・リードの父親なのか?」


『遺伝的には』


「遺伝的?」


『父親の定義はなんだと思う?子供の生活基盤を構築し、その成長について、責任を持つ。教育やその他、社会に適用できるよう環境を子供に与え、貢献こうけんすることだ。その一つもなしていない私は、文化人類学上の父親ではない。名乗るつもりはない』


「……相変わらず頑固がんこね」


 ジェニはあきらめの吐息をついた。


「カイルに内緒にしているのは、当初の決め事でもあったのよ」


 ディム・トゥーラに対して、彼女はロニオスの弁護をしているようだった。


「子供は複数いたけど、最後に生まれたカイルは、地上で暮らすには困難なほど、ロニオスの血と特性を濃くついでいた。だからすぐに中央で制御を学ばせるために、赤子のうちに隔離されたのよ」

「…………地上で暮らすには困難?」

「ええ」

「カイルはこの惑星の地上で生まれた?」

「ええ」

「……母親は?」

「地上の能力者で、大昔に亡くなっているわ。地上人は恐ろしいほど短命だもの」

「――」


 ディム・トゥーラは思い出した。ロニオスはアードゥルと対峙たいじしたときの言葉だ。



―― 私は目的のためなら手段を選ばない男だ。妻も子供も私にかかわる者も、犠牲にすることを厭わない。もちろん私自身も犠牲にした。



 犠牲になった子供は、カイルだった。ディム・トゥーラの中に行き場のない怒りが、ふつふつと沸き始めた。カイルが研究都市の中でモルモットに近い扱いを受けた元凶なのだ。

 初代のウールヴェを殴り飛ばしたい衝動しょうどうにかられた。


 だが、同時にロニオスの心理も察することができた。


 父親として名乗るつもりはない、といいつつも、カイルを完全に無視できるほど、情がないわけでもない。カイルと、カイルの支援追跡者バックアップである自分との連絡手段として、身柄を提供してくれている。

 しかもカイルが、リードとの絆を全否定したときは、精神的ダメージを背負っている可愛い面もあった。父親として名乗れない分、協力者として信頼を得たかったことは、わかる。


 だが――。

 だが、しかし――。


「貴方達は、俺にこのことを黙っていろと?」

「できれば、ね」

「話して、カイルにメリットはあるかね?」


『君の自由にしていい』


 夫妻と違って、ウールヴェは選択の権限を投げてきた。


『私は名乗るつもりはない』


 ディム・トゥーラの頭の中で、カイルに与える影響が吟味された。

 話すにしても、タイミングがわからないし、少なくとも今じゃないことは、理解できた。大災厄前に動揺するようなネタは、与えたくなかった。


「……すぐに結論がでません」

「そうだと思うわ」


 ジェニがうなずいてみせた。


 所長のエド・ロウがチームを作成するために研究員を募集した時に、規格外のカイル・リードを見出したのは自分だった。ディム・トゥーラはその時のことをはっきり覚えている。

 エド・ロウは、カイルを指名したディムの行動に対して、ややためらっていた。

 多数の人材がいた中で、皮肉にもディムは所長の目的に深く関与していた人物を推薦すいせんしたことになる。


 

 あの時、自分が見出さなければ、カイル・リードは平穏な生活を送れていたのだろうか?



「もしかして、君がカイル・リードを見出したことに責任を感じているのかね?」


 エド・ロウが黙り込んだディム・トゥーラの心情を正確に言い当てた。


「あの時は驚いたが、私は運命的なものを感じたんだけどね?地上の吟遊詩人がよく好む表現だけど」


 茶化すような口調でエドは言った。


「君が指名しなくても、私はカイルをここに連れてきたとは思うよ?だから気に病む必要はない。ただ、私は募集の場に、ロニオスの息子が参加していることを知らなかった。君が見つけたことに驚き、君に見つかる彼の規格外ぶりに驚いた。遺伝とは恐ろしいものだよね?」

「……そういう単純な話ですか?」


『出会いが偶然なのか、必然なのか、我々の間でも時々議論のネタになる』


 ロニオスが意外なことを言いだした。


『私は、君がカイルと出会い、支援追跡者バックアップになってくれたことを感謝している。そして今も共に歩んでくれることを』


「――」


『遺伝的父親である私よりも、君の方がずっと強いきずなをカイルと結んでいる。エトゥールの姫がカイルを支えているように、君も不可欠な存在だ。それを続けるかどうかは、君次第だが』


「ずるい言い方ですね?」


『だからずっと自己申告をしているじゃないか。私の極悪非道は、こんなものじゃないと』


 ディム・トゥーラは諦めた。この古狐ふるぎつねに勝つには人生の経験がなさ過ぎた。


「一つだけ俺の願いを聞いてくれますか?」


『なんだろうか?』


「一発殴らせてください。子供時代のカイルの分として」


 両手を組むと、準備運動として指をボキボキと鳴らし、凶悪な笑顔を浮かべ、ウールヴェを見下ろしながらディム・トゥーラは言った。






『普通は手加減すると思うのだが……』


「え、何甘いことを言っているの?私は、ディム・トゥーラがナイフで貴方を刺さない自制心に大いに感心しているところよ?」

「ああ、私も首ぐらい絞める方を想像していたんだが、彼も成長したものだ」

「そうよね?」

「ああ、そうだとも。半殺しにしないとは、彼は紳士だ」


 殴られ、勢い余って壁に叩きつかれたウールヴェは、完全にイカ耳になり、ジェニの手当を受けていた。

 殴られたウールヴェのほほは腫れあがり、壁に打ち付けられた頭にはコブができていた。

 暴力による報復ほうふくのあと、ディム・トゥーラは個室コンパートメントに引きこもってしまった。


「これは、過去の膨大なツケの清算の一つよね?」


 ジェニ・ロウは同情の欠片も見せず、辛辣しんらつだった。


「いや、清算なんてできていないだろう。彼はとっくの昔に債務不履行さいむふりこうで破産しているよ」


『エド・アシュル』


「私は結婚しているのだから、旧姓で呼ばないでくれ」


『ジェニ・ロウ、なんで、彼と結婚したんだ?』


「なんでかしらね?私も時々、深くそのことについて考えることがあるのよ。若さのあやまちって怖いわ」

「ジェニ!」


 妻の暴言をエド・ロウはたしなめた。


「大丈夫、まだ、貴方を愛しているわよ?」


 にっこりとジェニ・ロウは微笑んでみせたが、続く言葉は不吉だった。


「イーレに何かあったら、わからないけど、ね?」

「全力で、イーレの保護を誓うよ」

「そうしてちょうだい」


 ウールヴェの腫れた頬を冷やしてあげながら、ジェニは尋ねた。


「これからどうするの?」


『ディム・トゥーラが落ち着いたら、今後の計画について討議とうぎしよう』


「そうじゃなくて、カイルに対してよ」


『名乗るつもりはない、と私は言わなかったか?』


「――影で落ち込むくせに、その頑固がんこで意地っ張りなところ、治した方がいいと思うの」


『私の最後の矜持きょうじを、電子ドリルで粉砕ふんさいするのはやめてくれ』


 ウールヴェの台詞セリフには、やや哀愁あいしゅうが加わった。

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