第13話 解析②

「通常なら、貴方は中央セントラルに帰還する道を選択していたはずよ。でも貴方は選ばなかった」

「そんなにおかしいことですか?」

「貴方、カイル・リード以外が遭難したとしても、観測ステーションに残留した?」

中央セントラルに帰還しました」


 あまりの即答に所長のエド・ロウが笑いをらす。


「君の自覚のなさも、カイル・リードといい勝負だ」

「どういう意味です。あの馬鹿と一緒にしないでください」

「一緒だろう?」

支援追跡者バックアップとしての責務せきむまっとうしているだけです」

「では支援追跡者バックアップを解任してあげるよ。我々にそれぐらいの権限はある」

「――!」

後腐あとくされもない。君が残留する大義名分たいぎめいぶんはなくなるだろう?」


 黙り込んだディム・トゥーラの反応を救ったのはジェニだった。ジェニは夫の頭を軽くはたいた。


「ああ、気にしないでちょうだい。このひとにはそんな気は、今更ないから」

「ジェニ、ばらさないでくれ」

「貴方も彼をいじめないの」

「彼は素直じゃないんだよ。いじめたくもなるじゃないか」

「ディム・トゥーラ、ごめんなさいね。この人、貴方を右腕として評価しているのよ」

「……そうとは、思えませんが……」

「酷いな。君を中央セントラルの収監から解放するのに、奔走ほんそうしたというのに」

「それとこれは、話が別です」


 ディム・トゥーラは憮然ぶぜんとしたが、同時に気づいてしまった。中央セントラルはその気になれば、ディム・トゥーラ個人を中央に強制送還も可能なのだ。


「つまりは本来なら、貴方は支援追跡者バックアップの任の放棄ほうきを申し出て、中央セントラルに素直に帰還する道を迷わずに選択するはずだったと言うこと」

「まるで命令を遂行するアンドロイドですね。個人の意志はどこに?」

「二の次ね」

「つまり長年の教育プログラムにより染みついた観念を、俺は打ち砕いたわけですか」

「見事に。たいていの管理候補者は枠組みに気づかず、従順に行動するわ。貴方の場合は、カイル・リードという特異な存在がいたから、無意識にくさりを切ったのかもしれない」


 ディム・トゥーラはウールヴェを見下ろした。


「これも、カイルが周囲に与える影響の一つですか?」


『多少はあるだろうが、根本こんぽんは君のはがねの意志だ。じくがない者は周囲の影響を受け、流されやすい。君は意志をつらぬき通す強さがあった。中央セントラルの染みついた固定観念から脱却だっきゃくすることは、容易たやすくはない』


「……まあ、そうでしょうね」


『カイル・リードを救出するために、観測ステーションへの残留を選んだ時から、君の意識の書き換えは始まっている。今まで当たり前と受け取っていた社会の仕組みに疑念を抱かなかったかね?』


「それは――」


 法規で縛り、地上を自由探索させない中央セントラルに、腹を立てたことをディムは思いだした。


「どこまでが正当で、どこから違法か、境界線が曖昧あいまいだとは思いました」

「そのために、過去の探索報告書を全部読み返すのだから、君はたいしたものだよ」

「なんで知っているんですか?!所長はあの時、もう観測ステーションを離れていたでしょう?!」

「イーレが笑いながら報告してきた」

「〜〜っ!!」

「何の話よ?」

「カイル・リードのために50万本の報告書に目を通した、健気けなげ支援追跡者バックアップの話だよ」


 ジェニ・ロウとウールヴェは固まった。


『あの量を?』


「……ここまでくると才能ね。尊敬するわ」


 ディム・トゥーラは、むっとした。


「だいたい所長が最初から全てを話してくれれば、ここまでこじれなかったのでは?」

「地上にアクセスできなかったことが、すべての元凶だ」


『簡単にアクセスしたら、君達は初代の生存者を確認して、大災厄前までに立ち去っていただろう?』


 さらりと問題発言がなされた。


「待ってください。貴方は観測ステーションに所長達が来ていることを知っていたと?」


『カイルが君の帰還を感知できるのに、どうして私がエドやエレンの帰還を感知できない、と思ったのかね?』


 部屋が静まり返った。

 ディム・トゥーラだけではなく、ロウ夫妻まで目の前のウールヴェを凝視ぎょうししていた。


「……君は私達が来ていることを察知さっちしていたのかい?」


『もちろんだ』


「……探索機シーカーを壊したのも?」


『私が壊したわけではない』


通信阻害ジャミングも?」


『それも私ではない』


「こちらが四苦八苦しくはっくしているのを、君は酒をかっ食らってながめていたのか?!」


『残念ながら酒はなかった』


 否定する項目が微妙にずれていた。


「私がいるのがわかっていながら、なぜもっと早く連絡をよこさなかった?!」


『君は初手しょてから間違っているよ。単純な救出目的の様相ではないのは明らかだったからね?初回探索を装った探索機シーカーの射出も、通常のプロジェクト並みの人員数も、事情を知らぬ者が多数いることはわかっていた。しかも我々が使用していた旧エリアを閉鎖へいさしていた。恒星間天体の落下記録を取りにきた観光客気分の研究員集団かと思ったから様子を見るのは当たり前だろう。それでなくても、世界の番人は箱庭扱いしたあげく、大災厄の放置に走る研究員達に腹を立てていたからね』


「エドを責めるのは、やめてちょうだい。彼は昔から放置派だし、私に協力してくれているのよ」


『彼は、昔から君にメロメロだった』


「知ってるわ」


 ジェニ・ロウは、にっこりと余裕で応じた。

 ディム・トゥーラは思わず上司を伺いみた。エドは複雑そうな顔をしていた。


「こちらを見ないでくれ。上司としての威厳いげん製粉器せいふんきに突っ込まれて、空気清浄機が全力で回収中だ」

「そんな気がしました。俺も古狸ふるだぬき古狐ふるぎつねの直接対決が見学できて、光栄です」

「君はどちらの味方なんだ」

「俺は中立で、カイル・リード派なのでお気になさらず」


 エド・ロウはため息をついた。


「どこで、私の意図いとみ取ったんだ?」


『カイル・リードを信号弾として、使った時点で』


「信号弾?」


 あまりの表現にディムは聞きとがめた。


「何でカイルが信号弾になるんです?」


『非常に目立つ信号弾だったよ。通信阻害ジャミングもものともせず、地上に対して精神飛行ダイブし、同調能力を駆使くしする規格外――本当に君は腹立たしい古狸ふるだぬきだ』


「ごめんなさい。カイル・リードの精神飛行ダイブは私がエディに提案したの」


 ジェニ・ロウの懺悔ざんげにギョッとしたのは、ディムだった。


「なんで、貴女が――」

「事態が停滞して、大災厄まで時間が刻々こくこくと迫っていたからよ。カイルがいればロニオスは気づくもの」

「わけがわからない。カイルの探索に、遠方にいたはずの貴女が――」


『ジェニ、君には昔からかなわないな』


 次にため息をついたのは、ウールヴェだった。


『君は見事にり師の才能を開花かいかさせているよ』


 目の前で交わされる初代達の会話に、ディム・トゥーラの中で疑惑が生まれた。

 その仮説は、様々な断片を優秀な接着剤のごとく、つなぎ合わせて一枚の絵を完成させていった。


「……まさか」

推論すいろんをどうぞ」


 ジェニ・ロウはディム・トゥーラに発言権を優雅ゆうがに与えた。


「……カイル・リードは、ロニオスの血族か?」

「惜しいっ!!」


 ジェニが小さく賞賛した。


「あってるけど、もう一声っ!」

「あってる?血族は、生物学的な血縁関係の意味で、遺伝的にその能力は伝わり――」


 ディム・トゥーラはそこで矛盾むじゅんに気づいた。関係性が遠くて、規格外の能力を発現させるなら、世の中はカイル・リードだらけになる。


 ディム・トゥーラは、目の前のウールヴェを凝視ぎょうしした。


「まさか、いや――」


 ジェニ・ロウは解答をすぐによこした。


「そう、カイル・リードは、ロニオスの息子よ。規格外っぷりがそっくりでしょう?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る