第12話 解析①

『ほう……これがカイルの見た先見さきみの光景か……実に写実的だ。いや、むしろ写真そのものの正確さがある。面白い』


 絵を見ながら、ウールヴェのリードがしみじみと言った。何故だか、リードは嬉しそうだった。


「カイルの特技とくぎの一つです。彼は記憶した情景を正確に再現して描くことができます」


 ディム・トゥーラは同調を終えると、地上から帰還した自分のウールヴェが持ってきた荷をといた。

 報告時に地上から持ち込んだカイルの描いた先見の絵をリード達に見せた。カイルが行方不明になった時の絵は、ディム・トゥーラとイーレが隠蔽いんぺいしたから、カイルの技能は、他者に対して初披露はつひろうになる。


「これを解析にかけてください。ある程度の情報を収集できます。場所の特定は今地上でやっています。この絵から恒星間天体の破片の大気圏入射角にゅうしゃかくは割り出せませんか?」


『精密ではないが、割り出せるとも。この絵だけでも情報の宝庫だ。地表面のエネルギー痕、爆風の方向、破壊前の建物情報とかポイントをよくおさえている』


 ウールヴェは考えこんだ。


『紙質や筆記具がおとっている。ここから高級紙とペンを持ち込みたまえ。それだけでも精度のけたが上がる』


 カイルの絵の道具は、新しい個室に引越し済みだが、中央セントラルに回収されていないだろうか。あとで、確認しようとディム・トゥーラは思った。


「18か所しかないのか?」


 中身を検分して問いかけてきたのは、所長のエド・ロウだった。


「それ以上はカイルの精神がもたないので止めました。後日は軽めの被害情報を拾わせるつもりです」

支援追跡者バックアップとしての判断かね?」

「はい」

「イーレからアナログな絵を描くのが趣味だと、聞いていたがこれはすごい才能じゃないか。もっと早く知りたかったものだ……」

「なんのために?」

電子機器カメラ禁止場所の撮影情報の代替えに」


 趣味の領域の特技を知りたがるのは、間違いなく研究利用が目的だろう。

 カイルの予想はかなり当たっている。日頃、周囲に絵を披露ひろうしなかったのは、本能的な自己防衛に違いない。

 研究馬鹿ほど恐ろしいものはない。彼等は目的のためなら手段を選ばない。ずかずかと私生活プライベートまで侵入してくるのだ。

 ジェニ・ロウは感心してみせた。


「本当に上手ね。人物画も見てみたいものだわ」

「人物画?」

「地上関係者の情報も欲しいの。カイルの精神負荷にはならないでしょ?」

「必要ですか?」

「ええ」

「……まあ、仕事を与えていた方が、無茶はしないか……」

「無茶?」

「大災厄の先見を単独ですることです。災厄の絵をかかせるより、周囲の人物画をかかせる方が、遥かに平和で穏やかだ」

「まあ、そうね。貴方、アードゥル達に会えた?」

「まだです」

「その件も引き続きお願い」

「わかりました。俺はまた降下しますが、問題ありますか?」


『問題はないが、食事と体内チップを補充ほじゅうして、24時間後にしたまえ。君の方に全く負荷がないわけではない』


「そうなんですか?」


『どれだけ体内チップを消費したか、確認してみるといい』


「わかりました」


 確かに自分の負荷は正確に把握しておくべきだった。支援追跡者バックアップが倒れるわけにはいかない。


「地上のメンバーに変わりはない?」

「直接会ったのは、カイルとシルビアだけですが、特に問題はないようです」

「そう」

「そういえば、カイルに初代並みの冷淡派認定を受けました」

「何、それ」

「地上に対して、情がないそうです」

「ああ、それは仕方ないわね」


 ジェニはほほに片手をあて、その指摘を認めた。


「長年の思考の癖よ。中央セントラル関係者エリートにありがちな傾向と言えるわ」

「そうなんですか?」

「ロニオスなんて、昔は冷淡冷静冷徹冷酷のサンプルみたいだったわ」


『ジェニ』


「個人の感想よ、気にしないで」


 にっこりとジェニは応じた。


「今は核融合かくゆうごう並みにエネルギーが、たぎっているわね」


『ジェニ』


「私、何か間違っているかしら?」


 ジェニは夫を振り返った。


「間違っていないが、教え子の前では威厳いげんを維持したいという彼の要望を見事なまでに粉砕ふんさいしているように感じられるよ」

「そんな要望は粉砕するに限るわ」

情状じょうじょう酌量しゃくりょうは?」

「ないわね。ありのままを伝えるのは大切なことでしょう?」

「時と場合によるかな?」

「彼の場合は考慮しなくていいわよ。数百年を自由に過ごしているから」

「厳しいねぇ」


 ディム・トゥーラはイカ耳のウールヴェとジェニ・ロウを交互に見比べ、それからリードに話しかけた。


「リード……俺に維持したい威厳いげんはどこに?」


『粉々で砂埃すなぼこりになって、空気清浄システムに回収されているかな……』


 ウールヴェは遠い目をしていた。


「そんな気はしました――ジェニ・ロウ、どこまで本当の話ですか?」

「何が?」

「酒好きのアル中親父が、冷淡冷静の見本サンプルだったって話です」

「……ディム・トゥーラ、君も口が悪い……」

「え?俺は昔から、こんなものですが?」


 ディム・トゥーラは上司に答えた。


「そういえばそうだったような気もする」

「貴方には、ロニオスはどういう人物に見えているの?」

「頭が切れる。統率力と判断力がずば抜けている。酒以外のことは冷静。規格外の能力をもち、昔、アードゥルの支援追跡者バックアップだった。そして今、地上のために奔走している。冷淡とは思えませんが――」


 そこでディム・トゥーラは、恒星間天体を軌道変更し、エトゥールに落とす提案をしたのは、ロニオスだということを思い出した。しかも研究員が根城ねじろにしている基本の拠点――観測ステーションをぶつけるという驚愕きょうがくの作戦を立案したのも、彼だった。


「…………冷淡というより、鬼畜きちくでは?」


『評価がさらに下がったっ?!』


「貴方は周囲の評価など気にしないのでは?」


『まあ、そうだが』


 ウールヴェはあっさりと認めた。


「いや……待てよ。周囲の評価は気にしないのに、きずなの有無を気にしたのは何故だ?ウールヴェの維持条件の一つなのか?」


 ディム・トゥーラの考察のつぶやきに、リードは尻尾しっぽをふくらませた。


「なんの話かしら?」

「世間の評価を気にしない彼が、『きずな』の存在を全否定されて、貴女に叱られた時より精神的ダメージを受けたんです」

「貴方が全否定したの?」

「いえ、カイル・リードが」

「――」

「――」


 上司夫妻は鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしたあとに、大爆笑をした。


「これは傑作だっ!」

「ずいぶん人間味あふれる反応をするのねっ!」

「ジェニ、笑っては失礼だよ?」

「そういう貴方だって……」


 ディム・トゥーラには、どこに笑いの要素があるのか理解出来なかった。


「……あの?」

「ああ、ごめんなさい。なんの話だったかしらね?」

「リードの冷静冷淡鬼畜説です」


『……項目を増やさないでくれ』


 ウールヴェは笑い転げる夫婦を放置することに決めたらしかった。


『私は目的のために手段を選ばないと言っただろう?』


「地上でそんなことを言ってましたね」

「昔からそうよ。これでも丸くなった方だわ」

「でも面倒見はいい方では?」


 ディム・トゥーラの意見にジェニは面白そうな顔をした。


「そうね」

「アードゥルの支援追跡者バックアップを引き受けた?」

「ええ、ついでに自立のためのコントロール訓練もね」

「どうりで教え方が上手いと思いました」

「たまに鬼教官だけど」

「それは身を持って体験しました」

「あら、気の毒に。同情をするわ」

「冷静冷淡は中央セントラルの特性だって、いいましたね?」

「だって、教育プログラムに含まれているもの」


 初耳だった。


「なんだって?」

「どれだけの人間が候補者から振り落とされていると思っているの?中央セントラルの維持管理に情で流される人材は不要だし、選抜しないような仕組みを持っているわ。だから、逆に貴方の脱落は、中央セントラルでは話題になっていたわよ」

「……知らなかった」

「教育プログラムのこと?」

「両方です。俺の脱落はそんなに稀有けうですか?」

「だって矛盾むじゅんしているでしょう?冷淡冷静の未来の技術官僚テクノクラート候補が支援追跡バックアップ対象のために道を踏み外すなんて」

「俺は自分の選択に後悔していませんが」

「そこよ、そこ」


 ジェニ・ロウは、指を振った。

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